どんぐり1号のときどき日記
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2008年03月17日(月) 宴会の効用

 以前KCが宴会時の事を日記に書いていた際の言葉で、「話についていけないけれど楽しい」というものがあったのを思い出した。これは趣味の世界ではごく普通にある事なのだが、なぜか会社などではほとんど見られない。

 本来の会話では、当然の事ながら相手の知らない事を話す事も多い訳だが、その内容について相手の知識が的確なら、会話として楽しめるし、そもそもそのジャンルに興味があれば、自分の知識を増やす事になるので聞いていても面白い。
 ところが自分の知らない事に関しては聞く耳を持たないというタイプだと、ちょっと自分が知らない事になればとたんに興味をなくしてしまう。これではどんどん視野が狭くなるし、相手も話していて面白みがないから、だんだんとその人とは話をしなくなっていく。
 基本的には年をとるにつれて知識が多くなるから、相手の話す内容が全く判らないという事は少なくなり、そこそこ会話が続いていくのだが、こういう人だといつまでも知識が身につかず、昔で言うところの知性も教養もないというパターンになってしまう。当然だろう。

 だが昨今の、例えばコンピューターやアニメなどのサブカルチャーのようにその歴史が浅いものに関しては、年の功とか蓄積された知識が役に立たず、そればかりか若い人の方が知識の絶対量が多かったりもする。そこで自分もある程度覚えようとすれば、ある程度の会話にはついていけるのに、年をとると新しい事を一から覚えるのも苦痛なので、ますます知らないジャンルとなってしまい、ブラックボックス化してしまう。
 こういう時に年齢は関係なく、知識欲があるかどうかか大きな分かれ道になるのだろう。
 結局知らない事は問題ではない。知らない事が話題になった時、いかに自分なりに吸収していくか、なのである。それが宴会などでは容易にできるような気がするのは、ただの気のせいなのかもしれないが…。

 と、KCの過去日記を見て思った次第である。


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