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2002年01月15日(火)
2002年1月15日。

今日はほんとに活字ネタがないため、メール友達から来たメールより。
彼女はちょっと年下の女性なのだが。

Subject:御苦労さま。

なんだか腑に落ちない。
ちょっと腹立たしい。

何故か?と考えるに、どうも「御苦労様」というのは、
目下の人間に使う言葉だからだろうということに気がついた。
たとえば、出張から帰ってきた上司に、
「お疲れ様でした」ということはあっても、
「御苦労様でした」ということはあるまい。

その前のメールの内容は、仕事が忙しくて家にも帰れない
って内容だったのだが、
「御苦労様(です、もなし)」って返事じゃ、
なんだかコバカにされてるようだ。
おまえなんかに偉そうにされるいわれはない!

一応、知らん振りして普通にメール返したけどね。

忙しいので、ちょっと気が立ってるようです。
しかし、メールなんて「ことば」がすべてなんだから、
気をつけたほうがよろしいかと。
知り合いだったら許されることでもね。







2002年01月16日(水)
2002年1月16日。

【ヘミングウェイの「老人と海」のモデルとなった漁師、
104歳で死去】

正直、まだ生きてたのか?という感じだった。
というか、この報道まで、「この人」という
モデルがいるとも知らなかったが。

ヘミングウェイは、高校時代に有名どころはざっと読んだ。
「日はまた昇る」「武器よさらば」
ハードボイルドの旗手といわれた文体。
余談だが、翻訳でしか読んだことのない僕に、文体は語れんと思うが。
「老人と海」は、当時の僕には、「なんか淡々とした話やなあ」
という程度の感想だったし、彼がノーベル賞をこれでとっていなければ、
ざっと読み流していたくらいだと思う。

雄々しい生命力を「老人と海」で描いた彼は、
人前で「男らしさ」を誇示すること(わざと胸毛を見せるとか、
猟や冒険をしてみせる)に熱心だった。
後年、ピストル自殺をしてしまったが。

でも、彼の小説のモデルとなった「老人」は、
小説発表時から老人であったにもかかわらず、
21世紀まで生き延びた。

どちらが偉いとか、そういう話ではないけれど。





2002年01月17日(木)
2002年1月17日。

阪神大震災についての小泉首相へのインタビュー(「京都新聞」より)

記者阪神大震災についてあらためて感想を。

 首相「月日がたつのは早いね。もう7年になったのかと。災害は忘れたころにやってくるっていうけど、忘れないうちにやってくる恐れがあるしね。備えあれば憂いなし、これが大事だと思うけどね。最近どうも、地震に対する恐怖感が少なくなってきているんじゃないかなあ、私も含めてね。阪神大震災が起きたころは、寝る前に、地震が起こったら、棚から何か落ちてこないかとかね。ヘルメットどこにあるかとか、懐中電灯はどこにあるかとか、みんな家族で確認し合ったものなんだよね。最近薄れてきているね。やはり備え、平時から備えというものが必要じゃないかと思いますね。(午後6時58分、首相官邸)」

平時の備え、といえば、滋賀県出身の某女性研修医の先生は、
つい最近まで、「もし生き埋めになったときに合図ができるように」
と枕元に笛を置いて寝ていたそうだ。
僕はそれをサンザン馬鹿にしたのだが、
(おかげで、彼女は笛を置かなくなったようだが、「もし生き埋めになって死んだら、先生のところに化けて出ます」といわれた)
イザというときのことを考えたら、そんなに言って悪かったかな、
という気もする。
映画「タイタニック」でもローズが笛を吹いて助けを求めるシーンが
あるしね。

ただ、あまりにいろんな心配しても仕方ないところもあるし…

そのくらい地元の人にとっては忘れられない記憶なんですね、今でも。



2002年01月18日(金)
2002年1月18日。

【日本テレビのバラエティー番組「進ぬ!電波少年」の番組収録をめぐってトルコ共和国で反発の声が上がり、昨年末、担当プロデューサーが在日トルコ大使館に釈明していたことが18日、分かった。

