風紋

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2003年09月26日(金) 思い出をつないでいったらこんな日記になった、という日の、日記。

昼下がり、家でぼーっとしていたら、近くの小学校か幼稚園か中学校(どれだか判別できない)であろうところから、何か放送が聞こえてくるのに気がついた。もしかしたら、運動会の準備か予行演習かなと思ったが、何を言っているのか聞こえなかったので、本当にそうだったのかどうかわからない。

それで突然思い出したのだけれど、私は小学校6年生の時に運動会で得点係をした。1年生〜6年生がほぼ各学年4クラスで、2クラスが赤組、2クラスが白組に分かれる。得点係は6年生の各クラスから1人ずつ出て、4クラスだったので4人。4人が2人ずつ、「得点板係」(?…要するに点が入ったら得点板を回していく係)と「得点計算をして得点板係に伝える係」に分かれる。私は得点板係だった。だから、クラスのみんなと一緒に児童席に座ることはなく、校舎の2階に得点板が設置されていたので、もう1人の得点板係の女の子と一緒に、みんなより少し高いところから演技や競技を見ていた。のんびりしていて楽しかったなぁ。

自分が得点係に選ばれた経緯や、もう1人の得点板係の女の子が誰だったのか、結局自分の組が勝ったのか負けたのか、そういう細かいことはさっぱり覚えていないのだけれど。

ここまで書いていて、また思い出したのだけれど、私は小学校3年生の夏休みから小学校6年生の6月か7月頃まで、ずっと日記帳に日記をつけていた。確か、小学校3年生の時に、誕生日プレゼントとして友達に日記帳をもらったのがきっかけだった気がする。1冊の日記帳がいっぱいになったら次の日記帳を買い足していた。そうしてほぼ毎日書いていたのだけれど、小学校6年生の6月か7月頃にぱたっとやめてしまった。やめた理由は、いま考えてもよくわからない。

その後、何か大きな出来事があって心が揺れた時(友達と仲違いした時や、受験の前など)に、ある一定期間、日記を書くことはあったけれど、ずっと書き続けるということはなかった。

それでも、この場所は何とか1年続いてきた。もちろん、全く私的なことや、固有名詞を出さないと書けないようなこと、書きたくないことは、自分のフロッピーディスクの中だけに保存する文書としてとどめたり、書かなかったりしているけれど、「読んでくださる人がいる」という状況の中で続いていることを、不思議に思うし、ありがたくも思う。

今日は、あまり思い浮かぶことがなかったから書かないつもりでいたのに、話が思わぬ方向に転がっていったなぁ。


楽団の練習に復帰する勇気がまだ出ない。でも、本当は戻りたい。でも。


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浜梨 |MAIL“そよ風”(メモ程度のものを書くところ)“風向計”(はてなダイアリー。趣味、生活、その他)