どんぐり1号のときどき日記
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先日、量販店でデジカメを見ていた。もちろん一眼レフ・タイプである。 色々と熱心に見ていたから、当然のように販売員が寄ってきて、色々と説明を始めるのだが、悲しい事に私の方が詳しいのである。彼らの知識は、私にとっては何の役にも立たないし、そもそも古い。
そして致命的なのは、彼らはカメラを電子機器として扱っているので、ある重大な問題を見落としている。それは「レンズ」の存在だ。 そもそも普及タイプのデジタル一眼に何故17ミリというレンズが必要なのか、これが判っていない。おそらく写真というものを撮った事がないのだろう。デジタル用とフィルム用のレンズの違いも全然判っていない。 つまりカメラというシステムは、カメラ本体も大事だが、それ以上にレンズの方が重要だという事が全然判っていないのである。フィルムの時代には、カメラ本体が10万位でも、レンズ一本が15〜20万というのは普通で、それが何本か必要だったのである。レンズの方が金がかかるのは常識なのだが、それが何故なのかを知らない連中がカメラ本体を売っているのだ。 なんだか世も末だと感じる一瞬だ。
そんな仮の世紀末だが、ここしばらくアニメの「クレイモア」を見ている。 昨日までで15話まで見たが、思っていた以上に楽しめる作品だ。なんというか、殺戮と人情話のバランスが上手く、女だけで任侠物をやっているような感じである。これはうまく作れば結構ハマる構成だろう。ちょっと「武装錬金」を思わせる演出といえば判りやすいかもしれない。 で、この話の妖魔の設定についてどこかで聞いたような気がしていたが、ついさっき思い出した。「ウルフェン」である。 この「ウルフェン」は、太古より人間を捕食し人間社会の影で生きる「犬科オオカミ属サピエンス」。人間を越える知性と能力があり、独自の文化を持つ。対峙すれば圧倒的な恐怖を撒き散らし、とても人間が勝てるとは思えない存在。つまり本当の意味での人間の天敵である。現代で彼らに負けない唯一の方法は、彼らの存在を公にする事しかなく、そのための戦いが面白いのだ(原作は非常に面白いが、映画はイマイチだった)。
この辺の雰囲気が「クレイモア」前半の妖魔の雰囲気に似ている。原作者かスタッフの誰かは「ウルフェン」を知っていると思うのだ。もっともここまで見ていると、後半ではただのバケモノ退治の話になるのではないかという予感はするのだが、いずれ前半はなかなか良い雰囲気だ。
ちなみに「ウルフェン」は映画化されたが、同じ頃に上映されたのが「ハウリング」「狼男アメリカン」で、これらがあの「スリラー」につながっていく。ある意味良い時代だったのである。
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