2002年06月09日(日) 犬のしつけ

うちの実家には、犬がいる。
柴犬なのだが、これがめっぽう頭が良い。
とにかく、人の話を聞くのだ。
命令を聞く、のではない。人の話を聞くのだ。

ダメ。
待て。
おすわり、ふせ。
この辺はあたりまえ。

ゆっくり歩けだとか、回ってあるいてこいだとか、はやくおいで、だとか、そこまで判る。
おいらが、犬をしつける際、ダメ、だけを教え、それ以外は、ダメ、といった後、とにかく言って聞かせた。これはだめ、あれはだめ、と。
勿論、理由を言っても判らないだろうから、言わないけれど、ダメなときは、直ぐに叱り、ダメな行為と関連性をもたせる。
そうすることで、初めてしかられることでも、直ぐに「なぜしかられたのだろうか」と考える犬を育てることができた。

でも、幾らしつけても、欲望に勝てないことはある。
かつて、正月の御節の一環として作った春巻き、これをお座敷においておいたことがある。
犬には、「これはたべちゃだめだからね」といって聞かせておいた。
しかし、目の前には春巻きが積み上げられている。
我慢できるはずもない。
しかし、ダメだといわれている。
おいらが、食べている犬を目撃して「あー!!」といったら、咥えている春巻きを落とした(^^;
ダメだと判っていても、我慢できなくて、でも見つかって、ぎくりとしている。
そんな人間くささが、おいらは好きだったりする。

そんな、うちの犬が、おいらが結婚するために、出て行ったときのこと。
奴は、おいらが出て行くことが判っていた。
どこかに遊びに行くのではない。どこかに行ってしまうのだと判っていた。
悲しげな顔をした。自分を置いていくのか、という顔をした。

おいらが実家に帰ると、喜ぶ。
とにかく喜ぶ。体いっぱいに喜びを表現して。
おいらが帰るとき、寂しがる。
その寂しがり方は、犬ではない。
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」
殆ど、人間の悲鳴である(^^;

こんな犬を見ていると、ペットを雑に扱う人間が信じられない。
はっきり言おう。ペットを虐待する人間は、屑である。
反論は認めん。


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彩葉 [MAIL]

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