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■ 長い回想
火を囲む彼女の表情は、あまりに柔らかかった。 「社長」 「何」 日が暮れて、森の中でこうして二人だけでじっと夜が明けるのを待つのはいつものことだ。初めのうちは慣れない夜の長さに落ち着かなかった。今はもう、闇の中に、他人である社長とじっとしている時間が一日のうちで一番好きだったりする。 「故郷って、ある?」 「故郷?あー。三鞍みたいに、生まれ育った場所ってこと?」 ふるさと。細かい定義は知らないが、大体それであっている。三鞍は山奥の村で生まれた。つい二週間ほど前、目の前にいる人物に誘われて村を出るまではそこから離れたことはなかった。無論、十代後半から配達屋の真似事をしていた三鞍だから、何日も村を離れることはいくらでもあった。けれど必ず、戻って来た。 もう二度と戻らないかも知れない旅に出たのは、今回が初めてだ。 「そうだなー。ある、と思うよ」 「?」 火に照らされた部分だけがぼうっと浮かぶ。火を見つめているふりして、彼女の表情を覗き見した。 「なんとなく、覚えてるだけだよ。場所とか知らないんだ」 伏せられた目が睫毛の長さを強調させている。 「でも、今の地図は不完全だから場所がわからないなんていくらでも」 「そうじゃなくってさ」 ほとんど開いてない唇の隙間から、静かな声が流れた。 「どこだか、ほんとにわかんないんだ。地上に存在してるかどうかもあやしい」 三鞍は黙って火を見続けた。今すぐに本屋に行けば、世界地図というものを手に入れることができる。そこには、大抵の大きな都市は載っていて、三鞍の故郷のような小さな山村ですら、なんとか点で記されている。未調査の地域を除いては、世界のどこに位置しているか知るのは容易である。 「未調査地域?」 地図にはグレーの色で塗られた、何も記されていない空白の部分がある。それも小さい面積ではない。かなり大幅に、地図の三分の一の面積がそのグレーに侵食されている。 「多分ね。行ってみなけりゃわかんないけど」 未調査地域にはいまだ到達した者はいない。もし到達していたとしても、帰還した者がいないのだから証明しようがない。この灰色の地域については、地理学者の間で最大の謎として君臨している。 「でも、それだと」 「違うんだよ。今まで色々見てきたけど、覚えてる風景にはぴったりこないんだ。もっと、どっか別の場所なんだ。ま、世界全部回った訳じゃないけどね」 当たり前だ。未調査地域を除いたって世界はバカ広い。一人の個人で、くまなく見て周った旅行者はまだいない。それを成し遂げたらギネスに載るだろう。どこから来て、何年旅しているのか知らないが、せいぜい三鞍より2つばかり年上に過ぎない若者がそんな大旅行をしているはずがない。話を聞いているうちに、彼女の故郷よりか経歴の方が気になった。 「どんな場所なんだ?そこは」 「ん。なんて言ったらいいのかなぁ。うまく言えそうにないや。なんか、不思議なイメージなんだ。ちょっと今までに見たことない景色だよ。あっ、映写できたら便利なのになぁ。目からビーッて」 「ロボですか、あんたは」
2003年04月03日(木)
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