蜜白玉のひとりごと
もくじかこみらい


2010年08月31日(火) 江國香織+角田光代トークショウのお知らせ!

江國さんと角田さんのトークショウ&サイン会あるみたいですよ。以下、紀伊國屋書店HPイベント情報より。同時開催、椎名誠さんの講演もあります。

第73回紀伊國屋サザンセミナー
文芸誌「yom yom」が贈る
「ヨムヨムの夕べ」

【トークショウ】
江國香織×角田光代「旅すること、小説を書くこと」

【講演】
椎名誠「人間を撮る、人間を書く〜新作(写真小説)朗読付き」


■日時 9月27日(月) 19:00開演(18:30開場)
■出演 江國香織 角田光代 椎名誠
■会場 紀伊國屋サザンシアター(紀伊國屋書店 新宿南店7階)
■料金 1,000円(税込・全席指定)
■電話予約・問合せ 紀伊國屋サザンシアター(TEL 03-5361-3321、10:00〜18:30)
■終演後 サイン会開催


8月31日(火)お昼にはまだチケット残ありました。急げ!


2010年08月30日(月) 読んだ本≪2010年8月≫

休みって読書がはかどっていいね。


大竹昭子『ソキョートーキョー鼠京東京』ポプラ社(図書館)
一行感想:大竹さんのスナネズミは続く。我が家の文鳥が途絶えたことを思い出す。


小池昌代『わたしたちはまだ、その場所を知らない』河出書房新社(図書館)
一行感想:坂口先生はそのまま小池さんのよう。いつだったか資生堂でお会いしたあのときの面影を慎重に思い浮かべる。


佐野洋子『あの庭の扉をあけたとき』偕成社(図書館)
一行感想:おばあさんとわたしのやりとりが絶妙。子どもの原色の記憶、よく書けるなあ。


川崎徹『猫の水につかるカエル』講談社(図書館)
一行感想:タイトルに惹かれた。お父さんが亡くなった辺りの描写にやられた。先を越された。


江國香織『真昼なのに昏い部屋』講談社(図書館)
一行感想:読み終わって、やれやれこれで安心して書評が読める、と思ったら、中央公論文芸賞受賞のニュースに行き当たる。


けっこう読んだと思ったけれど、5冊か。でも全部当たりだったからいいか。


2010年08月25日(水) おしらせ

ひさしぶりにトップページをリニューアル。

蜜白玉よりみなさまへお手紙があります。蜜白玉の記憶トップページのペンまたはインクをクリックしてお進みください。


2010年08月22日(日) 蜜月終わる

ベランダのメダカがついに残り1匹になってしまった。今朝、餌をあげようとしたら細い方が底に沈んで死んでいた。死んだメダカは前にも増して目がギョロッとしてしらす干しのようだった。5月頃、メダカに次々とカビがはえてバタバタと死んでいった中、かろうじて生き残った2匹はたまたまメス(太っちょ)とオス(細いの)で、太っちょと細いのは蜜月のときを過ごしていた。細いのはもともと食が細くて、餌の食いつきが悪く、いつも太っちょに餌の多くを奪われていた。それがわかっていたから、別々に餌をあげたり工夫していたけれど、数日前から細いのがほとんど餌を食べなくて少し気になってはいた。まさか死んじゃうなんて。今残っている太っちょの1匹もよく見ればヒレにぼんやりカビのようなものがついている。

やっぱり今年は暑過ぎるのが原因だろうか。いつもと同じように夏はメダカの鉢をすだれで覆って直射日光が当たらないようにしているけれど、鉢の場所も壁側に動かした方がいいかもしれない。今まで洗濯物を干すのに邪魔だからずっと定位置だった。今度からは少しでも日陰に移動してあげよう。水が入っている鉢は重くて動かせないから、今度の水替えのときにでも(もしあと1匹が生きていればの話だ)。今日はとりあえず最後の手段で、水にほんの少しの塩を混ぜた。

