「 愛は、受ける人をも、捧げる人をも、救ってくれる 」
カール・A・メニンガー ( 精神分析学者 )
Love cures people, the ones who receive love and the ones who give it, too.
KARL.A.MENNINGER
私と交代で彼女がひいた風邪も治まり、ようやく二人揃って元気になった。
梅雨空に用心しながら買い物に出かけ、初めて料理の腕前を披露した。
手料理をご馳走すると喜ぶのは、男女ともに同じ感覚のようだ。
独身生活が長いので、大抵のモノはつくれるし、イタメシに関しては某有名店のシェフから秘訣などを伝授されているので、まぁ得意だと言える。
それでもおそらく彼女のほうが、はるかに料理は上手なようだが、調理中には一切口出しをせず、CDを整理したり、新聞を片付けたりしてくれている。
前菜だけ先に出し、彼女の好きなワインを注いで、それからまた調理へと戻り、二杯目が終わる前にテーブルに並ぶことができた。
彼女の穏やかな笑顔で、自分の心が少し柔らかくなっていくのがわかる。
そういうのは、「 最初のうちだけ 」 だと誰もが思う。
それでも、恋のはじまりにいる男女というものは、何度も恋をしたことがあるくせに、「 今度だけはきっと違う 」 と心の中で呟くものだ。
そんな想いを育て続け、いつか成就すればよいけれど、どこかで失望したり、幻滅したり、あるいは傷つけたり、裏切ったりして頓挫することも多い。
ただ、そんな場合でも 「 救い 」 はある。
最初の頃に 「 今度だけはきっと違う 」 と感じた想いやら、未来に期待した感覚のすべては、終焉にはすっかり忘れ去られているからである。
自分が彼女に会ったのは、友達が主催したパーティが最初だと思っていたのだが、実際には過去に数度、僅かな時間を共に過ごしていた。
そのうちの一度は、こちらには 「 別の連れ 」 がいたし、他の機会にも直接に話したことはなかったので、まるで覚えていなかった。
彼女のほうは印象に残っていたらしく、特に 「 好き 」 と言うほどの感覚ではなかったけれど、パーティの間、なんとなく 「 目で追っていた 」 のだと言う。
その話を聞いて、「 これからも、目で追ってくれる? 」 と尋ねたのが、交際するきっかけになった。
今では、私の部屋を動き回ったり、着替えのためにジッパーを下ろしたり、開けられたくない書庫に近づく彼女を、私の方が焦りつつ目で追っている。
自分の知らないうちに、彼女が 「 目で追っていた 」 と言ってくれた言葉が、なんとなく新鮮で、とても純粋な気持ちのように思えた。
考えてみれば片思いほど純粋な恋愛はなく、自分の気持ちを伝えたいだとか、相手にも受け入れられたいとか、そういった野心など微塵もない。
逆に、片思いでなくなった瞬間には、大いなる歓喜と引き換えに、相手への要望やら、嫉妬やら、様々な不安みたいなものが押し寄せてくる。
ある本に、「 恋はいつも、サヨナラよりせつない 」 という一文があったけれど、たしかに相思相愛の恋愛とは、そういう部分をも孕んでいる。
これからもこの恋を長続きさせるためには、どこかでお互いを 「 片思い 」 しているという感覚を、持ち続けることが大事なのかもしれない。
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