どんぐり1号のときどき日記
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ウチから歩いていける距離にTSUTAYAが出来た。別の場所にあったのが移転したのである。 今度は前より大きくなり、以前と違って本が多少置いてある。チェックしたら毎月目を通すカメラ、音楽、映画、航空機、模型の各月刊誌はそこそこ置いてあったので、立読みはいくらか楽になりそうだ。ただし何故か「GUN」だけは置いていない。これを見られないと一番困るのだが。 もっともしばらくすれば、いくつかの雑誌は売れないという理由で淘汰されるかもしれない。TSUTAYAレヴェルの店ならストレートに売れるかどうかだけで決めるから、そういう事態になる可能性が高い。所詮本屋ではないのだから。 それでもとりあえず、立読みできる環境が近くにあるのは助かる。
そんな今日、立読みした本の中で、聖火リレーはナチ政権下のベルリン・オリンピックから始まったというのを目にした。ナチスの残したものはアウトバーンやフォルクスワーゲン、大衆操作から原爆まで、とにかく現代社会で使われているかなりの有象無象に絡んでいるのは事実だが、オリンピックの聖火リレーまでがナチスの創造だったとは、うかつにも知らなかった。 もちろんナチスがベルリン・オリンピックを宣伝の一環として十二分に利用したのは事実であり、これらをきちんと検証する事も、本当は必要な事なのだ。だが現在ではナチスに関するものは全て封印されてしまう。新しい事実など簡単に報道されないし、過去の事実も封印されつつある。 だが戦争というもののメカニズムと功罪は、ナチスを分析すれば実はかなりの事が見えてくる。そういう研究の場も奪い去ってしまうのがなんとなく怖いと思ってしまうが、実際問題としてナチスの残虐な部分を野放図に公開していては、これをマネする人間が必ず出てきて集団を作り始める。そうなるとなかなか止める事は難しくなるのだ。それほどに人間とは弱い生き物なのである。 そういう意味でもナチスのやってきた事の研究は必要だろう。
ちなみにナチスとは蔑称だから、当人達は決して使わない言葉だ。第二次大戦中に日本人は自分の事をジャップと呼ばないのと同じである。
そしてこれを書いている0時54分、地震があった。最初に突き上げるような感じで揺れ始め少し焦ったが、程なくおさまる。震度は2程度のようだが、やはり最近多いと思う。
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