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■ This is a love song.
選択肢が5つ。どれを選んだらベストエンドへたどり着けるのか。しばらくの思案。昨日、後ろで見ていた順がいともあっさり「それそれ」と言ったのを選んだら見事正解だったのが癪に障る。こういうゲームをしないくせに、なぜか順の選ぶ答えは大抵正しい。こればっかりは本能だろうか。 ギャルゲーの才能。順の肩を叩いて、真摯な表情で綾那は言った。 「アンタには、才能がある」 なぜか微妙に嫌そうな顔をされた。一応、珍しく褒めたつもりだったのに。 長思案に陥った時は、大抵もう正しい答えなんかわかりっこない。今は的確な助言をしてくれる順もいないから、綾那はあてずっぽうで2番目を選ぶ。一番下の選択肢がチラッと目に入ったが、まだ中学生の身の上としては、人目のある明るいうちはリスクが大きい。 「いや、でもな」 どうせどれを選んでも正しい気がしないのなら、いっそ。これは勘だが、順はすぐに戻っては来ない気がする。十字キーを3回下に押して、ソレにカーソルを当てた。 コンコン。 危うく指が滑って決定しそうになる。 「順?」 自分の部屋に入るのに、今更ノックなんてしない。ドアの外には、誰か別の訪問者がいる。綾那はコントローラーを置いて、ドアの向こうに視線を移した。 「どうぞ。誰か知らないけど」 一見妙な言い回しだが、寮内をウロウロしている人間なんて剣待生以外にいないし、もっと言えば綾那のとこにわざわざ訪ねて来る酔狂な人なんて、さらに限られる。綾那は天地の怒れる虎という二つ名が物語っているし、ルームメイトは顔が広い割には、あまり部屋に人を呼ばない。訪問者は少ない部屋なのだった。 「綾那?」 酔狂といえば、八割方エロで構成されている女の刃友を務めるという、これ以上ない酔狂な人。スッとドアが開いて、夕歩がそこに立っていた。もちろん、刃友を訪ねて来たらしい。綾那はコントローラーを置いた。 「まだ戻ってないわよ」 あのバカ、と付け加えると、夕歩は少し笑った。手には数冊の雑誌やら本やら。 「順に渡しといて」 受け取る方も受け渡す方も、無言で一番上になった本の表紙を見つめてしまった。表紙にいる水着の女性と目が合う。どこの誰だか知らないが、別段嬉しくはない。夕歩は困り顔で、でも口元は少し微笑んでいる。 「罰ゲームのつもりだったんだけど」 綾那相手なら意味ないね、と呟く。バカの恥ずかしい忘れ物を敢えて剥きだしで持ち歩いて、目の前で剥きだしで手渡すという高度なプレイ。さすが、エロい幼なじみを持って早十五年。負けてない。 「多分、もうすぐ帰ってくると思うけど」 隅によけてあった机を真ん中まで引っ張り出して、どうぞと座布団を勧めた。さりげなく、ゲーム画面は切った。順でもイヤだが、夕歩の前で微妙な選択肢を選んで突入するのはさすがに気が引ける。いかがわしい物はそのまま机のど真ん中に置かれた。まだプレイ続行中らしい。淫魔に対抗するにはこのくらいの度胸が必要だ。 ゲームを切って向き直る。やっぱり間にはいかがわしい本を挟んだまま。何となく、その水着女性がさっきから視線をアピールしてくる雑誌をめくってみた。 「こういうの買うテンションて想像つかないわ」 中身は最初の数ページがカラー写真で、後は意外なことに全部文字。それにしてもところどころに淫な感じの単語が出てきて、やっぱり淫魔好みの内容らしかった。 「順の本の買い方は、ちょっと変だよ」 アレにはついていけない、と夕歩は淡々と話す。即断即決。適当にちらっと見て、よさそうだと思ったらポイっと買う。 「どうりで、やけに多いと思ったら」 綾那はよく順がいらない雑誌を括っているのを見かける。随分古紙回収に熱心な中学生だと思ったら、元手が豊富にありすぎるのだ。それで夕歩の部屋にまで持っていく。夕歩に止まらず、寮内には順の蔵書があっちこっちに出回っているらしい。