おやじの兄貴のお通夜。
元々、参列だけだと思っていたのだが、なぜかスタッフとして、参加することになった。 金勘定はいつもやっているのでお手の物。 久しぶりに会った従兄弟と、おじの話で盛り上がる。
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お通夜や葬式は確かに寂しい。 しかし、おいらはその中に笑いがあっちゃいけないとは思っていない。 個人のエピソードを共有して、笑いながらその人物を偲ぶのはありだと思う。 亡くなったことを「ちょっと早すぎたかな?」と思わせる位に笑いのある式でもよいと思う。あまりばかっぱなしもいやだけどさ。 涙に暮れて偲ぶのもあり。 偲び方は人それぞれ。
確かに、個人とあえなくなるのは寂しい。 けれど、それは現実として受け入れなければならない。 受け入れ方も人それぞれ。
その辺、おいらの親戚はなんとなく分かっているのだろうか。 確かに、おじの対面の場面などでは涙もあった。 しかし、個人を偲ぶ談笑で、楽しく見送ってあげるのもありだろうな、と。 こちらは、大丈夫だから安心してね、と。 斎場の人はちょっとびっくりしていたようだが(^^;
『もう、十分かなあ』なのか、『まだ足りない、心配』のか、今となっては分からない。聞けないしね。 ただ、送り出す側としては、やはり『もう、十分だったよね』と送り出してあげたい。まだまだ、心配ごとがあるようじゃ、道中気が気でないだろうに。
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おじさん。 このページが見れるかは分からないけど、 こちらは大丈夫だよー。心配しないで! 72年間、お疲れ様でした。 向こうでは、酒とタバコはひかえてね。 (^^)/
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