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■ ある日、星空の下
傍らの静久の手を握る。夏の夜だから、凍えることはないけど、一晩中待っても誰も助けに来ないかもしれないから、静久が寒がらないか心配だった。崖から落ちた時に少し擦りむいた手をそっと包んで、二人で時々空を見上げた。 今日は朝から快晴。だから、星が絶え間ない。街中ではこんな空は見られないだろう。 静久の頭がゆっくりとこちらに寄って来る。寝る時間はとっくに過ぎているから、眠くなっても仕方ない。肩に柔らかい重みを感じる。静久はうとうとしているのに、ひつぎはまるで正反対。閉じかけていたまぶたが跳ね上がる。それから、ゆっくりと深呼吸。そーっと横を見る。静久の白い頬が暗い中でぽーっと浮いて見えた。呼吸が体のくっついた箇所から、ひつぎの体にも響いてくる。 手を伸ばしかけて、慌てて止めた。今触れたら起こしてしまう。 虫の声だけがチリチリと二人を取り巻いていた。それに自分の心臓の音が混ざる。駆けた後の動悸とは違う、不思議な高鳴りが何だかわからず、ひつぎは一人で首を捻る。体も熱い気がする。道に迷った挙句、風邪までひいたのだろうか。 (静久にうつさないようにしないと) 赤い頬をしながら、ひつぎは一人で空を見上げた。 その時、キラリと一際大きく輝く星があった。続けて、長い尾を引いて東へ消えていく。 「あっ!」 消える前に、隣にいる静久を揺すって起こそうと思った。流れ星。大きくてくっきりとした。 「静久、いま……!」 両手が静久の肩に触れる前に。ひつぎは大声を出しかけた自分の口を、反射的にきつく結んだ。わずかの間に、星は二人の頭上で光を放って消えていった。 「……」 穏やかに眠る顔を見たら、なぜだか起こしてはいけない気がして。自分の上着を静久にかけて、意味もなく大声なんか上げながら星を追って、しばらく駆け回ってから静久の隣で眠った。 翌朝、泣きそうに心配していた市原さんと捜索隊に無事発見された。だけども確かに光った星のことを、ひつぎは静久には話さなかった。
「そんなこと、ありましたっけ?」 時は現代。突然の思い出話に、静久はしばし己の記憶を探し回ってみる。話に符合するような思い出は見当たらない。昔のことは結構覚えている方なのに、これは珍しいことだ。 生徒会室で、仕事中に突然こんなことを話したひつぎの心境がわからなくて、静久は目を丸くして彼女を見つめた。 「静久に話したのは今が初めてよ」 「見てみたかったですね。そんなに大きな流れ星」 小さな二人の頭の上を、弧を描いて横断していく星の姿。それを見て、目を輝かせている幼いひつぎ。 「でも、どうして今まで黙ってたんですか?」 八年の歳月を越えて、話す気になったのはただの気まぐれなのだろうか。ひつぎは、持っていた書類の束を置いて立ち上がる。 「最近、ようやく分かったの」 「流れ星の意味ですか?」 見たかったとは言ったけど、本当はその星は、ひつぎのための星だったのではないかと思った。将来星を望む者になるはずの、小さな勇者への。見ることは叶わないけど、その時隣にいた静久は、今もやっぱり彼女の隣にいる。今度は、同じ星を見るために。 「いいえ」 星のことではなくて、と言いながら静久はふいに抱き寄せられた。髪に唇を寄せ、ひつぎは微かな声で秘密を打ち明ける。 「わたくしの初恋は、貴方だったのね」 「は、つ恋?」 ただ眠っていたあの頃は、思いも寄らぬ感情。 八年の歳月をかけて、その思い出の意味に気づく。
2006年11月06日(月)
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