どんぐり1号のときどき日記
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今日は「スカイ・クロラ」の絵コンテ集を探して駅前へでる。 だが書店を全て回ったが見当たらない。代わりといってはなんだが、リンゴ・スターの「リンゴ」を買う。高校の頃に結構聞いていた好きなアルバムである。ビートルズ解散後のリンゴのソロとしては最高傑作だろう。
帰宅してしばらくすると、携帯に着信の跡が。音を消していたので気づかなかったが、いわさきさんからであった。 こちらからかけて、ちょっとした用事の後で20分ほど話す。今日いわさきさんも観た「スカイ・クロラ」のネタである。やはり押井作品としては珍しく、映画として見事にまとまっていた、という部分で意見が一致。 間違いなく押井監督は変わった。なにせ私が押井作品を続けて2回観に行きたいと心底思った作品は、これが初めてなのだ。映画としてはヨーロッパの雰囲気で、草薙もそのへんをイメージした演技になっている。
ただ相変わらずというか我々SFファンは皆同じなのだが、SF的な部分は共通言語として何ら説明をしない傾向がある。わざわざ説明する必要性が、へたをすると理解できないのだ。 今回の「スカイ・クロラ」は、それ以外では本当に判りやすいし映画として実に綺麗にまとめてあるのだが、そういう部分に関してはいつもと同じだ。つまりSFファンには常識で合っても、一般人には判らないのである。 そこが押井作品が「日本で受けない」理由の一つだ。ヒットする要因である現在の日本の一般大衆は、何も考えようとはせず、すべて与えられるのを待っている。だから画面だけで説明しようとしても理解できないし、SFの有名なガジェットを出してもさっぱり判ろうとしない。 多分こういう部分は、欧米の方が真面目に作品と向かい合っているような気がする。だから押井作品は日本より欧米での評価の方が先だったのだ。「パトレイバー2」や「攻殻機動隊」の頃の一般的欧米人に日本の侘寂びなど理解できるはずもない。それでも押井作品が評価されていたのだから、一般大衆のレヴェルが高かったのだろう。 昔は日本人の一般大衆レヴェルというのは高い事で有名だったのだが…。
電話の後、色々と調べる事もあり、とりあえずPC環境で「リンゴ」を聞く。 聞きながらネットを見たり書き物をしていたら、何かとんでもない違和感がする。改めて確認すると、1曲だけ知らない曲が入っている。ボーナス・トラックではなく、本当に途中に入っているのだ。違和感の原因はこれだった。 ライナー・ノーツを読むと、1990年代のCD化の時にボートラとして入れた曲だとの事だが、何故これをアルバムの途中に入れるのだろう。これは由々しき問題だ。この曲のせいで、最高傑作だと思っていたアルバムの評価が一気に下がってしまうではないか。 しかもPC環境だったのでWindows Media Playerで曲を確認したら、この曲はボートラ扱いで最後になっている。つまり実際にかかっている曲と記述がずれているのだ。 元々PCやネット関係は100%信用するものではないというのが常識だが、こんな酷い間違いが平気で表記されるようではどうしようもない。音楽産業もPC産業も完璧に消費者をなめてかかっているという事だ。 そしてCDショップなどの若い連中は、こうした間違いに多分一生気づかないだろう。我々の世代はリアルタイムの情報を知っているから間違いに気づくのだが、若い世代は元を知らないから気づきようがない。 悲惨なものだ。
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