どんぐり1号のときどき日記
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某準国営放送のプレミアム10で「YMOからHASへ 高橋幸宏+坂本龍一+細野晴臣 音楽の旅」というプログラムを流していた。 とりあえず子どんぐりと一緒に見たのだが、番組自体の構成や演出が下手なせいもあるが、結論から言って現在の彼らに魅力がない。やりたい事は理解できるが、音楽としての魅力がないのだ。子どんぐりも「いまいち面白くなかったし、RYDEENは昔の方が良かった」とほざいていたくらいだ。
結局YMOのメンバーは、純粋に年齢のせいもあるのだろうが、物理的にパワーをなくしているし、曲も短調な繰り返し部分が長すぎる。2ndアルバム「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」の頃にあった、音楽のはったり、あざとさ等が微塵もない。 「RYDEEN 79/07」など、その最たるもので、多分「ミニマル・ミュージック+環境音楽」をポップの方向で表現しようとして余計なものを削ぎ落とすという手法を使っているのだろうが、必要な部分までも落としすぎである。 これでは「過去に成功した人ほど、年とともにライヴでは苦労しないで済むような曲作りが多くなる傾向がある」という私の持論を証明しているようなものだ。
ライヴでの映像を見ると、実際のサウンド・セクションは、バックでサポートしている連中で、YMO自身には動きがあまりない。これではライヴを見ていてもあまり面白くはないだろう。 キース・エマーソンやキング・クリムゾンのライヴが面白いのは、新しい曲自体からあまりパワーがなくならないし、過去のパワフルな曲も可能な限りパワフルに、しかも自分自身でやっているからだ。それが無理な部分はサポートを上手く使い、基本は自分自身だと見えるようなはったりをかまして、観客を楽しませている。 またミニマル・ミュージックであっても、クリムゾンは非常にパワフルであり、また微妙な変化をつけて飽きさせない。 つまり現代の音楽は、エンターテナーの1ジャンルだという事を忘れてはいけないし、YMOは一つの時代とジャンルを築いた存在なので、特にその辺の事を忘れてはいけないのだ。 少なくとも当時は「初期タンジェリン・ドリーム等のジャーマン・ロックを、日本の歌謡界独特の換骨奪胎でポップ化し、デヴィッド・ボウイの味付けをして、独自のファッションにも気を配った」存在である。これで売れない方が不思議なくらいだったのだ。
なおインタビューで、細野が「後半は止めたかったが、周囲がそれを許してくれなかった」と言っていたが、これで後期YMOが歌謡曲サイドにくっついてしまい、全然魅力がなくなった理由が明白になった。彼らのサウンドは、少なくとも純粋な歌謡ヒット曲には不釣合いなのだ。それを理解していない音楽産業にいいように使われ、結果として彼らも時代に踊らされてしまったという事である。 そういう意味では、T.REXのような「準一発屋」と言えるかもしれない。むしろ「エイジア」の方が判りやすいかもしれないが。
なお「増殖」は、YMOとスネークマン・ショーの、本当の意味でのコラボレーション作品である。最近のマスコミはこの言葉を安易に使いすぎるし、そもそも意味を勘違いしているとしか思えないが、これは純粋にコラボレーション作品としての大傑作だ。 私はこれ以上の傑作コラボレーションを、寡聞にして知らない。大概は勘違いか金儲けなのである。
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