蜜白玉のひとりごと
もくじかこみらい


2005年09月04日(日) ノウゼンカズラその後

ずいぶん前、サイクリング中にノウゼンカズラに覆われた家を見て、うちもノウゼンカズラが欲しいと思ったことを書いた。でもノウゼンカズラについて調べてみると、電柱に絡みついたり、つるを巻きつけて他の植物をも枯らしたりする恐れがあるので、結局その時は植えるのをあきらめた。

それなのに、ノウゼンカズラがうちの梅のあたりから勝手に伸びてきて、今朝ついに花が咲いた。どうやらずっと昔に、祖父か祖母が植えたものらしい。以前、おばが遊びに来た時に、あら、これノウゼンカズラじゃない、と玄関脇にひょろひょろと伸びたつるを指して言ったことがある。そのときはたいした感慨もなく、ふーんと思ってそのままにしていた。伸びたい放題のつるは一向に花が咲く気配もなく、第一それが本当にノウゼンカズラかどうかもわからなかった。どんどん伸びて、葉が増えるだけだったのだ。

草ぼうぼうの中に埋もれるようにしてつぼみがあるのを、昨日、相方がおしえてくれた。夏の間、朝の水やりはほとんど相方がしてくれているので、私は全然気がつかなかったのだ。つるの先に、ぷっくりとしたつぼみがもういくつもついていた。今朝咲いた花は、ラッパのような形をした元気のいいオレンジ色で、それはまさしくノウゼンカズラだった。

せっかく咲いたのだから、梅と電柱には巻きつかないように注意して、大事に育てよう。


2005年09月03日(土) とりあえず実行

相方の同意を得て、昨日の夕方から5か条にそって片付けを開始する。まずは1階から。玄関から始まって、あふれ出たものが部屋中に散乱する。土曜日は相方も手伝ってくれて、朝から大掃除になる。玄関から居間へ、そして自転車部屋(自転車2台は外に置くスペースがないのと、雨風にさらしたくないのとで、部屋に置いている)、しまいには台所周辺へと作業は進む。結果、燃えるゴミ2袋、燃えないゴミ1袋。思ったより少ない。まだまだ隠れているということか。要らないけれど捨てるにしのびない物は、フリーマーケット用によけておく。

まだやり残した部分はあるものの、見た目にはだいぶすっきりした。以前に比べてごちゃごちゃ感が取り払われ、床や壁の面積が広がったように見える。いい気分だ。来週は1階の残り部分と、それが済んだら2階だ。2階は手ごわい。

昼にカレーのバイキングに行ったら、ふたりとも食べ過ぎてしまい、夕飯は冷やしウーロン茶漬け、ゆでたトウモロコシ、かぼちゃの煮つけで簡単に済ます。相方はなんとトウモロコシだけ。はじめて食べた冷やしウーロン茶漬けは、ごはんを水で洗うのに抵抗があったけれど、ウーロン茶の苦味とお茶漬けのもとの塩味が絶妙で、たぶん、おいしかったと思う。もう1度食べたいか、と訊かれたらよくわからない。


2005年09月01日(木) 5か条

部屋が散らかっているとイライラする。さほど気にならないときもあるけれど、何かの拍子にその散らかり具合に気がついて、いてもたってもいられなくなる。過去にも何回か、部屋が散らかっているのがいやだ、気に入らない、片付けたい気持ちはあるけれど疲れていてできない、そんな自分が嫌いだ、と泣きながら相方に訴えたことがある。泣いてる暇があったら片付ければいいと自分でも思うが、仕事と普段の家事をするだけでいっぱいいっぱいなのが正直なところ。そんなことで泣かれて、相方もさぞかし迷惑だっただろう。

それでも懲りずに今また無性に部屋の模様替えを、というより家全体の整理整頓をしたくなっている。結婚と同時にこの家に引っ越してきてから1年半、今の今まで一度も大がかりな片付けをしていない。ずっとずっと気になってはいたけれど、結局していない。できていない。

