diary…?
さわね



 

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演劇集団es(下田)のブログに、前代表の山本さんの挨拶が載りました。

山本さんは、4月で仕事で転勤することになり、下田からこちら掛川の方に戻ることになりました。
それに伴い、代表はふーみんさんにバトンタッチし、劇団の名称が「演劇集団es(下田)」から「夢波」に変更となりました。


日曜日のうちの公演の際に下田の皆様がお越しいただいたときに、ご丁寧に新代表から挨拶をいただきました。

4年前、同じ季節。
山本さんが下田に行くと決まったとき、esで送別会をしました。
送る側も、送られる側も辛いことでした。
下田でも演劇集団esをやろう!と話した言葉も現実的には難しいことは誰にもわかっていました。

けれど、ほんの数ヶ月後に山本さんからメールをいただきました。
劇団が旗揚げできそうだという話でした。
にわかに信じられませんでしたが、もちろん真実でした。

その後、劇団員の顔合わせがあるというご連絡をいただきました。

メールの最後の一文はこうでした。

「絶対、公演をやるつもりです。この下田で、esの名前を残したいと思いますッ☆」

その夏、私たちも合宿という形で、初めて下田に行きました。
本当に本当に楽しい合宿で。
お酒に、花火、知らない物同士が肩をたたき合い、混合で稽古をして。

翌年、メールで書いてあったように、演劇集団es(下田)は、旗揚げ公演を行いました。

「街は囁いて」

今度、東京の劇団さんも上演してくださることになった私の作品です。
下田という縁のない土地で自分の作品が上演されることの不思議と喜びを味わせていただきました。

素晴らしい舞台で。
山本さんをはじめ、皆さんの情熱が溢れる舞台で、心に響きました。

…。
そして、じっくり活動を積み上げ、4年で4回の公演が行われました。

大変なこともあったでしょうし、辛いこともあったでしょう。
それでも、演劇への情熱とパワーと人柄でやりきり、次の代表にバトンを渡されたことに心から敬意を表します。

演劇集団es(下田)の名前が消えるのは、個人的には少し寂しい思いもありますが、何よりも大切な劇団自体が残るというのは凄いことです。

「夢波」さんの益々のご活躍を、応援しております。

演劇集団es
澤根 孝浩





2010年04月17日(土)
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