どんぐり1号のときどき日記
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2008年10月28日(火) 製作と販売は相容れない

 昨夜、NHKの「日本とアメリカ 第2回 日本アニメ vs ハリウッド」を見た。
 アニメのビジネス・スタイルをハリウッドに学ぶという内容なのだろうが、これを見る限りでは何を今更、である。この手の特集物としては久々に製作側の不勉強さが判るつまらない内容だった。
 今までハリウッドが行ってきたのはグローバル化などではなく、どんな知能程度にもあわせて大ヒットさせるための方法であって、けっして映画を作っている訳ではない。それは1980年代後半からのハリウッドがとっくに証明している事で、観客動員数を1人でも多くするために、その作品が持っている重要な事項を削っていく、それがハリウッドのやってきた映画制作の実態だ。

 そもそも日本のアニメが素晴らしいレヴェルを保っているのは、それが基本的に日本という狭いエリアで勝負しているからに他ならない。世界を相手にするという事は、文化や価値観の違いを克服しなければならないが、そんな事は不可能だと人類の歴史がとっくの昔に証明している(文化と価値観の相違があるからお互いに自分が正しいと信じて行動し、結果として戦争はなくならないではないか)。
 ましてや娯楽の世界における価値観の相違は決定的だ。文化の違いはまだ頭でカヴァーできるが、価値観というのは感覚に近いから、溝を埋める事はまず不可能だし、それが娯楽の世界では尚更だ。
 だからこそ日本という、文化も価値観もそう大きく違わない文化圏でアニメは成長し、一部では高度な内容を得るまでになったのである。ハリウッドを追いかけていたのでは、売れる作品はできるかもしれないが、映画としてまともな作品は一切期待できなくなってしまう。
 ハリウッドの映画を動かしているのは、映画を直接作っている人達ではなく弁護士や会計士である、というのは至極名言だろう。

 そしていかに日本アニメのレヴェルが高くとも、若手が育っていない状況では本当に素晴らしいアニメ映画は作られなくってしまう。文字通り物理的に不可能になっていくのだ。
 ましてや異文化との摩擦を解消しながらアニメを作るなどといったら、しり込みする人間の方が多いだろう。つまり「映画を作れる人間が育たなくなる」のである。

 等と書いている夜に、いわさきさんから電話。
 EM米の話で盛り上がる。やはり「チュウジさんがこれを食べて、あまりのおいしさにEM信者になってしまう」という件が最高だ。もちろん彼はきちんと系統立てて論証し、各方面に誤りを指摘しているという真面目なバックボーンがあるからこそ、笑えるネタになるのである。つまりこれは、ありえないシークエンスを創造して笑うというパターンだ。
 さて、11月のESIFCONか楽しみである。

 そういえば日中会社で、八戸にいた頃良く集まっていた連中から、忘年会のお誘いがあった。仕事の都合さえ何とかなれば、これは行きたいものである。宴会の席は、楽しく騒げるものが一番なのだから。


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