梅雨前の寒さ、短くて雨の降らない梅雨、息つく暇のない猛暑、極端な天候は動物にもつらい。そういえば今年は駅近くのツバメもかわいそうだった。1回目の子育ては寒さで雛の成長が遅く巣立ちに時間がかかり、そのせいで遅く始まった2回目は巣から落ちて死んでいる雛や、巣から出てしまったものの戻れない雛を何度か見た。同じ巣でも雛の成長速度がばらばらで、いちばん小さいのがやっと巣立ったのはお盆休みの頃か。鳥となると放っておけないので、何度連れて帰ろうと思ったことか。でも渡り鳥を飼うなんてできないし、そもそも弱っている雛を育てることはとても難しい。落ちてしまうのもまた自然、手出し無用なのだとじっとこらえた。

先週あたりからセミの鳴き声が変わった。アブラゼミがぼとぼと道に落ちている。暑くても季節は少しずつ移っているようだ。


2010年08月21日(土) 夏と遊ぶこども

カーテン越しの午後の日差しがまぶしい。今年の夏の力強さにはとてもかなわない。無理して出かける用事がなければ、一日中、家に避難していたい。海は焼けるし山は虫に刺されるし街は人が多くて夏休みの子どもたちがいっぱいで、行きたいところはどこにもない。夏バテでもうこの頃は食欲はおろか物欲も薄れた。

寝坊して起きればすでに空気はもわっと暑く、朝から突っ走る夏にはもう追いつけない。いったん窓を開けて空気を入れ替えたら、数分後に閉めてエアコンスイッチオン。そのまま夕方まで部屋の中でひっそりと過ごす。録画した番組を見たり、DVDを見たり、本を読んだり、こうして文章を書いたり。日が傾いてほんの少し暑さが和らげば、エアコンに浸っていた後ろめたさとともに観念して表へ出る。買い物に行かないことにはご飯のおかずがない。

夏のいいところは洗濯物がすぐ乾くところ、今となってはそれだけかもしれない。純粋に夏がうれしかったのは10歳くらいまでで、あの頃は夏が私と一緒に遊んでくれていた。他のどの季節より外遊びが楽しかったのは夏だったと思う。

腕も脚もポッキーみたいに細くて真っ黒に日焼けして、どこまでも全力で走れて、汗をかいてもなんともなくて、のどが渇いたら水道の水を飲めばいいし、不快なことなど何にもなかった。とにかく外にいなくちゃもったいないから、遊びの途中で家に帰ってご飯を食べる時間ももどかしい。次々と思いつく外遊び、一緒に遊ぶ仲間もいたし、遊ぶ場所もあった。大人にどこかに連れて行ってもらわなくても、一歩家の外に出れば、駐車場、空き地、公園、原っぱ、マンションの裏庭、道路、そして墓地までも、工夫すればいくらでも遊べた。周りの大人から見れば、ちょっと度が過ぎていたかもしれない。危険なこともあったかもしれない。でもあまり怒られたことはなかった。マンションの裏庭で木登りをしていて、一本折れて一人落ちて怪我をしたときにはちょっと怒られたはず。でもその子も怪我が治ったらまた登っていたし(そこは秘密基地でもあった)、誰もこわいとは思わなかった。楽しさの方がずっと上回っていて、夏に後押しされて遊んでいた。

あの元気、どこへ行ったんだろう。


2010年08月18日(水) 夜中に爪を切る

読売新聞サイトyorimoに掲載中の川上未映子エッセイは毎週月曜日更新で、会員登録(無料)をすると最新回だけ読める。次のが載ったら古いのは読めなくなるので気に入ったら一週間のうちに何回か反芻する。忘れたくないので、以下2010.8.16「発光地帯 第76回 真夜中の子ども」より引用。

