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■ 天地学園子守り日記リターンズ
紗枝に渡した途端、その子は泣き止んだ。機嫌よさそうに、キャッキャッと笑い声すら聞こえる。この違いはなんなんだ。さっきまで、いくらあやしても火がついたみたいに大泣きしてたってのに。 まだ物心もつかない赤ん坊相手に大人げないのかも知れないが。 そもそも紅愛だってまだ完全な大人とは言えないのだから、少しばかりヘソを曲げてしまうのも仕方ないだろう。と、勝手に自分の狭い心を許すことにした。 紗枝は、ヨシヨシとその子を背に負って、適度に揺れながら先を歩いていく。よく聞いたら、鼻歌で「ぞうさん」を歌ってあげているのがわかる。堂に入った子守りぶりだ。 「将来、子供が生まれたら真っ先に紗枝に連絡するわね」 「それはどういう意味かしら?」 学園の敷地内に入ったせいか、すれ違う生徒がこちらをチラリと見ている。 「私は苦手だわ」 子供のために、今日は爪もまったくのまっさら状態。調子が出ないのはそのせいでもある。紗枝が苦笑いした。 「自分の子供なら別よ、きっと」 あーうー、という言葉になる前の音を背に聞きながら、寮の方までやって来た。今日は日曜。夕方までこの子と一緒に過ごす運命。いくら紗枝が子守り上手と言っても、ずっと背負わせておく訳にもいかない。 剣待生寮の入り口付近でぼんやりしていたら、まず玲が出てきた。二人を発見すると、顔色を変えずにぶらぶらと近づいてくる。視力はいいのか、数メートルの地点で紗枝の異変に気づいたらしい。 上半身を乗り出して、こっちを凝視している。かと思ったら、ダダダダダッとすごい勢いでダッシュしてきた。 「お、お前らどうしたんだ、それ!?」 走ってきた勢いそのままに、紗枝の目の前で止まって思いっきり指で指し示す。玲の勢いが怖かったのか、背中からギャーと泣き声が上がった。 「ほら、玲が怖い顔するから……」 「あ、わりぃ」 「よーしよし、怖いお兄ちゃんですねぇ♪」 「っておい!誰がお兄ちゃんだ、誰がっ!!」 ノリのよすぎるツッコミも、乳飲み子にはただの大音量でしかないようで。紗枝が赤ん坊を宥めるまで、5分ほどかかった。その間に、玲も反省して隅っこで小さくなる。 再び機嫌を直した赤ん坊と、よく反省した玲。赤ん坊は紗枝の背中から手を伸ばして、玲の髪の毛を引っ張りたがる。怒るとまた泣かれてしまうので、玲は憮然としつつもされるがまま。 「で?誰の子だよ、こいつ」 と、言いつつ玲の目は紅愛と紗枝を交互に見た。何考えてるんだか。そんなわけないだろうに。うるさいのでさっさと真相を教えてやろうと思ったら、突然紗枝が頬に手を当てて深刻なため息を吐いた。 「やっぱりあの夜がまずかったのかしらね……紅愛」 「どの夜よっ!!心の底から身に覚えがないわ!!」 そうだ、この人はこういう奴だった。子守りを押し付けて悪いとは思うけど、思い切りはっ倒したい。 「冗談でもやめなさいよ、誤解されるでしょ。ほら、現に今目の前で真っ白になってるヤツが一人いるじゃない」 「……」 玲が燃え尽きた顔で呆然とたたずんでいる。紗枝は、背中の子をそっと紅愛に渡した。軽くなった体で、玲の手を取る。 「玲」 「紗枝……」 「ご覧の通り、私は玲の子を育てる準備は万端よ」 「!」 「だから、任せて。何人でも立派に育ててみせるわ」 「紗枝……ありがとう。あたしも頑張るからなっ!」
赤ん坊は重いし、やっぱり紅愛が抱き上げた途端にぐずり出したけど。 でもあのバカップルのとんちんかんな会話を横で聞いているよりずっとマシだ。最後に玲がシャウトした頑張るっていうのは、何をどう頑張るってのか。勢いで会話する人はこれだから困る。痛む頭に泣き声がズキズキと響く。 寮内に入り、よたよた歩いていたら小さくも頼もしい顔が見えた。 「紅愛ーっ!」 昨日の晩に、親類の子を預かりに行くと言ってあったから、時間を見て迎えに来てくれたのだろう。みのりがバーッと寄ってきた、かと思ったら背中の子をひょいっと取り上げる。そのまま自分の背中にしっかり背負う。 「みのり?」 そこまで何の迷いもない、流れるような動き。紅愛の方が少し戸惑ってしまう。みのりはいつもと同じ、にこにこと笑って。 「あたしにまかせれ!」 「?」 少々重くてしんどかったから、それはありがたいのだけど。まだ何の事情も説明しなかうちに、みのりはスタスタと歩き出した。その後ろ姿は、年長の子供が幼い兄弟の面倒を見ているようにしか見えない。 少し行くと、今度は静久の顔が見えた。寮の方に何か用があったらしい。日曜に会うのは珍しいけど、いつも通り制服を着ている。静久にしてみれば、寮であろうと学園には違いない。 「月島さん?」 誰しも、紅愛より先に赤ん坊が気になるようで。静久は背中に回りこんで、赤ん坊の顔を覗き込む。だぁ、と声がしてすぐさま静久のハチマキが握られてしまった。 「う〜う〜」 「なかなかやりますね。私のハチマキを奪るとは」 頭をぐらぐらさせながら、静久がみのりに尋ねた。 「どうしたんですか?この子」 「あたしがめんどー見るんだ」 「偉いですね、月島さん」 と、言いつつみのりの頭をよしよしと撫でる。子守りしている子供の方を、褒めてあげる子供。もう何が何だかわからない。ついでに、後ろにいる紅愛のことは二人とも全く眼中に入れていない。 みのりは、胸を張って誇らしげに言った。 「紅愛の(親戚の)子だから、あたしがめんどー見んのは当たり前だ」 ……。 ちなみに、カッコの中は発音されておらず。 「えっ?月島さんと……星河さんの??」 紅愛と、みのり。指さし確認が交互に動く。 「ま、待って!それは誤解よ、静久!!っていうかみのりはちゃんとカッコの中まで言いなさい!!」 「んお?なんか変だったかな〜??」 「あ、そういえば目元が月島さんに似てますね」 「違うからっ!それはただ目が細いだけよ!!」 「髪の色は紅愛にそっくりだろ〜?」 「本当ですね。将来はきっと可愛くなりますよ」 何を言っても無駄な天然気味の二人を前に、紅愛はありったけの抵抗をした。その結果。 紅愛の寮の部屋に、会長からベビーカーのプレゼントが届いたという。もちろん、全力で返品しに行った。
2007年01月14日(日)
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