Tonight 今夜の気分
去るものは追わず、来るものは少し選んで …

2005年04月03日(日) ベストスモーカー大賞



「 タバコを吸う権利は、隣にいる人間の鼻先で終わる 」

                                     作者不詳

A person's right to smoke ends where the next person's nose begins.

                                 ANONYMOUS



アメリカの公共広告に使われた標語だが、作者まではわからない。

タバコを吸う私にとっては、ちょっと耳の痛い言葉である。


本人はタバコを吸わないが、「 誰かが隣で吸っても平気だ 」 という友人を伴い、ちょっとオシャレなビストロへ昼食に出かけた。

店内には禁煙席と喫煙席があり、当然のごとく喫煙席を選んだ。

土曜の午後ということもあってか、家族連れなどで禁煙席のほうが埋まっていて、喫煙席には少し余裕があったので、運良く待たずに座れた。

席につき、注文をしてからタバコに火を点けようとすると、空いた隣の席に、幼稚園児ぐらいの女の子を連れた家族連れがやってきた。

火を点けるのをためらいながら、しばらく眺めていたが、彼らがタバコを吸う様子はなく、「 禁煙席を希望したが、空いてないのでここに来た 」 らしい。


ここは喫煙席なので、私には 「 タバコを吸う権利 」 がある。

それと同時に、ここがどんな場所であろうと、私には 「 幼稚園児の鼻先で、タバコの煙を吐き出す趣味 」 はない。

もしも、禁煙席が空いているのに、彼らを喫煙席に案内したのだとしたら、それは店側の怠慢や思慮不足を責めることもできるが、この場合は違う。

あるいは、この 「 レディ 」 があと20年ほど老けていれば、タバコを吸ってよいかどうかを尋ねることもできるが、それにはまだ早すぎるようだ。

また、その娘の両親も、人の良さそうな感じのいい人たちで、彼らに尋ねたなら、おそらく 「 吸うな 」 とは言えずに我慢なさる可能性が高い。


ここでタバコを吸わないのは、崇高なる 「 人間性 」 の問題というよりは、「 愛煙家のプライド 」 に拠る部分である。

タバコの害悪が問題視されるのは、医学的に 「 人体に及ぼす影響 」 云々ということ以上に、吸わない人からみた 「 吸う人間のイメージ 」 が大きい。

他人の迷惑など顧みず、喘息の子供が近くにいようが、風味の繊細な料理を愉しんでいようが、平気で 「 有害な煙 」 を撒き散らす印象が強い。

それで、健康上の観点だけでなく 「 タバコを吸う人間 = 悪い人間 」 という図式を、なんとなく持っている人も多いのである。

けして自分を 「 いい人間 」 とは思わないが、好きなタバコを吸える場所が減り続ける傾向には歯止めが欲しいし、吸わない人と共存していきたい。


周囲に配慮することは、「 肩身が狭い 」 ということと同義語ではない。

また、それが 「 保持している権利を奪われる 」 ことでもない。

たしかに、酒や、その他の嗜好品に比べてタバコは 「 不当な迫害 」 を受けていることも事実だが、その原因は 「 一部の悪質な喫煙者 」 にある。

おそらく、いくら迫害を加えても、ヘビースモーカーが多いことや、タバコの販売による税収を無くすことはできないので、全廃されることはない。

だから、闇雲に 「 タバコは悪い 」 という思想ではなくて、「 ベストスモーカー大賞 」 などを設け、国を挙げて喫煙マナーの啓蒙を行うことが望ましい。






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