この家には私たちが引っ越してくる直前まで祖母が住んでいた。祖父と曾祖母は数年前に亡くなったけれど、家族で何十年も住んでいたのでとにかく物が多く、私たちが住めるように家を空けるだけで一苦労だった。親戚も手伝ってくれて、大変なりにも楽しい作業ではあったが、私ははっきり言ってそこで力尽きた。その後の自分たちの引越しはドタバタの中、何とか全ての物を家の中に収めるだけで終わってしまった。そしてあれだけ片付けても、祖母の物も捨てずに預かっていて欲しいというものがいくらか(いや、かなり)あるので、部屋ひとつ分、物置状態だ。

今の我が家は大まかに言えば、そのときのまま、なのである。多少の変化こそあれ、未だに整理整頓からは程遠い有様だ。

でも現状を嘆いているだけでは埒が明かない。祖母の物には手をつけないにしても、それ以外はやっぱりきちんと片付けよう。そうすれば仮にどこかへ引っ越すことになっても、楽に動けるはずだ。でも片付ける片付けると言って、実際には何をすればいいのか。考えたのはこんなところ。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

_箸砲△詈を把握する
⇒囘咾瓦箸吠類する
使いやすいところにしまう(定位置を決める、出しっぱなしにしない)
ね廚蕕覆なは捨てる
イ垢依廚蕕覆なるような物は買わない(いたずらに物を増やさない)

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


さて、_箸砲△詈を把握する だけれど、

我が家に何がどれだけどこにあるのか、実はあまりよくわかっていない。もともとこの家にあった物、私が持ってきた物、相方が持ってきた物。問題は相方だ。相方は持ち物がすごく多い。種類も数も豊富。同じような物をたくさん持っている。私にはそれらの違いがよくわからない。もう持ってるからいいじゃん、と思うのだけれど何かが違うらしい。百歩譲って物が多いのも散らかすのもいいとして、それらの片付けを果たして私がしてもいいのだろうか。片付ける作業は嫌いではないけれど、その辺の踏み込み加減がいまいちつかめないのだ。そこの引き出しは開けてもいいの?勝手に場所を動かしてもいいの?今度訊いてみよう。


つぎに、⇒囘咾瓦箸吠類する

おそらくは重複している物がたくさんあるはずだ。そしていろんな物がてんでバラバラにしまわれていたり放置されていたりする。1箇所決めたら思い切って中身を全部だし、振り分ける必要がある。信じられないくらい多くの物が出てくるはずだ。これがいちばん恐ろしい作業で、はじめたら最後、歩くスペースはないと言っていい。それを考えると平日には実行し難い(すでに弱腰)。


それと平行して、使いやすところにしまう(定位置を決める、出しっぱなしにしない)

どこにしまうかを決めておかないと、外に出したものがいつまでも床を占拠することになる。順番は△鉢が逆の方がいいのか?よく使う物ほど、それに到達するまでのアクションを少なくするのが、片付けやすくなる秘訣とテレビか何かで見た。踏み台を取ってくる→踏み台に乗る→扉を開ける→箱を取り出す→箱を開ける、なんていうのは年に1回使うか使わないかの、例えば重箱。ちなみにうちに重箱はない。毎日使う物はカゴに入れるだけ、とかそういったことらしい。


そして、ね廚蕕覆なは捨てる

これが結構難しい。どうしても「もったいない」という気持ちがわいてくる。取っておいてももう使わないものだとわかってはいるけれど、どこかで「捨てる」行為をいけないことだと思っているので、よほど心を鬼にして取り掛からないとできない。でもいったんスイッチが入ってしまうと何も考えずにどんどん捨てられる。


大事なのが、イ垢依廚蕕覆なるような物は買わない(いたずらに物を増やさない)

片付けとは直接関係ないけれど、これは常に頭においておかなければいけない(すぐ忘れるけど)。もったいないオバケが出ないように、要らない物は買わない。そしてよく考えて買ったなら、代わりに何かを処分する。物を増やさない、物に頼らない。


-------------------キ--リ--ト--リ--セ--ン-----------------------

あこがれのインテリアとかを考えるのは、そのあとのことなのです。くれぐれも順番を間違わないように(自分への戒め)。


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