寮は好奇心旺盛な年頃の少女たちの集まりだから、それなりに歓迎されているようで。 「淫魔菌か……」 早いとこ病原体を絶った方が後の世のため。今宵は釘バットが唸る夜の予感。 上から三冊目の小説を手に取ったら、夕歩は眉をしかめた。 「それ、すごくつまんないよ」 「え?」 更に聞くと、あまりにもノリで買い過ぎるせいで、時々とんでもなくダメダメな本を買ってくるのだと言う。どのくらいダメかというと、読ませた人全てが最初の一ページで投げ出すぐらい。 「タガメとオクラの」 「身分を越えた愛」 身分ていうか種族が違う。 もうアイツの愛は信じないようにしよう。二人の間に今、そんな意思疎通が行われた。 「綾那は、ゲーム?」 切ったまま、暗く沈黙した黒い箱。夕歩は見慣れた変な書物群からはとうに興味が移って、綾那の愛機を指さす。 「あ、あぁ」 カセット型じゃなくてよかった、とこういう時思う。ロムなら、中に完全に入ってしまっているから何のソフトやってるか見た目じゃわからない。ギャルゲーやってることを隠すつもりはないけど、おおっぴらにアピールするつもりもなかった。もっとも、夕歩は綾那の趣味なんてとうに承知だろうけど。それはそれ、思春期の心は複雑なのだ。 そう思うと、夕歩の部屋に平気で変な本忘れていける順の神経は、少し不思議だった。それだけこの二人は、家族なのだ。家族。昨日の体育中の告白が脳裏を掠める。家族だという気持ちと、もっと別の気持ちと。同時に持ち得る奇妙な関係。 「綾那からも言っといて。あんまり変なもの忘れていくなって」 始めの頃は、同室の子に誤解されて、解くのに苦労したそうだ。もちろん、諸悪の根源にはきついお仕置きが執行された。 「あの、ま、ま、増岡さんだっけ」 「それはサザエさんのマスオさん役の人。あと少しお笑いも入ってる」 生まれてこの方ツッコミ続けているせいか、的確で無駄のないツッコミ。増田。どうも覚えられないし、これだけ間違うのは神の意志のようなものを感じる綾那だった。 「わかった。言っとく」 淫魔でも覗きが趣味っぽくてもセクハラな手つきの持ち主でも。順は順。揺るぎない気持ち。穏やかな夕歩の中に、根を張るよりも確かな一つの礎。 (ひるむことないんじゃないのか、アイツ) バトミントンをする気力を失うほど考え込まなくても、事態はもっときっと易しく進むはず。愛されているヤツは強い。 「ただいま〜」 愛され淫魔がご帰宅の合図を告げる。 「おっ、なに二人して楽しそうにお話してんの。あたしも混ぜて」 カバン置く間も惜しい様子で、そのまま夕歩の隣にぴったり座り込む。夕歩はそんな順の頭をぐいっと向こうに押した。 「残念だったな。これは女子限定の集まりなんだ」 「いやいや、あたしも女だってば」 「……」 「なんでそんな怪訝そうな目で見るのかな、姫」 「言動が危ないヤツは却下」 バシッと正面に夕歩の持ってきた高度なプレイ用品を投げつけてやった。プレイ続行中。 「あーっ!コレ、どこいったかなーと思ってたんだよね。そっか、夕歩の部屋に忘れてきたんだ」 プレイ、効果なし。まったく臆することなく、手に取ってソウソウソウと一人頷く。プレイを仕掛ける方も方なら、受けて立つ方も手強い。 「ありがと、夕歩」 「どういたしまして」 声は限りなく冷たい。ついでに視線も冷たいが、順は満面の笑みで夕歩に礼を言っている。綾那は二人を見ていて、小さな変化に気づいた。順の向けられる笑顔を一身に受ける夕歩は、決して目を見ようとしない。夕歩の顔を覗き込む順から、わざと逸らすようにしている。 綾那の位置からは、ほんのり赤くなった頬が見えた。 (こっちも) 愛されているのだから。まったく、本当に。人騒がせな相談に乗ってる身にもなってほしい。不器用な二人に、少しでも進展を。 いちゃいちゃし始めた二人を前に、綾那は黙ってゲーム機に手を伸ばした。
2006年02月19日(日)
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