「ミエコは仕事の人に山へ連れてゆかれてしまうので、東京にいません。だから、東京に来ても、ミエコはいませんので、すみません」と甥っこたちに伝えてくれと彼らの母、つまりわたしの姉に言いづけた。そして数日、気分を害しただろうかな、約束を反故にして子どもだと思って無理矢理に融通がきくと思って舐められたもんやで、などとキレていなければいいのだけれどと電話したら彼らはまだまるっこい子どもであって少し淋しそうに「わかった」とだけ言ったそう。(中略)この秋に5歳になる下の甥っこが「っていうか、ミエコは山で何すんのん」ときいてきたそう。
「あたらしい本が書かれへんから、お山で書くんやって」と姉。「そんなん、まえの真似したらいいやん」とまっとうというかなるほどというか、そんなような応答があり、そういう甥っこの顔はなんだかちょっぴり悪い顔をしていたそう。
というわけで子どもはなまら可愛いもので、わたしは子どもが大好きである。子どもといれば子どもになれるし、あの目とあの体験にかさなってもう一度生きなおすことができたらこれはかなり素晴らしいことに違いない、とは思うのだけれど、それが自分の子どもである必要がそんなにないのと、やっぱりわたしはもう大人だし、自分が生きているのはこれでしかないし、そしてときどき立ちあがるこの勇気にも似た世界へむかってのポジティヴ感はどういうわけかいつも長くつづいてはくれないせいで、いつまでも、明るい音のしない真夜中に爪をぱちんぱちんと切っては捨ててを繰りかえして、目に見える物の数をとりあえずは数えているのだそう。(引用終わり)

「勇気にも似た世界へむかってのポジティヴ感」というのはもともと長続きしないものとしてあるのか。私にもときどきたちあがってくるこの感じはやっぱり長続きしないし、とてもいいひらめきのように思えたものが何日かすると色あせて見えることもしばしば。可愛い甥っこたちの話からそこへ連れて行かれるとは思いもせず、そういえば私も昨日の夜、爪を切った。


2010年08月16日(月) この子らは

朝から高校野球ざんまい。スーパーに買い物に行っただけで汗だくのフラフラになるような空のした、この子らはいったいどれだけ元気なのか。高校野球が同い年になり年下になりそのことが感慨深かったのさえもうずっと前の話、今は遠い親戚のおばちゃんのような気持ちで見ている。整った顔立ちゆえに見栄えを気にしてチャラチャラしている子より、じっと野球に集中している冷静な子がかっこよく見える。

それにしても応援歌ってどこの学校でもそんなに変わらないものなのか。さすがに第4試合になると聞き飽きてくる。ルパンとかヤマトとか狙いうちとか。GLAYや大塚愛でさえ中途半端に古い曲で、ああいうのは誰が選ぶんだろうか。

今年は早実を応援しているけれど、そこまで切実ではないので最終的にはどこが勝ってもいい。子どもの頃全国あっちこっちに住んでいたせいで、応援するところには不自由しない。そのときそのときで自分に縁のあるところを応援する。

家で相方の仕事をちょっと手伝って、第3試合の後、いつの間にか畳の部屋で昼寝。失せた食欲を奮い立たせて晩ご飯はお好み焼きとビールを買ってきた。テレビに昼寝にお惣菜。これ以上ないくらい自堕落な生活で、水曜日からの社会復帰が危ぶまれる。


2010年08月14日(土) ちょっこし散歩

用があって調布へ行く。さて帰ろうと駅へ戻る途中、前を歩くおじいさんの姿に目を奪われる。がっしりとした体格で、体を左右に揺らしながら、悠然と歩く。Tシャツの左袖は暇そうにひらひら。もしかして!

毎朝、真剣に見ているしげーさんだ。あんまりゆっくり歩いているので追いついてしまい、追い越して少し行ってからそっと振り返る。一人でちょっこし散歩のようだ。邪魔しちゃ悪いかと声はかけられず。

ぼーっとしているのか、冴えざえとしているのか、よくわからない不思議な雰囲気の人だった。会っちゃった。


2010年08月12日(木) 夜中に壁をドンドン

夜に桃食べて復活するも12時間後には撃沈。なんなんだ、この気分の乱高下は。もしかしてこれがPMSか。そうやって安易に片づけていいものかわからないけれど、ここ数日の不調(特に精神面)が全部当てはまるので、そうそう無視もできない。今まではこんなにひどくなかったのにな。やりやがったな、ホルモンめ。

過剰な睡眠欲、はい、眠た過ぎます。相方に呆れられました。
怒りやすい、はい、一瞬で怒りのスイッチが入ります。これで相方と言い合いになりました。
憂鬱、はい、ゆる〜くずっと憂鬱です。
判断力低下、はい、これはいつもとあまりかわらないですが、足ぶつけたり。
無気力、はい、やる気が起きません。すみません。
孤独感、はい、なんとなく。
疲れやすい、はい、夏バテかと。
涙もろい、はい、ほぼ毎日泣きたいときに勝手に泣いてます。
悪夢を見る、はい、それはもう臨場感たっぷりのを。

