「 人民の意志が、どのような政府にも唯一の正当な基盤であり、
表現の自由を守ることが、当然、私たちの第一の目的である 」
トーマス・ジェファーソン ( アメリカ合衆国第3代大統領 )
The will of the people is the only legitimate foundation of any government, and to protect its free expression should be our first object.
THOMAS JEFFERSON
1ヶ月近く更新を休んでしまったので、書き方を忘れそうである。
一部の皆様にはご心配をお掛けしたが、元気に暮らしている。
長く日記を書けなかった理由としては多忙が挙げられるが、実はもう一つ、それなりの理由らしきものがある。
それは、今回の “ 衆議院選挙 ” に、私自身がちょいと関与しているためで、たいした貢献もしていないのだが、一応、日記を自粛した。
私自身は、あまり昔から政治に興味がないので、どの政党の、どの議員を手助けしたのかを語るつもりもないし、何の役割を務めたのかも語らない。
行きがかり上、やむなく引き受けただけで、どうでもいいことだ。
それでも、日記を書く上で衆院選のことは避け難いので、しばらく自粛していたのだが、終わったので再開することにした。
自民党の圧勝に終わったが、感想としては “ 良かった ” と思っている。
もし、民主党が勝利した場合、やはり私は “ 良かった ” と言うだろう。
冒頭の言葉にある通り、「 人民の意志が、どのような政府にも唯一の正当な基盤 」 であり、どんな結果でも、それは “ 人民の意志 ” なのである。
人民の選んだ人物が代議士になり、より多くの得票数を得た政党が議会を運営することに、何の問題があるというのか。
自分の支持政党が負けたからといって、それを “ 間違った結果だ ” などと語る人物は、冷静に考えると 「 思い上がり 」 も甚だしいのである。
政治家のみならず素人でも、大衆を 「 愚民 」 扱いして、選挙戦の結果を揶揄したり、批判的な意見を繰り延べる人がいる。
彼ら曰く、「 国民は馬鹿だから、真実がみえない 」 のだそうである。
なんとも失礼な意見だが、仮にそれが事実だとしても、一国の政局は国民のために運営されるべきなのではないだろうか。
ごく一部の自称 “ 賢い ” と言う人たちのために、大半を占めるであろう彼らからみた “ 馬鹿な国民 ” の意志が通らないのはおかしい。
今回の例でいうと、国民が自民党を支持したのだから、そういう連中が何を言おうと、日本の与党は自民党でよいのである。
ちなみに、私自身も投票には行ったし、当然、まったく興味がないわけでもないが、先ほども述べたように、それほど強い支持政党への執着はない。
この国は問題点も多いが、それなりに暮らしやすい良い国である。
真面目に働いて暮らしてさえいれば、いきなり野生の動物に襲われることもなく、三度の食事にありつけ、毎夜ごとに眠る場所を探さないですむ。
それは、どの政党が支配したところで、あまり変わらないだろう。
だから、なんだかんだ言っても “ どっちでもいい ” のである。
もちろん、ずっと先の心配をした場合、自分なりに 「 どの政党に任せたほうが、将来の不安が少ないか 」 ということについては考える。
しかしながら、自分が幸せか不幸かという根拠に、政権政党と支持政党の違いを挙げる可能性は皆無で、ほとんど何の影響も及ぼさないと思う。
つまり、自分自身はどの政党が政権を担ったところで、同じやり方で幸せに近づく努力をするだろうし、責任を “ そこ ” には求めない。
どうしても政府の庇護がなければ生きていけない人たちを除けば、大半の国民は同じような環境に置かれているのではないだろうか。
それなのに、選挙の結果を批判したり、あるいは絶望したり、憂いたりする人たちというのは、ちょっと 「 自責 」 の概念が低いように思う。
ほぼ間違いなく、いま幸せな人たちの大部分は、自民党が勝とうが民主党が勝とうが幸せなはずで、不幸な人たちもまた同様である。
そのような立場にある不幸な人の、不幸な原因は 「 あなた自身 」 にあるのであって、どの党もそれを庇ってくれたり、和らげてくれることはない。
環境が激変すれば幸せになれるなどと、「 棚からボタ餅 」 みたいな期待を抱いていることこそ、なんとも不幸で哀れな話なのである。
あるいは、「 どうせ不幸なんだから、現世を呪ってやれ 」 みたいな連中が、政権与党の愚痴と批判に明け暮れているようにしかみえない。
ネット上にも多く潜む、多勢の国民を 「 馬鹿扱い 」 する彼らに対して、同調するかどうか、これを読んだ皆様には慎重に考えていただきたいと思う。
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