どんぐり1号のときどき日記
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2008年04月14日(月) 紀信の写真

 少し前の朝日新聞(4月9日だ)に、篠山紀信のインタビューが載っていた。
 先に断っておくが、私はあまりこの人の写真が好きではない。良い写真だと思う事もあるが、それは極めて少ない。完全に私の趣味からはズレているのだ。だが好きではないが、彼のコンセプトは非常に良く判る。だから彼のカメラマンとしての力量が半端なものではないというのも判るのである。

 今回のインタビューで「写真は時代の映し鏡だから、一番いい時に、一番いい場所に行って、バンバン撮っちゃうのが一番いいカメラマンだと思っている。過去を振り返らない。今がすべて。」と載っていたが、これは間違いなく彼の撮影の基本だ。だから彼は懐古写真が嫌いだと断言している。造っては壊す異常なまでに新陳代謝のはげしい東京が好きだというのも、プログレッシヴな彼のカメラマンとしての本質を表している。
 私も多少写真を撮るが、勉強以外でのスタンダードな撮り方は、好きではない。例えそれが結婚式や入学式などの写真であっても、やはり少しは変わった事がしたいと思うし実際そうしてきた。そうでなければ、自分で撮る楽しみなどない。平凡な写真であれば、ひたすら他人の上手な写真を見ているだけで充分である。

 写真を撮るなら、どこかに自分の特徴が必要だ。それがのちのち平凡になっていっても、その時点でユニークなら良いのである。だから紀信のように、今がすべてと考えてその時のユニークが何かを考えるのが重要なのである。
 もっとも、だからこそ写真雑誌やファッション雑誌(Vogueのような一流誌)などを見て、現時点での「時代」が何かを見極める必要もある。写真雑誌を見ているだけでも、やはり何らかの流れは感じられるのである。

 そしてそういう好みがあるから、地域の写真コンテストというものが嫌いだ。実際問題として、通常はいかにもコンテスト狙いの写真しか入選しないからだ。
 もっともそういうコンテストの存在意義は地域の発展なのだから、ユニークなのは不要だというのは充分判っている。むしろ平凡さこそが求められる資質であろう事も充分判っている。
 判っているがそういうコンテストは大嫌いである。自分の参考にならないからだ。写真の勉強ならマニュアル本、写真集で充分であり、見るだけであってもユニークな写真の方が絶対に楽しい。
 そしてユニークな写真を撮ろうとするのは、もっと楽しいのである。


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