どんぐり1号のときどき日記
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ネットのニュースで、梶井基次郎の「檸檬」で主人公がレモンを買った店のモデルである京都市中京区榎木町の果物店「八百卯(やおう)」が、閉店したと知った。さらにこの記事によれば、レモンを画集の上に置く場面に登場した「丸善」も2005年に閉店していたという。
この記事ではさらに「小説の世界をしのぶ場所がまた一つ消えた」と続くのだが、今時「檸檬」を読んでいる若い読者がどれだけいるのだろう。私の世代ならまだ常識の崖っぷちにかろうじて引っかかっているが、もう常識というレヴェルからは消え去っているのは間違いない。
ちなみに私に言わせれば、純文学を読む場合に、本人の性格や行動パターンを知る事は大事かも知れないが、その場所を偲んでも実は仕方がないのである。そんなものに郷愁を持っていたところで、実は小説の実態に迫れるケースは少ない。なぜなら小説はそれを読む事で理解しなければならないメディアであり、本人の性格などは、ファンになった後で研究する時に初めて必要条件となるだけなのだ。普通は純粋にその小説だけを読んで感動するのであり、そのモデルを当初から念頭に置く必要などないし、普通の読者にとって実際には不可能な事だ。これは私が私小説を結構好きだから、断言するのである。
つまりその場所を偲ぶのは関係者や熱烈なファンだけで充分であり、小説というくくりの中では無視して良いのである。 そうでなければ、他の地方の人間はその小説を楽しめないという事になり、それは極めて他的なものになってしまう。そしてそれは文学の衰退を招く一番の原因になり、実際そういう傾向があるのが現在の小説離れという状況なのかもしれない。
ちなみに、今日の題名に深い意味はない。
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