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2005年05月15日(日) 悪貨を駆逐できない企業



「 悪貨は良貨を駆逐する ( あっかはりょうかをくちくする ) 」

          サー・トーマス・グレシャム ( イギリスの貿易商、財政家 )

Bad money drives out good.

                         SIR THOMAS GRESHAM



この格言は、「 Gresham's Law ( グレシャムの法則 ) 」 として有名だ。

エリザベス一世の財政顧問官で、ロンドン王立取引所の設立者でもある。


そもそもこの格言は、1558年に彼が女王に 「 財政上の忠告をした手紙 」 の冒頭に書かれた文章だと伝えられている。

中世から18世紀頃までは、ヨーロッパには紙幣がなく、貨幣はすべて銀貨か銅貨に限られていた。

ところが王は、財政の窮乏を救うため、しばしば勝手に銀の含有量などを減らすなどして、貨幣の質を落としたりしていた。

そのため人々は、良質のものを貯え、悪質のものだけを支払いに使ったので、いくら良貨を発行しても流通しなくなってしまったのだ。

それを指摘した冒頭の言葉は、年月を経て 「 悪い人間がいると、良い人間まで悪くなる 」 という意味に発展し、世界中で広く使われるようになった。


いまから5年前、「 雪印乳業集団食中毒事件 」 が発生した。

認定者数は13,420名に上り、過去最大の食中毒事件と騒がれた。

直接的な原因は、北海道の工場で停電が起きた際に、黄色ブドウ球菌が増殖して毒素が発生したためと推定されたが、別の問題も浮上した。

大阪工場での原材料再利用に際する不衛生な取り扱いだとか、返品後の再出荷であるとか、あれやこれやと 「 叩けばホコリが出る 」 始末である。

それから2年後に、今度は傘下の 「 雪印食品 」 で、BSE 問題に関連する補助金を詐取した 「 牛肉偽装事件 」 が発覚した。


相次ぐ不祥事により、消費者、流通業者の信用を失墜させた巨大ブランド 「 雪印 」 は、その後、解体、解散する憂き目に陥ったのである。

この会社の従業員が、一人残らず、すべて 「 悪い人間 」 だったかというと、けしてそんなことはなかっただろう。

しかしながら、企業体質に問題があったことも事実で、「 悪事を見過ごした人間 」 もいれば、それを変えれる立場にいた者も少なくないはずである。

マスコミは、徹底して糾弾し、消費者もそれを支持した。

その結果、この企業は解体し、良い人間、悪い人間を問わずに、数多くの従業員は職を失い、路頭に迷った挙句に首を吊った人も出たようである。


最近、脱線事故を起こした 「 JR 西日本 」 に対するマスコミの報道姿勢について、いろいろと問題視されている。

たしかに、あまり本件と関係のない事柄まで干渉し過ぎている点や、感情的に暴言を吐いた記者がいたことには、マスコミの倫理姿勢を疑う。

しかしながら、事件以後も 「 オーバーラン 」 が多発している事実や、事件の反省、改善がみられない点については、追求してよいはずである。

人によっては、「 マスコミのせいで、運転士への嫌がらせが増えているじゃないか 」 とか、「 利用者が我慢すればいい 」 などと言う人も出てきた。

悪いのは、事件を追及したマスコミや、利便を求めた利用者なのだろうか。


あれだけの死者を出す大惨事を起こし、JR 西日本がマスコミの追求を受けるのは当然のことで、それが 「 一般市民の嫌悪感 」 を招くのも必定だ。

もちろん、それに感化されて運転士に暴力を奮う輩は法の裁きを受けることになるし、被害者の遺族でもなければ 「 情状酌量の余地 」 はない。

ただ、企業イメージが落ちたり、運転士の技量に対する 「 不信感 」 などが高まったのは、マスコミの責任ではなく 「 企業の責任 」 である。

雪印の事件があった後で、いくら 「 この牛乳は安全です 」 と連呼して誠実な雪印の社員が販売に回っても、それを取り扱う業者はなかった。

事件に全く関わらなかった 「 無実の社員 」 を悪者に仕立て上げたのは、マスコミではなく、雪印という企業であると誰もが思ったはずである。


心無い者から空き缶をぶつけられ、意地悪な張り紙をされている運転士の方々を気の毒にも思うが、「 雪印の社員 」 よりもマシな面もある。

牛乳や食肉を選ぶ消費者は、他ブランドという選択肢が豊富にあるので、雪印を買いたくなければ、他社の牛乳や食肉を買えば済む。

その点、交通機関の場合は、引越しでもしなければ 「 嫌でも、その電車に乗らなければ移動できない 」 事情があって、不買に参加できない。

逆に言うと、だからこそ 「 不満がある利用者からの不審や、憤り 」 の目に晒される機会も多いわけで、会社が潰れない代償の犠牲も大きいのだ。

運転士や職員は、「 雪印の社員 」 のように、利用者から見放されて職を失う心配がないことも、わが身の境遇として理解する必要がある。


このところ、「 オーバーラン 」 の報道が多いけれど、事件で話題になる前から、これは頻繁に起こっていた現象である。

今までは、誰も興味がなかったから報じなかっただけで、技量に問題のある運転士や、安全走行に無頓着な職員は、潜在的に多かったはずだ。

運転士らに対する暴行が多いからといって、これらの問題に関する指摘を緩めるようでは、本来、マスコミの持つ 「 浄化能力 」 が揺らいでしまう。

もちろんマスコミは、権限を乱用せず、責任ある報道倫理を貫き、扇情的に偏見を促してもいけないが、断固として 「 企業悪 」 は追及すべきだ。

内部的に 「 悪貨を駆逐できない企業 」 の場合は、特にそうなのである。






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