どんぐり1号のときどき日記
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| 2006年07月22日(土) |
樋口版「日本沈没」を観る |
樋口監督版「日本沈没」を観てきた。 またもや富谷までわざわざ行ったのだった。しかし観客が100人くらいいる映画など、本当に久々である。ここ数年、どうも20人もいると多いという物ばかり見ているような…。
さて、ここから先は、完全にネタバレを前提に話を進める。そうしないと、この映画を語れないのである。観る前のネタバレを嫌う人は、後日読んで欲しい。
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最初に出演者についてだが、とにかく主役二人のシーンが長すぎる。これはほとんどをカットしても問題ないくらいだ。また田所博士のイメージが良くない。あれでは苦悩する博士のイメージが出せていない。また首相も現在の小泉首相を意識したというが、政治家というものが全然見えていないまま役を作ってしまったのではないだろうか。リーダーシップを発揮する政治家のイメージはほとんど感じられなかった。 もっともこれらは、観客動員のためにはある程度仕方がなかったのだろうと諦めても良いし、物語の本筋ともあまり関係がなくなっているので、これ以上は言及しない。
ストーリーについて樋口監督は以前から、「前作と同じ事はやらない」と明言していた。実際の災害を日本は何度も経験してきたので、昔のように災害を見せる事を主眼にする必要性はなくなったというのである。 そうなると、「いかにあの異変に対応するか」を主眼とするのは、映画製作という点からすれば完全に正しい。結末がどうなろうとそれは関係ない話で、要は映画として良く出来ていればいいのである。それはリメイクするための意義でもある。
という訳で、今回の日本は「沈まない」。沈む事を食い止めるのである。これはこれで面白いと思う。過去の「日本沈没」では沈めてしまったが、これを沈めないためにはどうすれば良いのかという観点での製作自体は素晴らしいとさえ思う。
ただしそのキーとなる部分で、突然N2爆弾を出されても…、という思いはある。やはり超兵器たるものは、「こんな事もあろうかと」等と突然出されても困るのである。やはりそれなりの伏線、理由付けが必要なのだ。特に被爆国としてはこういう微妙な兵器は慎重に扱う必要がある。 例えば、中国への難民受け入れ問題を打診する席上、「そちらはなにやら大型爆弾を開発したというではないですか」「あれは核兵器ではなく、威力が大きいだけで、クリーンな武器です」「わが国にとって、核かどうかは関係ない。国が脅かされるかどうかが問題なのです」なんてやりとりだけでもいいではないか。これがあるだけで、映画としてはかなり有効な伏線になる。
しかしこうしてブレートに爆薬を仕掛け、最後にN2爆弾を起爆剤としてブレートを寸断するというアイデア自体は悪くないが、そんな事をしたら後の災害がとんでもない事になるだろう。 実際このプレート破断シーンでの派手な爆発だけでとんでもない津波が起こるだろうし、メガリスと呼ばれるブレートの塊が急速にマントルに落ち込むのでは、地殻変動の規模も生半可な物ではすまないだろう。 まあその辺は、樋口監督作品としては初めから逃げている部分なので、あえて問題にしても仕方がない。実際こうでもしなければ日本沈没を食い止める術はない。
ただし二度にわたってN2爆弾を最終セットしようとする「わだつみ」の沈没シーンだが、「泣かせ」を狙っているような演出なのに緊迫感、悲壮感とも感じられなかったのである。 最初に結城が「わだつみ6500」で失敗して沈む時、家族の事を思っているのにあのパイロットが死ぬのだという実感が伝わってこなかったのだ。 最後に小野寺が「わだつみ2000」で再チャレンジする時も、あまりにも淡々としていて、なんだかラストで漂流しているのではないのかと疑ってしまったくらいだ。これは、もし「アルマゲドン2」が作られたら、ブルース・ウィリスが空から落ちてきて、めり込んだ地面から「ただいま」と出てくるのではないかと思ったのと同じである。
蛇足だが、わだつみ2000で3500メートル以上の海底に潜るのはあまりに無理がありすぎる。設計限界が3000メートルとはいえ、それはあくまで静加重での話であり、派手な乱泥流の中で耐えられるはずもない。
あとは首相の死が少し早すぎる。もう少し感情移入をしたところで死なせた方が「レイラ」の意義も生きてくるだろうし、そもそも九州の噴火に巻き込まれるのは、あまりにも偶然にすぎる。つまり全体に演出、構成が弱いのである。 これは今回の作品が、関係各方面に対して、あまりにも気を使いすぎた結果だろう。それ自体は悪い事ではないのだが、やはりもう少しテーマを絞るべきだった。 なお日本沈没を高空から見たシーンは中野特技監督へのオマージュだそうだが、あれは余計だ。もっと現実的な映像にした方が、我々の年代は過去を思い出さずに観られたはずだ。
題名について、沈まなかったのに「日本沈没」とは詐欺だという人がいるかも知れないが、同じ東宝にはかつて、炎上を阻止したのに「東京湾炎上」という映画があったではないか。そういう意味で、題名と中身が違う事に文句を言ってはいけない。
という事で、どうにも中途半端な印象しかないまま終わってしまった。これはSFファンからは叩かれるだろうし、映画ファンからもあまり良くは言われないだろう。 あえて日本を沈めなかった、という部分は評価するが、やはり全体が甘すぎた。
なおラストで協力の中に八戸市というのがあったが、何の協力をしたのだろう。これは気になってしまった。
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