どんぐり1号のときどき日記
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| 2006年07月16日(日) |
ウルトラヴァイオレット再び |
今日は昼頃までなんとなくウダウダと過ごす。 午後はポケモンの映画を見るという子どんぐりを、利府の映画館まで連れて行く。近所の映画館だとクラスの奴と会う危険性が高いので嫌なのだそうだ。 待っている間、本やCDを見て回るが、規模が小さいのでこれというものは見つからない。しかしイエスの「ラダー」が期間限定で1,500円だったが、このCD持ってたかなぁ…。この時期のイエスについては、なんだか記憶が怪しいぞ。 本当は待っている間に「日本沈没」を見たかったのだが、微妙に時間がすれていたので諦める。
とか言いつつ、夜はもう一度「ウルトラヴァイオレット」を観に行く。前回観たコ×ナの設備があまりにも貧弱でスクリーンも小さかったので、まあ賭けてみた訳である。 結果は観に行って正解だった。ドルビー設備もありスピーカーは一応JBL(コ×ナと比較すると確実に音は良い)、スクリーンもこの前より二周りは大きく、映画に完全にひたり切る事が出来た。
今回観て気づいたが、実は脚本がかなり良く出来ている。細かいところが良く書かれているのである。ただし、ラストの統合省での一騎打ち以降の部分は流石につらいが…。 そして意外とガースの存在は大きいのである。「それを俺に言わせるのか」の台詞はかなり重要で、これがないとヴァイオレットは支援者ゼロの状態になって無理がありすぎるのだ。そしてこの台詞の前のやり取りで、ヴァイオレットがなぜここまで完璧な戦闘マシーンになりえたかも見えてくる。 意外とこの監督は脚本家としても上手いようだ。もちろん作品の主要想定観客レヴェルに合わせて書けるという意味でだ。それをハリウッドではプロと言う。
まあそんな御託はどうでもいい。とにかく進化GUN=KATAともいえるあの技が大画面で観られればそれで良いのである。 しかしこうして見ると、カート・ウィマー監督はGUN=KATA撮影の基礎データを集めているのかもしれない。最終的に合理的な武術としてのGUN=KATAを作ろうとしているのではないだろうか。今回の「防御のための挙動」というのは、その一歩だと思ってしまう。 ただしこの動きが「マトリックス」とまったくちがうのは、「弾丸を避けるのではなく、当たらない位置に動く」という考えに基づいている点だ。これだと統計学的な考えを導入できる(SFは、それが理論として可能性がある事なら何でも取り入れ可能なのである)。ただしその位置予測の事前データを瞬時に収集する方法が、「リベリオン」と「ウルトラヴァイオレット」では違っているが。
そのうち「クラリック vs ファージ」なんてのを誰か作らないだろうか。漫画でも映像でも構わないが。
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