 指摘があったのは、同番組で今月放送を予定していた「日本人女性がトルコ共和国で花婿探しをする」企画で、昨年12月15日から10日間、現地撮影した。応募した約20人の日本人女性から選んだ福祉施設職員(24)が、イスタンブールで10代から60代のトルコ人男性約170人と面接したが、結局、女性はだれも選ばなかったという。

 これを現地の新聞が批判し、トルコ在住日本人らから「経済状態のよくないトルコの国情を理解していない」などとする苦情のメールが日本テレビに約20件寄せられた。】

 トルコの国会でも問題になったらしいです。
経済状態のよくない〜っていうのは、この企画に応募するために、旅費を借金して会場に来た男性がいたくらい、なのだとか。

でもねえ、そりゃ引くよね…
そんな「ひとやま当てたろ〜」って連中に見合いしに来られても。

そのことを国会とりあげるトルコっていったい…

僕としては、あまりに弱気な「巨乳ジャンケン」のほうが、
むしろ非難されてしかるべきでは、と。
あんな意味のない見せ方をするんなら、あんな企画やめたほうがいいよ。

ある意味、この企画は「仕込み」じゃないことがわかったわけで。
(女性サイドは「ブック」なんでしょうけどね)








2002年01月19日(土)
2002年1月19日。

【東京都内の病院で、セラチア菌の院内感染で7人が死亡、
原因は静脈留置針?】(毎日新聞、他)

 この報道について。多くのマスコミで、「人間の体にずっと針を留置しておく、中心静脈栄養という処置が感染源?」というような捉え方をされているが、あまりに思い込みに満ちた報道なのでは、と。
 こういうのって、人殺しの道具になるから、包丁使うのをやめましょう、
みたいなもんです。
 中心静脈栄養(IVH)っていうのは、口から栄養が取れないひとのために、体の中心に近い、太い静脈から高カロリーの点滴をすることができ、
非常に有益かつ重要な処置なのだが。
 「ずっと体に入れっぱなしで…」みたいに言われていたが、毎回差し替えてたら、大変なことになるよ、気胸つくるかもしれないし、そのほうがよっぽど感染のリスクが高くなるし。

 原因は、おそらく使用した留置針そのものに問題があったのか、
処置をするさいに清潔操作が不十分だったためと考えられる。

 こういう思いこみ報道が続くと、今に聴診するにも承諾書とらないと
ダメになるかもね。





2002年01月20日(日)
2002年1月20日。

寺山修司「ポケットに名言を」

【賭博には、人生では味わえない敗北の味がある】
僕は、ギャンブルで負けるたびに、この言葉の意味を考える。
この言葉は、賭博の魅力について語っているようで、
実は、人生について語っているんじゃないかと。

僕もギャンブルに負けるとドヨ〜ンとなってしまうのだが、
基本的に、賭け事は負けても金しか失わない。
負けた…とおもいっきり落ち込めるのもギャンブルならでは、だ。

人生は、生きている限り、負けること、
あるいは、負けたことを認めることが許されない。
落ち込んでると、さらに周りから窮地に落とされていく。
ボロボロでも、立ち上がってファイテイングポーズをとって
観衆に見せなくてはならないのだ。

負けることができるのも、ギャンブルの魅力。
とはいえ、別に負けたくはないのだけれど。



2002年01月21日(月)
2002年1月21日。

太田和彦「ニッポン居酒屋放浪記 立志篇」
【金沢で万十貝はもだえ果て】金沢で旧いボロボロの寿司屋を
「隠れた名店」と思い込み入ってみたが、
爺さんがやっている、ほんとにヒドイ店で「ネタは4種類しかなく、
しかもいつのものか不明、さらにご飯はカチカチで、固まってる」
とのことであった。

しかし、あんまりヒドイ、さびれている店っていうのも、
客も妙に緊張するもんですよね。
とくにお年寄りが一生懸命にやってるような場合は。
できればすぐ出たい!と思っても、なかなかタイミングがつかめない。
いきなり出ちゃうのも、悪いような気がするしね。

ファミレスやファストフードのよさっていうのは、
そういう気をつかわなくていい気軽さにあると思うのですが。

僕は、人と人とのふれあいよりは、気楽さのほうを選んでしまいます。
たいがいの場合は。