池ポエム
ハンス



 洗濯にまつわるエトセトラ

 寮の一角から、ゴーッというよく聞き慣れた生活音がしている。扉のついていないその部屋は、複数の洗濯機が回っていて、音は二倍三倍になって廊下の奥から響いてきていた。大抵の使用者は、自分の洗濯物を入れた後、回しっぱなしにして出来上がるまでよそへ行っている。室内では洗濯機ばかりが熱心に仕事中で、人影はまばらだった。
 早朝7時。一人の寮生が、腕を頭の上に回して呑気に回る洗濯機を眺めている。蓋も閉めずにゴーと音を立てる泡を眺めては、時折鼻歌を混じらせていた。
 「アンタか……」
 カゴを抱えた綾那が、中を覗いて呆れた声をあげる。
 「おっ、早いね綾那」
 「朝っぱらから能天気に歌なんか歌ってるから、どこのバカかと思えば」
 部屋からここまで歩いてくる間に、順の呑気な歌声は聞こえてきたらしい。綾那は手近な空いた洗濯機に洗い物を放り込んで、傍らの洗剤を手に取った。
 「ん?そういえば」
 洗濯機の前に椅子を置いて、器用に体操座りしている順の背中を見る。同室だというのに、今日順を見たのは今が初めてなことに気がついた。
 「あんた、昨日部屋に戻った?」
 「ん?あ、うん」
 順はこちらを振り返らずに、また蓋を開けては飛んでくる泡に目をしかめた。自分のスイッチを押した後、順の様子をそれとなく観察してみる。
 なぜだか頻繁に蓋を開け閉めしている。一般的に洗濯機が洗っている最中に、中を確認する必要はない。
 「綾那も早いねー」
 口を開きかけた瞬間、先に相手に言葉を挟まれてしまった。
 「あ、あぁ」
 「何洗ってんの?」
 開けた蓋からこぼれたしゃぼん玉が、こちらに流れてくる。
 「昨日、半分寝ながらゲームやってたら……」
 手でTシャツの形を作る。真ん中に染みの形を描いて、順はあぁと納得した。
 「アレほど、きりつけて寝なよって言ったのに」
 「眠くなるようなつまらんシナリオが悪い」
 次の日早起きする必要がない日など、よく綾那はゲームに時間を費やした。いつもは遅くまでやるといっても限度がある。音を消してやるのでは、心から楽しめない。昼間にわざわざ部屋を暗くしてゲームするのは好きだが、本当の夜中にはゲームをやらない綾那だった。
 昨日はいつまで経っても同室の順が戻らなかったから、つい遅くなったのだ。遅くなるのを見越して、順は出掛けに忠告してくれたと言うのに。案の定、睡魔に襲われて手を引っ掛けたらしい。
 缶コーヒーだったのが余計仇になった。
 「それ、何てシャツ?」
 「『琉球の塩』」
 「まぁ、元々濃い色してるから、ちょっとぐらい落ちなくても着れるでしょ」
 その時、ピーと音がして洗濯機が完成を告げた。
 よっ、と軽い掛け声がして、順の手が中から何やら引っ張り出している。
 「何洗ってたのよ」
 ようやく、最初から気になっていたことが聞けた。見た限りでは、随分長くて大きい。脱水してあるとはいえ、そこそこの重さもあるようだ。
 質問には答えず、順は鼻歌を再開した。
 「……じゃ、先行くわ」
 無理やり手持ちのカゴに押し込むと、何事もなかったかのように片手を上げて去って行く。その背中に、聞いてくれるなという男の意志が感じ取れた。女だけど。
 ペシペシという格好のつかない足音が遠ざかっていく。
 「なんでスリッパ?」

 晴れた日は屋上がいい。
 綾那が『琉球の塩T』を干していると、背後からちびっこい奴がアタックをかけてきた。
 「うわー、あやなかっこいい!」
 はやては綾那のTシャツを大絶賛している。大多数からは不可思議な顔で見られるTシャツを褒められて悪い気はしない。つい胸を張って、はやてに言った。
 「ほら、貸せ」
 「え?」
 「あんたの背じゃ届かないでしょ」
 本日最も日当たりのいい物干し場は、少々位置が高かった。はやては台を持ち出してそこに干すこともあったが、大抵はうっかり忘れてもっと低い物干しを使う。
 「ありがとう!!」
 その日の太陽なような笑顔全開。年下も悪くないな、とそれまでの綾那を覆す考えがひっそり浮かぶ。が、浸る間もなく今度はバカでかい叫び声がした。
 「どうしたクロ?」
 「じゅんじゅんとシグマがいるよ」
 つられて見ると、確かにさっき先に出ていった順と、夕歩がいる。物陰になるような人目につきにくいとろこに、二人は立っていた。何となく周囲を窺っている感じもする。
 「なんであんな日当たりの悪いところに……」
 そのまま見ていると、二人は協力してシーツを広げた。横で見ていたはやても不思議に思ったらしく、すぐさま駆けていって、目立つ位置に立つと下に向かって叫んだ。はやてが走り出した瞬間、綾那の脳裏に真相が閃く。
 が、疾風の名はダテじゃない。
 「じゅんじゅーーん!こっちの方がおひさまが当たるよーー!」
 慌てて追いついて、更に何か叫ぼうとするはやての口を後ろから押さえる。腕の中でバタバタと子供みたいに暴れるはやてを抑えつけて、綾那は遠くにいる二人になぜか頭を下げていた。
 “このバカがデリカシーがなくてごめんなさい”
 遠くで順が手の平を振って、横で夕歩が俯いているのが見えた。

2005年10月18日(火)
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