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■ 真夏の夜の悪夢
「聞いた?」 ベッドに寝転んでいた社長が、唐突に言った。 「何が」 隣で明日のルートを確認していた三鞍は、地図から目を離さずに答える。今はまだ二人しか室内にはいない。 「この近くのさ、国道1○○号でお化けが出るんだって」 仰向けからうつ伏せに体勢を変えながら、言葉を続ける。長いまつげのついた青い目が、好奇心で潤んでいる。こういう時のこの人はタチが悪い。 三鞍は軽くため息をついた。 「それがどうした?」 「おもしろそうじゃない」 「ちっとも」 実際、三鞍はおもしろいともつまらないとも感じていなかった。地図片手にもごもごとつぶやく。ノリの悪い態度に、社長は頬をふくらます。 「えー?三鞍嫌い?こういうの」 肘をついてあごを乗せ、両足を宙でぶらぶらさせる。小学生ぐらいしかしないそんなポーズが、なぜか微妙に似合っていた。 「嫌いも何もないだろ。ただの噂だよ」 別に社長だけではなかった。三鞍も隣でビール片手に街の人の語る幽霊話を聞いていたのだから。ただ、耳に入ってすぐさま耳から抜けただけで。お茶片手に聞いていた社長の上半身が妙に前のめりだったのが印象深い。冷めるよ、と小さく呼びかけたのも聞いていなかったくらいだ。 「ばかだなぁ、三鞍。火のないところに煙は立たないって言うじゃん」 「どこに火があるんだ?火種のない焚き火は不可能だよ」 付箋を挟んで地図を閉じる。明日の道程は大体覚えた。ドライバー役を買っているのだから、余計なことは考えたくない。隣の社長には悪いが、一足先に休むことにした。 「あっ、ちょっと!」 靴の紐をほどきにかかった三鞍に、制止の声がかかる。 「何?」 ベッドから腕を伸ばしてじたばたしながら膨れるという難しい態度を取ってみせている。 「今さ、寝ようとしたでしょ」 「そうだけど」 そう長くない腕が精一杯伸びてきて、三鞍のシーツをつかんだ。 「まだ話途中だよ」 「話って……何する気?社長」 国道の幽霊、必要以上に元気な社長。三鞍の細い目がより一層すぼまった。 そんなすぼまり目に見つめられた社長は、首の後ろが凝りそうな姿勢のままにっこりと笑う。 「確かめようよ。そのお化け」 「言うと思った」 伸びた手をパシっとはたく。白くて小さい手の騒動屋。 「そんな寄り道してる暇はないぞ」 昨日ですでに一日半分は遅れている。いくら急ぎの依頼ではないといえ、あまり遅いのも感心しない。目の前の社長は代表者だというのに、ヒラの三鞍より何も考えていないようだった。 「えー。国道1○○号だよ?ちょっと寄るだけで……」 「待った」 枕元に投げた地図を取る。赤ペンでなぞったルートをたどり、その道の名称が書いてある箇所を素早く探す。 三鞍はゆっくりと社長の顔を見た。 「そこ、寄るわ」
2003年06月15日(日)
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