くじら浜
 夢使い







「今夜、ビートルズが街をうめつくして」・前編 /小山 薫堂   2002年07月05日(金)

全ては一つの小さなエピソードから始まった、、、

それは去年12月8日のこと。いつも集まる7人の仲間と、
ホイチョイプロダクションズの馬場康夫さんの自宅で酒を酌み交わしていた。いつも集まる7人、僕を含めて8人の仲間は馬場さんを介して知り合った。職業は全員バラバラ。雑誌編集者、コピーライター、ディレクター、
マーケッター、モデル、放送作家など。ただ、世代だけは同じ20代後半だった。

夜も深まってきた頃、その日がジョンレノンの命日であることに僕たちは気づいた。馬場さんが学生時代に買ったという「アビーロード」のLPにわざわざ針を落とし、馬場さんのビートルズ談義が始まった。有名なジャケット写真の噂に始まり、馬場さんはいつもの早口でビートルズ観を喋りまくった。

馬場さんの話を聞いているうちに、僕はある一人の古い友達のことを思い出した。
「そう言えば、高校時代の同級生に、ビートルズって言葉を記号にして歌を作ったヤツがいるんですけど、その歌がめちゃくちゃいいんですよ」
すると、すぐに馬場さんが切り返してきた。
「記号ってどういうこと?」


正直なところ、僕たちはそれほどビートルズを知らない。ビートルズが日本に来日した頃に僕たちは生まれ、ジョンレノンが撃たれた時、まだ高校生か中学生。ジョンレノンの死が僕たちのビートルズの始まりだった。

「そいつも、ジョンレノンが死んだ時、ビートルズのLPなんて一枚も持ってなかったんです。ジョンレノンが死んだというニュースより、その死をたくさんの大人たちが悲しんでいる、という事実にショックを受けてそいつは曲を作ったんです。」

心の支えを失った時人はどこに向かえばいいのか、、、、それがその曲のテーマであり、そのきっかけがたまたまビートルズだった。

馬場さんはすこし憤慨した様子だったが
「どんな歌?歌ってみて?」
と、一番若いモデルの女の子が言ってきた。が、、、、そう言われて僕は困った。何しろ聴いたのは11年も昔。しかも一度きり。


大学受験のため東京に出てきた時だった。そいつと僕は同じ日大芸術学部を受験するために、新宿の同じホテルに泊まっていた。試験の前日、大雪が降った。窓の外にある都会の風景が真っ白に雪化粧されていく。さっきまであれだけうるさかった街が、まるで眠ってしまったかのようにおとなしくなった。確かに九州出身の僕にとって東京の雪化粧は感動的だったが、その時はそれどころではなかった。試験は明日に迫っている。そんな風景にみとれている暇はない。

それから数時間後、窓がすっかり曇り外が何も見えなくなった頃、鉛筆のコツコツという音だけが響く僕の部屋にノックの音がした。ドアを開けるとそいつが立っていた。
「歌を聴いて欲しいんだけど、、、」
2ケ月前に書いてずっと大切にしていたという詞に、この雪を見てたった今曲をつけたというのである。驚いた、というかあきれた。大学受験の前夜にもかかわらず雪を見た感動のあまり、作曲をしていたというのだから。

そいつは、僕の部屋に入ってくると曇った窓をセーターの袖で拭いた。その向こうにしんしんと降り続ける雪が見える。そして、そいつは、、、、鳥肌がたつほど、感動した。時々かすれる声が東京の雪の夜にとにかく似合った。



「やっぱり聴かしてよ、その歌」
今度は馬場さんが言ってきた。しかし僕はその期待に応えられなかった。その曲に感動したが、肝心のメロディーをほとんど覚えていないのである。むしろ僕の方がもう一度聴きたいくらいだった。
「今からその友達呼ぼうよ」
誰かが言った。けれどもそれはむりな注文だった。いや、正確に言えばそいつを呼んできたとしても、その歌を聴くことはできなかった。

「それ、どういうこと?」
今度はさっきまでキッチンにいた馬場夫人が尋ねてきた。
そいつは、その曲を雪の降る夜にしか歌わない、と決めたのである。あの夜に。雪の鍵がないと聴けないオルゴール、、、みたいなものだった。

「そいつの名前なんていうの?」
「平田アキラ」






みんなは、平田のことを笑った。そして、平田が11年前に口走ったことを今でも信じ続けている僕のことも。ドラマじゃあるまいし、そんな決意を守り続けているヤツなんていないと言うのである。その場で僕は数年ぶりに、平田に電話をかけた。
「...というわけなんだけど、あのビートルズの歌、今からこっちに来て、歌ってくれない?」
僕が誘うと、平田は笑いながら、
「だからあん時、言わなかったっけ?アレ、雪の日しか歌わないって」
と、サラリと言った。みんなは驚き、そして僕は嬉しかった。

そんなヤツである、平田アキラは。


≪ つづく ≫




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