『田辺聖子の小倉百人一首』は、上下巻の表紙で絵合わせができ、 置くだけでニコニコ。 作家・田辺聖子さんは学生の頃、「ひさかたの 光のどけき」の友則の歌が、 「奥歯に物が挟まったように」気にさわり、お好きではなかったそうです。
理由は、
『「らむ」は本来、推量の助動詞だから、「静心」」なく花が散るのだろう、 とくると、ぜひともこれはその上に、「など」(なぜ)という言葉が 入らないと理屈に合わない。』
というものであったそうで。
けれどやがて後年、
『 友則の視線は地を雪のように埋めつくす桜の花から次第に上がって、 梢に移る。 そのひまも、花は散り、友則の頭上にも肩にもふりかかる。 (花よ。なぜそのように、しづこころなく…) とふと友則の唇に「しづこころ」という言葉が浮かびあがってきたのではあるまいか。 春の日の、ものかなしきアンニュイ、それを「しづこころ」というコトバで、 彼は凝縮させた。 そうなると、「など」は不要である。「らむ」は推量というよりも、 むしろ吐息、詠嘆である。 「花の散るなり」としたら平板な叙述になって作者の美しき感傷は 表現されない。(略)
その上にこの歌の秘密は、「ひさかたのひかりのどけきはるのひに」と、 「ハ」行音が重なって耳に快くひびくところである。(略)
唇にのぼらせやすい、なだらかなしらべは、人間のつくったものとも 思えない。人の手に神が(古典的にいえば鬼が)手を添え、 力をかしたというようなところがある。 どこかで神秘な庸変を遂げ、さながら「春の心」そのものといった美しい歌が生まれ出た。 まさに、アプロディテの誕生、というところ。 私はこの歌が、いかにも春らしくて好き――というようになるころには、 五十歳をすぎていた。 やーれやれ。 トシを重ねるということは、たぐいもなく嬉しいことだ。 いままで見えなかったものが見え、 こぼしつづけていたものを拾いもどすことができる。』
(『田辺聖子の小倉百人一首 上』 pp205-207 p/b角川書店)
そんな風に、理屈抜きにこの歌に親しまれるようになったそうです。
私は、こちらの日記にはおおよそ、「好き」と感じられたものを とりあげ、その所感を書いています。
今、「好き」とまでいかなかったものは、 「良さをわかる目がまだ育ってないのだにゃ」と なるべく思うようにし、いつか再び触れたとき、 「あぁ、こんなにいいものだったんだ…」と思えたらいいな…と願い、 触れた経験を胸の倉庫にしまっております。
考えれば、和歌にも俳句にも興味のなかった十代でした。
川端康成の『雪国』は初読、「ここここの島村(主人公)という男はっ!(笑)」と 思った程度で(…)、 その文章、世界の美しさに目を向けることはありませんでした。 やがて年を経て、川端の『掌の小説』『山の音』などを読み、 無人島にもっていく短編集は『掌の小説』がいいなあと思うほど 作家の魅力に惹かれました。 十年先、二十年先に、今よりもっと沢山の「好き」に気づき、 「好き」に囲まれ、 にこにことごきげんで暮らせていたら幸せだろうなあと思います。
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