a Day in Our Life


2004年03月26日(金) ニキビ。(横雛)


 「珍しなぁ、」
 「何が」
 唐突に始まった会話の流れで、黙って指差した先に、小さなニキビが出来ていた。
 「ヨコのニキビなんて、久し振りに見たわ」
 また不摂生でもしたんやろ、と軽く笑われる。
 「どやろ、いつもと変わらんのやけどな」
 毎日不摂生やと言えばそうやし、それやからそれだけが問題って訳でもない思うけどなぁ。まるで他人事のように呟く横山は、だからと言って生活習慣を改めるつもりはさらさらないらしい。それも今更だ、と村上は口を出すつもりもないけれど、それにしたって体が資本の仕事なのだから、少しくらいは気を使っても罰は当たらないんじゃないかと思う。
 「それも、今更やろ」
 俺、この事務所入る前からこんな生活やけど、大きな病気もしたことないし。ええねん、日々が楽しければ。あっさり笑う横山は、ある意味では刹那主義なのだろうと思う。村上は、それが少し、怖いような、それでいて安心するような。そういうところをひっくるめて横山裕という人格なのだから、仕方がないのかも知れない。
 「ていうかな、これ、おまえのせいやで」
 「俺?」
 急に矛先が向けられて、村上は目を瞬かせる。
 「昔から、言うやろ」
 思い、思われ、振り、振られ。
 青春の象徴ともいうべきニキビを、その出来た場所によって選り分けて。そうやって指差し意味をつけた。曰く、
 「思い、思われ、やからこれは思いニキビやねん」
 村上から見て、顔の左側。目の下のちょうど頬骨の部分に小さく赤い吹き出物があった。それは横山の思いの詰まったニキビなんだという。それを村上のせいにする横山の言葉は、婉曲が過ぎて実感が湧かない。
 「えぇ、でも」
 それでも僅かに微笑んで、村上は人差し指を持ち上げる。
 「思い、思われ、違うかった?」
 ぴんと直角に立てた人差し指を、横山の頬に当てる。向かって右側から思い、思われ。横山の赤い印を指した言葉は、「思われ」ニキビではないかと村上は言う。
 「ちゃうやろ、思い、思われやって」
 今度は横山が人差し指で、村上の頬を土台にする。「そうやったかなぁ?」頬に当たる横山の指をちらりと見下げて、僅かに首を捻る。聞かれた横山も自信はなくて、お互いに、どっちやったっけ、と答えを見出せない。
 「まぁ、どっちでもええわ。…どっちにしろ、」
 一度言葉を切る。頬に触れる指を離して、覗き込むように視線が降りてくる。
 「間違うてへんやろ?」
 自信たっぷりな目線に捕らえられる。それは持って生まれた横山の美貌が、一番華やぐと思われる瞬間。
 「…まぁ、な」
 その視線を逸らすことなく挑戦的に見上げる村上の表情も、また。



*****
思い、思われ、振り、振られ。要するにどっちでもいいんです。

2004年03月21日(日) 事故。(横雛)


 「ヒナ!事故ったって、ホンマか!」
 ドアを開けた瞬間に開口一番でそう問われると共に、ひどく切羽詰った横山の顔を見た。
 「あぁ…うん。なんで知ってるん?」
 「そんなんどうでもいいねん!怪我はないんか?大丈夫なんか?」
 「見ての通り、ピンピンしとるよ…なぁヨコ、落ち着けって、」
 「落ち着いてなんかいられるか!」
 横山の剣幕に村上は、びくりと肩を強張らせた。横山の怒鳴り声なんて、久し振りに聞いた。今にも噛み付かれそうで、知らず一歩後ろに後退する。そんなことには気付いていないであろう横山は、それでも感覚として、後退した分を確実に詰めて来た。
 「…何で連絡してけぇへんかってん」
 さすがに興奮しすぎたと思ったらしい。大きく息を吐いて、気持ちを鎮めた。
 「色々せなアカンくて。警察呼んだり、保険屋に電話したり。俺も初めてのことでテンパってもぅて、マネージャーさんに電話入れるだけで精一杯やった」
 ごめん、と呟いた。
 「心配してくれたん?」
 「……するに決まってるやろ」
 「そぅ…そうやんな」
 不機嫌を露にした声で、俯いてしまった横山の、つむじのあたりを見つめた。また、ひとつ息を吐く。きっとマネージャー経由で話を聞いて、今までずっと心配してくれていたのだろう。状況を知らされずに事実だけを聞けば、心配するのも無理はない。
 「軽い物損だけで、ホンマに大したことなかってん。車もちょっと互いに傷いっただけで、トラブルもないし、大丈夫やった」 
 俯いたままの横山にひとつひとつ、説明をした。まるで自らの不実を補うように。余裕がなかったのは確かにあるけれど、こんなにも心配させてしまったのは間違いなく、自分のせいだった。
 「…ごめんな」
 同じように俯いた。深く頭を下げて、起き上がると横山の顔があった。もう怒ってはいない。変わりに随分と、情けない顔をしていた。その顔が、やっと安心したかのようにゆっくりと歪む。最後に一度、深く息を吐いた。
 「ホンマに、勘弁してくれ」
 こんなこと金輪際せんといて、って小さく呟いた。事故ったなんて聞かされて、俺がどんな思いをしたか。こんな思いは二度と御免や。
 その顔が、あんまり情けなくて必死だったので、場も忘れて村上は、思わず笑ってしまった。
 「…笑うなや!」
 顔を赤くして横山がまた怒鳴るけれど、迫力に欠けてそれすらが笑いを誘う。ごめんごめん、と謝りながら止まらない笑いが顔中に広がって、それは随分と幸福な笑い声だと思った。
 「ホンマに、ごめん」
 それから、と続けた。
 「ありがとぉ」
 微笑みかけると今度こそ完全に真っ赤になって、横山が絶句する。そんなに愛されてるなんて、知らんかったよ。
 言うとアホかって返されたけど、否定はされずに。
 ぷい、とそっぽを向きながらついでにように「覚えとけ」ってぼそりと呟いた横山の横顔をきっと、忘れないでおこうと思った。



