| 2005年07月25日(月) |
運命共同体に望む資質 |
「 成功は、天賦の才によるのではない。
一貫して常識を持ち続けることによって、手に入れるものだ 」
アン・ワング ( ワング・ラボラトリーズ創設者 )
Success is more a function of consistent commonsense that it is of genius.
AN WANG
ワング研究所からは、優れたクリエイターも数多く輩出されている。
アメリカで成功した中国人の一人として、その名は歴史に記されている。
人間が 「 少し先の未来 」 を危惧して不安を抱くのは、精神的な面で気弱になっているときか、あるいは現状にとても満足しているときだ。
生意気に聞こえるかもしれないが、健康面、経済面、その他諸々の自分を取り巻く環境や境遇に関して、現在、私はとても満足している。
とはいっても、蓄財は目標に達していないし、やりたいことをすべて達成したわけでも、将来が安泰なわけでもない。
ただ、「 自分を不幸せだと思う事柄 」 と 「 幸せだと感じる事柄 」 を比較した際には、圧倒的に後者の数が多いのだ。
だから、他人からみればけして幸せだとも、成功しているとも思われないかもしれないのだが、自分ではとにかく 「 現状に満足している 」 のである。
そんなわけで、ネガティブという感覚とも少し違うのだが、せっかく築き上げてきたものや、手に入れたものを失うのが怖くなってきた。
もしそこに、やっぱりネガティブな感覚が存在するのだとすれば、「 この年で失って、再び手に入れるのはしんどい 」 という気持ちだろう。
若い頃なら、「 どうせ最初から持っていたモノでもないし、失ったら再び手に入れたらいいさ 」 などと、あまり気にしなかったはずである。
それが今になって、アホな銀行や、あるいはアホな政府が 「 自分の財産を紙屑にしたらどうしよう 」 などと、余計な心配をしたりもする。
あるいは、それ以上に 「 自分が耄碌 ( モウロク ) して、順調に昇ってきた階段を転げ落ちたらどうしよう 」 という心配を、最近ではすることも多い。
成功するかしないかは、本当に単純な仕組みだと思っている。
当たり前のことを当たり前にやって、過去の先達による 「 教訓 」 に従って生きれば、よほどの不可抗力に妨害されないかぎり、大抵は成功する。
何をもって 「 成功 」 と判断するかも難しいところだが、最低限度、自分の歩んできた人生を幸せと思えるかどうかが、一つの基準になるだろう。
いまが幸せでないという人は、どこかでルールに従わなかったか、あるいは自分が幸せであるという事実に、ご自分が気付いていないのではないか。
たとえば、自分が持っているモノの豊かさよりも、つねに持っていないモノを数え上げてしまう性質の人は、「 幸せ 」 よりも 「 不幸 」 を見つけやすい。
他人のことまで気にする余裕もないが、WEB日記というものを読んでいると、その作者が 「 幸せ 」 なのか 「 不幸 」 なのか、大体わかるものだ。
それは、「 書いてある内容が事実かどうか 」 とは、あまり関係がない。
作者の物事に関する捉え方や、表現方法の節度、己の人生に対する姿勢などからみて、大方の察しはつくというものだ。
毎夜、見ず知らずの人々が発信するWEB日記を眺めながら、「 おっ、最近は元気そうだな 」 とか、「 彼は相変わらずだなぁ・・・ 」 とか感じている。
そういった見方 ( 作者の精神状態を推察する ) をするのも、WEB日記の楽しみ方の一つで、なかなかに面白いものである。
自分と運命を共にする人は、「 成功した人 」、「 幸せな人 」 であって欲しいと願うわけで、きっと、そのほうが上手くいく気がする。
彼女に尋ねると、「 ええ、あなたと居て幸せよ♪ 」 なんて言ってくれるのだが、こちらが聞きたいのはそんな話ではない。
同じ緊張感を 「 善玉ストレス 」 として処理してきたか、「 悪玉ストレス 」 として溜め込んできたのか、そういうところが知りたいのである。
あるいは、人生の分岐点をどのようなスタンスで臨んできたのか、価値観は、常識は、そういう部分が気になるところだ。
時間をかけて探るしかないのだが、どうしても 「 恋 」 をしていると判断力が鈍りがちで、今ひとつよくわからないのである。
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