☆ちょっと古い話しになるけれど、 先月の末、リルフィンが終わって帰宅するとき。
私とろう者のF君と盲ろう者のTさんと電車に乗った。 私たちが手話で会話をしていたら、 目の前に座っていた老夫婦と思われる二人連れの 男の人がいきなり話しかけてきた。 「自分のようなものが聞こえない人とどうやって 話したらいいのか、教えてくれませんか?」と。
それで、 「簡単なやりとりなら、口形をややはっきり気味にして 話してみるといいかもしれないです。」 と答えた。 でも、意味がつかめなかった様子なので 隣りにいる奥さんと思われる人に 「好きな食べ物はなんですか?」と聞いた。 奥さんはF君に向かって、口の形を気にしながら 答えたがなかなか通じなかった。
というのも、その品の良さそうな奥さんの答えは 「オヤサイ」だったからだ。 うふふ、そうそう、「お野菜」。
そうこうしているうちに、そのご夫婦の下車駅に着いてしまったので あわただしく別れることになった。
その私たちの様子を近くの人たちが数人見ていた。 ご夫婦が降りた後に、 「本来は野菜やビールなどの物に『お』を つけるのは日本語としては間違っていると思うけれど、 おビールとか、おコーヒーとか、言う人もいるのね。 さっきの人も『ヤサイ』と言えばすぐに読みとれる口形では あったと思うけれど、『お』がついたから読みにくかったね」 と声も出しながら手話で、TさんとF君に話しかけた。
(いつもは手話を使うとき、声を出さないけれど まわりの人が関心を持っているようだったので、 聞いてもらってもいいかなと思って声を出してみた!)
私がそう言うとTさんとF君は「なるほど〜」という表情をし、 同時に近くにいた数人も「なるほど」という顔でうなづいた!あはっ
するとF君の隣りに座っていたシロガネーゼの雰囲気を 漂わせたきれいな女性がF君に話しかけた。 「大きな荷物を持っているけれど、今からどこかに行くの?」 F君は表情と身振り、通じないところは そのきれいな女性の手のひらにひらがなを書いて答えた。 二人は、三駅くらいの短い時間を 女性の口の形と、F君の身振りと手のひら書きで 楽しそうに会話していた。 またそれを周りの人がうらやましそうに見ていた。 (と、私には見えた)
手話が出来なくても構わない。 やっぱり、通じたい気持ちが一番大切なんだとしみじみ思う。 その女性は「手話習ってみたいです」といって電車を降りた。 通じる喜びを知った人間は、もっともっと通じたい気持に 自然になる。 新しい言語を「教養として身につける」とか、 「資格を得るため」「単位をとるため」などの理由で 自分のものにすることは難しいけれど、 お互いを知りたいという気持ちがあれば 短期間である程度まではその言語を得ることができると思う。
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