*****
事故ってもタダでは起きないオタク…。

2004年03月17日(水) 絡み酒。(横雛)


 からかうように何度も鳴らされた呼び鈴に慌てて玄関へ向かって、ドアを開けた瞬間に村上は、顔を顰めた。
 「ぅわ、酒くさっ!」
 玄関先で上機嫌に笑う横山は、どこからどう見ても気持ちよくへべれけになっていた。ふわふわとおぼつかない足取りで、出迎えた村上に抱きつく。
 「ちょ…なん、ヨコ!」
 「ヒナちゃ〜ん!たらいま〜〜!」
 もはや舌すらまともに動かない有り様で、全体重で圧し掛かってくるのを辛うじて受け止めた。夜も更けた時間帯に大声で喚かれては近所迷惑だ、と半ば引きずるようにして何とか部屋の中へ運ぶ。忌々しげにソファに落とそうとするも、蛸のように巻きついた腕が離れない。アルコールの匂いを露骨にさせながら、至近距離で唇が動く。
 「あんね〜今日はぁ、めちゃめちゃ飲んで来てん」
 「ほんなもん聞かんでも分かるわ」
 「ビール5本とぉ〜日本酒一升とぉ〜〜あとウィスキーとブランデーも飲んだ」
 「おまえなぁ、いくら奢りやからって」
 「やってタダやも〜ん、飲まな損やん。ヒナちゃんもタダ酒好っきやろ?」
 「そら、好きやけど」
 つい一々答えてしまって、会話に終わりがない。今にもキスをされそうな至近距離。そこから強烈に匂う酒の匂いに、精気を吸い取られそうな気さえする。
 「ちょ…ほんまおまえ臭い、臭いねんて!離れろって!」
 「臭いんはヒナちゃんのキャラやろ〜」
 「やから俺はそない臭ない言うねん!」
 バシ、と突っ込みがまともに入って横山の動きが止まる。あれ?と思った途端にまた頭が動いて、あっと言う間に唇が迫った。
 「ちょー待て、待て待て!」
 間一髪で手を差し出して、押し戻す。ぐいぐいと押されながら不満げな横山が、口を尖らせた。
 「え〜〜ちゅ〜しよぉやぁ〜〜」
 「イ・ヤ・や!」
 「ほなエッチしょ?」
 「それもイヤ」
 「ヒナちゃんのケチ〜!」
 けちーけちーと言いながら、何度でも唇が迫る。完全に酔っている横山は、絡み上戸になっているらしかった。これはマズイ、と経験が判断する。
 「なぁって」
 「いやや言うてるやろ」
 「俺はいいの」
 「俺はいや」
 「俺はしたい、したいぃ〜!」
 べたべたと引っ付く体が、熱を帯びていた。ずっと絡んだ体勢で、もはやそれがどちらの体温なのかも分からない。酔っているくせに結構な力でぐいぐいと迫ってくる横山に、堪らず村上が悲鳴をあげる。
 「ちょ、おぃヨコ、ヨコって!」
 「聞こぇませ〜〜ん」
 横山の酒臭い息が頬にかかった、と思った瞬間、
 「ちょー待て横山、コラァ!」
 叫び声と共に、火事場の馬鹿力的勢いで、横山を突き飛ばした。拘束されていた体がやっと離れて、村上は、やや荒い息をつく。ぽかんと間抜けな表情をした横山が、その村上を見つめる。
 「そんななぁ、酒に酔うた勢いとかですんのはイヤです」
 「……ごめんなさい」
 素直に謝った横山が、しょんぼりと項垂れる。いつになく殊勝なその態度に、内心で村上は笑う。
 「まずは風呂入って、その酒臭いん落としてき。そしたらしたるわ」
 「…え?」
 してもええのん?と真顔で聞き返す横山が、可愛らしく見えるから末期だと思う。
 「ええよ。明日は打ち合わせだけやし、付き合うたる」
 やから風呂、入っといで、と風呂場を指差すとぶんぶんと頷いた横山が、俊敏な動作で踵を返す。さっさと向かいながらふと、振り返って、
 「ヒナちゃん」
 「ん?」
 「一緒に、」
 「俺は、もうさっき入ってきれいやから結構です」
 「…そぅですか」 
 それだけでおとなしくバスルームへと向かう横山の、猫背気味の背中を見遣りながら、アイツほんまに酔うてんのかな、と村上は苦笑した。それから立ち上がり、寝間の用意を始めた。



*****
酔っ払い横ちょ。

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