鶴は千年、生活下手

2003年11月03日(月) 雨の祝日

昨日のうちに洗濯しておいて良かった。
もぐちゃんの退院時の衣類やおむつなどを水洗いして干したのだ。
従姉からの荷物を含めて、しまうための引き出しを一つ確保した。

土曜日の夜、夫はやはり終電で帰ってきた。
そろそろ寝ようかとふとんに入ってから、なんだかんだと1時間
あまり、とりとめもない話をしながら過ごした。
横になったら(頭が1m未満の高さになると)寝てしまうという
わたしにしては、とても珍しいことだった。
なんだか、幸せな夜だった。

それより数時間前、きわみちゃんと電話で話をしていた。
男女の年齢差というものは、基本的には大変気にする問題だとい
うこと、などなど。
一般的には、女性の方が10歳以上年上だったら、自分が50歳
の時には相手は40歳に満たない男盛りであること、などを心配
するものなのだなぁと。

わたし自身にしたところで、夫と付き合い始めた当初は、結婚ま
で発展する可能性はほとんどないものと思っていた。
自分でも結婚はしないままで生きて行くのだろうとも思っていた
からだが、それが変化したのは一緒に暮らしてみてのことだった。
恋人は日常からほんの少しだけ飛び出した存在だが、夫婦となる
とそれは99%が日常であり、その日常を共にするということは、
相手に求める内容が自ずと恋人関係とは異なってくるのだ。
わたしが相手に求めた一番のポイントは、安心してすべてをさら
け出すことができるということだった。
どんな姿を見せても、自分に対するこの人の反応の基本的な部分
は変わらないのだということを実感すること、だった。

わたしのような気性の激しい人間は、相手次第で鬼にだってなる
ことができる。
そのわたしが穏やかな気持ちで過ごせるということも、また大事
なポイントだった。

これらの条件を満たしてくれる男性に(いや男性に限らずだが)
出くわすことなんて、滅多に有るものじゃあない。
だから、年齢差は気にならなくなった。
幸いにも、わたしが求めたポイントは、それがそのまま年齢差を
気にしないという相手でもあったということなのだろう。

というわけで、昨夜も一緒にお風呂に入った後で、尻たぶにでき
たにきび(吹き出物だが我が家ではケツにきびと呼んでいる。)
に絆創膏を貼ってもらったりしていたのだった。
いやぁあ、ほんとに夫に対して、少しは隠せよ、というくらいの
無防備さである。
妊婦のマイナートラブルについても、夫にはなんでも話すし、そ
の対処方法なども実に詳しく話したりするのだった。

いつか嫌われてしまうのではないかと心配するのは、自分の気性
の激しさに自分自身で手を焼いている時くらいなもので、しかし
ながらそんなことまでひっくるめて、夫はぼわーっと包み込んで
いるようなのだった。
夫自身は、わたしがこういう風に感じているということには全く
興味が無いというか、特別なことではないと思っているらしく、
はいはい、またごちゃごちゃ考えたんだね、と言われるだけだが。

よくよく考えてみれば、わたしは子供扱いして欲しいだけなのか
もしれなかった。

 母親になったらそれで子供には戻れませんか君の庇護下の(市屋千鶴)


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市屋千鶴 [MAIL]