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■ ワンコ増殖中
後ろに引かないためには、それなりの準備がいる。むやみに前に突き進んで、何の傷もなしに済むやつは相当運がいい。というか、ほとんどいないだろう。無傷で勝ち誇っているように見える奴も、見えないところに傷を隠している。 傷なんかない、と言い張って、いつも堂々と立ち向かう。本当はそうなりたい。できるなら。
目を開けると、いつもと変わらぬ薄暗い天井があった。傍らの時計は、3時を指している。暗いわけだ。起き上がって、何が呻きたい気分だ。いつもの夢はいつも同じところで途切れ、現実の時間もほとんど同じ。そろそろこのパターンも飽きた。芸がないんじゃないのか。いつもいつも同じだと飽きられるぜ、あの自称一の側近みたいに。 思い浮かべるだけで少し笑いがこみ上げる。ああも一途に慕う姿は、もはや感動というより笑いだ。みんなそう思ってるだろうけど。それを言えばれっきとした最強の刃友であるハチマキの彼女も、一途さでは引けをとらない。傍若無人で天衣無縫、予想不可能なあいつの周りには、どうもアホすぎるほど健気な人材が集う。 いや、それはトップクラスだけに限った話ではないか。 薄暗い中に、幻のように刃友の姿が浮かぶ。何度か、己の暗い頭の中では彼女は失われていた。色んな方法で。けれど理由はおおむね一つ。 自分の目的のために。 夢は夢だ。それに、今は二人の夢になった。その過程で何があろうと、恐れるなんて戦士の風上にもおけない。 気勢を上げて、前を見る。そうすると、不思議と後ろに彼女の気配が感じられる。振り返りそうになる時、膝をつきたくなる時。笑っているのか、怒っているのか、呆れているのか。そのどれでもない。 額にうっすらとかいた汗は、乾き始めていた。
本を一ページめくる。 色んなことがあった夏が去り、静かな秋がやって来て絶好の読書日和だ。昨年も、“学園一読書の似合う剣待生”の称号をもらったことを思い出す。 そういえば読書の似合わない刃友には、今日はまだ会っていない。時々妙にへこみオーラを出しているから、顔を見ないとなんとなく心配になる。 風に吹かれて、まだ読んでいないのにページは先へ進んだ。 「おっす!」 「わっ」 我ながら結構棒読みな悲鳴だった。 背中には確実に人の重みと体温。しかもよく知った。 「どうしたの」 顔は見えない。今日は元気なのか、それともまたどうでもいいことを気にしてテンションが低いのか。 「へ?いや、別に意味はねーけど」 言いながら、勝手に人の本を取って表紙を確認した。もちろん背中に乗ったまま。いつもの彼女の匂いがした。 「げっ、またこういうのかよ。こないだ紅愛に見られてマニアックとか言われたんだぜ」 確かにカバーも何もつけずにポンと渡したのは自分だけど、堂々と人に見られるような場所で読むとは。知らないということは幸せである。 「今度はもっと普通のにしてくれよ」 「あれ?まだ読むんだ」 「いやだって言ってもどうせカバンに無理やり押し込むんだろ」 「正解」 よくわかってるね、と褒めたら耳をペタンとさせた犬みたいに、嬉しいような困惑したような顔になった。
嘘みたいに平和な日常をいつか振り返る時が来るかもしれない。その時もまた、何があっても、何もなかった頃みたいに二人でいたい。
2005年08月25日(木)
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