十夜一夜...Marizo

 

 

ここで会ったが百年目 - 2006年05月25日(木)


どうも右腕が痛い。
右上腕部だけが筋肉痛のよう。

なんだろうかー?何したっけかー?


いろいろ考えた結果思い当たる事はただ一つ。


〜それは今週火曜日の朝の出来事です〜


通勤のために家近のバス停からバスに乗った。
それほど混んでもいないけれど
座席はいっぱいで立っている人が
私も含めて12〜13人ほど。

ほどなくちょっと大き目の交差点に差し掛かった時
突然の急ブレーキ!!!! キキキーーー!!!

私は保護棒に右手で捕まっていたんだけど
瞬間的に力を入れた右手はあっという間にはずれ
左隣に立っていた女性にぶつかってしまった。

もちろんその左隣の女性も隣の人にぶつかっていて
まぁ転んでいる人はいなかったけれど
かなり車内はざわめいた状態だったの。

運転手さんは独り言のように

「あ、自転車・・・自転車とぶつかって
 あ、自転車・・・自転車・・・いっちゃった」

と言ったあと、我に返ったように

「すいませんでした。お客様、大丈夫ですか」
「お客さまの中で怪我されてる方いませんか」

と言った。


その後、終点の地下鉄駅についた時
再度運転手さんは「申し訳ありませんでした」
「お客様の中で怪我をされてる方いらっしゃいませんか」と言い
降りる人、一人ずつに「すみませんでした」と声をかけていた。


中には「もっと徐行運転しなきゃ駄目だよ」と
運転手さんに怒鳴って降りるおじさんもいたし
多分、あとからバス会社にクレームの電話を入れようと
思っている人もいただろうけれど
概ね、みんな平常な状態でバスを降りていった。

バスの中で転んだ人がいなかったのは
朝早い(7時20分ぐらい)通勤、通学の
比較的運動能力がまだある(残ってる)世代が
乗客のほとんどだった事も理由だとあとから思った。

私自身はちょっとびっくりしたぐらいで
特に身体に痛いところもなかったし
そのまま下車して地下鉄へ向かったのね。


地下鉄の中でふっとあの尼崎JR脱線事故を思い出してね
100人以上の人が亡くなっているあの事故も
規模はぜんぜん違うけど似たような状況だったんだろうって。

バスの時速にしたら多分40キロとかでの急ブレーキでさえ
捕まっていた手が外れちゃうほどなんだから
あの時っていったいどれぐらいの衝撃だったんだろうって。


んで、二日たってのこの右腕の痛みは
おそらくあの日の保護棒を握り締めた時に
一瞬入った力のなごりなんだろうなぁと思うわけ。


それと同時に急ブレーキの原因がどうあれ
まぁ大きな事故にならなかったから思うのかもしれないけど
あのバスの運転手さんはやっぱり再教育とか
減俸とかまさかくびにはならないだろうけど
それでもなんとなく可哀想になぁと思っていた。



・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・。



実は、実はね。
私、毎朝地下鉄乗り換えするんですよ。
たった一駅なんだけど乗り換えるの。

その日もいつも通り乗り換えた時に私の背中側から
高校生の男の子同士の会話が耳に入ってきてね。



「今朝よぉ〜俺よぉ〜バスに轢かれそうになったべや」
「うっそ、マヂで?」
「おお、後ろガリガリってぶつかったべや」
「うっそ、マヂで?」
「危うく死ぬとこだったべや」
「なんで?バス突っ込んできたの?」
「いや、信号無視。俺の信号無視」
「わはははは。なんだよ、それ」









なんだよ、それ





いや、ほんとに思わず振り返った私。
向こうも背中向けてたから顔は見れなかったけど
ボンズ頭の高校生男子。


一駅の乗り換えじゃなかったら


「あんたねぇ、あんたのでせいで
 あのバスの運転手さん、くびになったらどーすんの」って

言ってやりたかったんだけどさ。




今度会ったら絶対言ってやる。
しかも右腕上腕部がとっても痛いからって
慰謝料も請求しちゃる。

覚えてろよっ!!ぼんず!!
Marizo













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