ほらごらん、当てはまり過ぎである。特に夢見が悪いのは自分でもわかっていて、朝起きた時には汗びっしょりでぐったり疲れている。うなされて夜中に壁をドンドン叩いていたよ、と相方からの申告。そこまでとは知らずさぞかしうるさかっただろうと思い、そんなときは起こして、と頼んだら、肩とんとんってやって起こしたけど起きなかった、って。その日見たのはたぶん、両手に持った棒を振り回す発狂した男から逃げようとする夢、だったはず。怖いし疲れる。いつも夢の中では体が思うように動かないので、その時も早く逃げたかったけれど、その場にしゃがみこんで男の視界に入らないようにじっとしていた。こっちに来ないで、とひたすら願う。

もしPMSだったら、ひどいとひと月の半分が不調ってことになってしまう。うーん、そんなのいやだ。ホルモンに翻弄されている。眠いのもだるいのも、変にこわいのも、不意にさびしいのも、全部か?


2010年08月11日(水) 暦の上では秋ですが、

8月もあっちゅうま。毎日暑くてギラギラ太陽に大汗かいて、40分近く歩いて職場へ行く。ひどい日はたどりつく頃には冗談じゃなく滝のような汗が首筋と背中を流れる。顔は真っ赤なゆでダコ。日傘を握りしめる手もじっとり熱い。この夏は先月から着替え持参で、始業前にトイレで着替える。脱いだ服は汗がぎゅっと絞れそうなくらい。部活みたい。昨年はここまで暑くなかったはずだ。気をつけないとめまいや頭痛のする日もある。歩いてきただけでバテてどうする。でも電車に乗っても同じくらい時間かかるし駅から遠いし結局歩きでいいや。

秋に大学の同窓会があるらしい。連絡もらって出席予定の返事をする。卒業して10年か。10年・・・、この10年何してきたんだっけ?いろいろあったはずだけど、たいしたものにはなってない。スカスカだ、自分。

ずっと会ってなかった人とは、今どこに住んでるの?から始まって、仕事は?結婚は?子どもは?と、ついついそういう話をふりがちだけれど、私からは一切聞かないことにしよう。だって自分が聞かれたくないから。子どもは?って聞かれても本当のところは言えないし言いたくないし(言ったらたぶん涙出るし、そんなところで泣いたらシャレにならん)、かと言って嘘をつくのも負けるみたいで(誰に?自分にか)腑に落ちないし、弁解も説明も愛想笑いもしたくない。ましてや人の話も聞きたくない。大変でさーって言われても今の私には自慢かノロケにしか聞こえん。・・・、本当はもちろん話わかるけど、私の心の邪悪な部分がそうさせない。だから、もっとちがう話、ネタ集めしておかなきゃ。

夏バテ、2ラウンド目。またもやごはん(お米)が食べられない。前回はお米が食べられないなあ、と気づいて1週間目で風邪をひいた。今回はおかずも何食べたらいいのか、何作ったらいいのか、わからない。レシピを見ても料理番組を見てもまったく響かない。スタミナ系もさっぱり系も飽きた。スーパーに行っても何買えばいいのか。桃、梨、ぶどう。フルーツにだけは目が行くものの、高いからあまり買わない。ごはん作ること自体はそんなに嫌ではないけれど、自分の食欲を頼りにやる気を出していたので、食欲がないとなるとやや面倒。

最近読んだ本は大竹昭子『ソキョートーキョー』で、これは大当たり。ひさしぶりにぐっとのめりこんで読んだ。集中力を取り戻す感じ。ソキョートーキョーって何かと思えば、「鼠京東京」こんな字。人間の世界と、隣り合うネズミの世界の話。物語の前半はすいすい、中ほどから混乱し始めるものの、カタカナ名前に弱い私でもついていける。何より先が気になる。そして心に留まるいいフレーズにもいくつか出会う。たとえ不器用でひとつのことしかできなくても、そのひとつにわき目も振らずに取り組んでいる姿はかっこいい。新聞配達の足音。潔さ、ということか。図書館に返す前にもう一回ちゃんとメモっておこう。


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