鶴は千年、生活下手

2003年10月31日(金) 小さいもの、届く

午前中、従姉からの荷物が届いた。
新生児用の衣類と、大きめのバスタオル。
箱を開けて、一つ一つを手に取ってみると、その小ささやかわい
らしさに思わず笑みがこぼれてしまう。
肌着はもう十分に揃った感じ。
ベビードレスも何枚か有って、ほとんど買い足さなくてもいいく
らいである。
少し大きくなってから着られるものも入っていて、従姉のところ
は二人とも女の子なのに、なんだか男の子っぽい服があったこと
に少し驚いた。選んで送ってくれたのだろうけれど。
送られてきた衣類を見ながら、こんなに小さいものを着る赤ちゃ
んがわたしのように大きく育つのだと思うと、まったく不思議な
ものだと思った。

やりたいことを制限されることは、少なからずストレスになるの
だが、周囲の目が優しいということを感じるのは悪くない。
しかし、自分自身は、妊婦さんやママさんに対して、なるべく関
心を持たないようにしてきたようなところが有り、わたしがして
もらっているように優しく接していたのだろうかと思ってしまう。

自分にはなり得ないものだと思っていた母親という存在への強い
嫉妬がそうさせていたのだろうか。
妊婦であることを体験し、母親であることをこれから経験してい
くということを考えると、経験者は優しくなれるのだろうなと思
うのだった。

朝、目が覚めると、必ずお腹をさすって妊娠していることを確認
してしまう。毎朝のことだ。
いつまでたっても、目が覚めると妊娠していなかったりするので
はないかと思ってしまうのだ。
お腹をさすって、お腹が大きいことを確認し、もぐちゃんの位置
を探したりして、妊娠していることを確信するのだ。
これは、不安なのか、安堵なのか。

 目覚めには胎児の位置を確認し夢ではないと安堵する日々(市屋千鶴)


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市屋千鶴 [MAIL]