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■ いらっしゃいませ、狼さん
食事を摂る姿を見て、ふいに口をついて出た。 「神門さん」 「ふぁ?」 口に物が詰まっているせいか、いつもの反抗的な返事もどこか間が抜けて聞こえる。もごもごしながら睨まれてもちっとも怖くない。むしろ動物が懸命に食物を摂取しているようで、愛らしくさえある。 「それ」 白い皿に一つだけポツンと残っているプチトマトを指す。他はきれいに食べ尽くして、後は小さな赤い物だけが皿の上でやけに目立っていた。真正面に座っているひつぎには、それが気になって仕方ない。 「頂いてもよろしいかしら?」 「ダメだ」 速攻、拒否。 「どうして?」 不機嫌な顔で、口の中の物を飲み込む。不思議そうな顔をしているひつぎを尻目に、ぶすりと容赦なく一撃。中から少しの汁が滲む。こうなってしまってはもう、横取りはできない。玲は口の端を上げると、意地悪くひつぎの目の前に掲げて見せて、次の瞬間トマトは口の中に消えていった。 どうやら見込み違いだったらしい。 「悪ィな、ひつぎ」 全て平らげて、優雅にエプロンの端で口を拭いながら玲は真相を告白した。 「あたしは好きなモンは最後まで取っておくタチなんだ」 「そう」 ひつぎはその正反対なので、玲の告白を聞いてそういう考えもあるのかとただ驚くしかない。まったく、困ったことに目の前の人物は同じ物を見ている癖に出す結論が違う。それがおもしろい。 また一つ、興味深い生態を知って深く考え込む。だが、観察対象は意外な情報を付け加えた。 「それは、お前に関しても同じだぜ」 「……そう」 周りの物を全て食べ尽くして、何もなくなった皿の上でひたすらポツンと待ちぼうけている状態。まさに今のひつぎの心の景色そのもの。意地悪なこの人の、お気に入りのやり方。 「できるだけ早く食べに来て頂戴。わたくしはいつもまでも同じ場所で待っているとは限らないわ」 トマトは転がりやすいけど、それ以上に立ち消えてしまいかねない我が身を鑑みてしまう。だからと言ってこちらの事情を玲に告げる気にはならなかった。 何も知らないまま、ただ口に放り込むためだけに現れて欲しかった。
2007年12月08日(土)
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