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■ ハード・ムービー・ナイト(おまけ)
途中で途切れたビデオの続きはほっぽって、暗い廊下に出た。 深夜2時の寮の廊下は、ただただ暗闇。非常灯の光だけがポツポツ廊下の向こうの方に見える。先を行く順の足音はほとんどしない。その足運びは、順の在り方そのものなのだと思う。ポケットに両手を入れて、軽やかに弾むような歩みなのに。夕歩は後ろからそっとついて歩く。一人きりなら、夜の廊下を歩きたいようなテンションではなかったけど、先を行く背中があるなら胸がほっと温かくなる。 自販機のある一角だけが、夜中でも煌々と明るい。が、3時になるとこれも消えるのだと言う。夕歩はそんなに遅くに自販機を利用したことはなかったから、今聞いて初めて知った。本当に、こういう情報だけは詳しい。 こんな時は、『あったか〜い』に属する缶しか目に入らない。 「あっち」 ホットコーヒーをポケットに入れて、順は夕歩の分もついでに買ってくれた。 「熱いから気をつけて」 コーンポタージュ。粒が底に溜まって、きれいに飲むのは至難の業。どうしてこれを選んだのか、順のチョイスが気になった。 恐怖は、どちらかというと人の体温を下げるのかもしれない。熱いから、と順は直接大きめのポケットに入れているが、夕歩の手の平にはこの缶の熱がちょうどよかった。手は思ったより冷えていた。 部屋に戻る途中、電灯がきれかかっている箇所があった。ゆっくりと暗くなっていき、突然パチッと全開で点灯したかと思うと、またゆっくりと闇を増やしていく。真っ暗になるのも心細ければ、パチッの瞬間に反射的に体がビクッとしてしまう。わずかに足が止まったのに気づいたのか、すぐ順が戻って来た。 「戻ったらあたしが持ってきたやつ見ようよ」 「まだ見るの?」 これを飲んだら寝るつもりだったから、順の言い出したことは予想外だ。何を持ってきたのかも気になる。順には悪いけど、あまり信用ができない。夕歩の不審な眼差しを知ってか知らずか、にやっと形容するのにちょうどいい笑みを浮かべている。 「じゅんじゅんセレクション、ピンク映画三本立……ぅあっちー!!」 何か中学生にはふさわしくない単語が飛び出しかけたから、言い切る前に防いでみる。熱々の缶を頬に押し付けられて順は後ろに飛び退いた。 「熱いっ、それ熱いよ夕歩」 「どっかのおっさんかっての」 夕歩の冷たい視線を受けて、涙目で頬を抑えながら順は苦笑い。 「ま、それは冗談冗談。ハウル見ようよ、宮崎の」 なぜか、ハウルの動く城。確かに、まだ見てなかったけど。ホラー映画とは180度違う。が、夕歩も順も特に宮崎アニメのファンというわけでもないのに。脈絡のないチョイスは、コーンポタージュ以上に不思議だ。 「あー、なんて言うかさ」 至近距離で疑問の眼差しを受けて、順は頬を掻いた。 「ほら、刺激の強い映画ばっか見たから」 “夢見が悪くなりそうでしょ” なるべく心温まる物でも見て、相殺というか中和というか。とにかく順が言いたいのはそういう意味だった。誰かさんのために、わざわざ考えたアイディア。思えば部屋に突然現れたのも、最初からそれが目的だったようだ。 「一番心温まりそうなのはやっぱトトロかなーと思ったんだけど」 「それ、何回も見てるよね」 「そう」 二人で肩を並べて、小さい頃に幾度も見た。 「もののけ姫は心温まるってのとはちょっと違うしさ」 「そうだね」 部屋までのわずかな暗闇。どちらからともなく、手を繋ぐ。 「紅の豚は、寝る前に見るとかえってエキサイトして寝れなくなりそうだよね」 あたしは好きだけど、と付け加わった。 眠っている二人を起こさないように、そっとドアを開けた。真っ暗な部屋に順が先に入る。その背中にポツリと、「ありがと」。 部屋に入りかけた夕歩に、順は突然耳打ちしたのだった。 「夢の中でも姫をお守りします」 なんてね、と離れて笑った顔が、テレビの光に照らされていた。
たとえこの手が届かない世界へ行っても必ず君を守るよ
2006年04月10日(月)
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