気ままな日記
DiaryINDEXpastwill


2002年12月25日(水) 吉報

ここ数日、年末年始の休暇を控えた「駆け込み診療」のせいで、患者さんの数が、すごく多く、とにかく慌しい日々が過ぎていく。
怒涛のような1日が終わり、夕方にはなんというか体力気力とも、もう、げ、げんか〜い!這うように家路に着く。(ってまたおおげさな表現してしまったけど、ホントにそんな感じ・・・)。

そしたら、3ヶ月ほど前に応募してすっかり忘れ去っていた短歌が、入選したという知らせがきた。
地方の主催する小さな賞。現実離れした歌ではあったけれど、誰かが読んでくれて、そして選んでくれたという事実がとてもうれしい。
賞品は図書券だということなので、これでまた本が増える・・・。(-_-;)
最近さぼり気味で、「お客さん状態」だった歌会にも、来年からはできるだけ出て勉強しよう・・・。

地獄に仏、そんなわけで缶チューハイでささやかにカンパ〜イ。


2002年12月22日(日) 本、本、本・・・

年末年始の長い休みをどう過ごすかと考えていたら、急に部屋の整理をしたくなった。
 雑然としていてよそよそしい空間・・・。
とにかく本が多い。雑誌の下から本、机の脇から本、カバンの底から本、・・といく具合に、掘り起こしても掘り起こしても本が出てくる。
そんな風にいうといかにも読書家みたいだけど、読んだ本の中身をどれだけ吸収したかというと甚だ疑わしい。
 1度読んだものの、もう読まないだろうというもの(こういうのが大半)でもなぜか捨てられない。
 雑誌や新聞の切り抜きも、してはみるものの、目を通したためしがない。
そういう具合なので、身の回りの活字は増える一方である。

 幸福な時間というのは、自分の好きなもの、お気に入りのものに囲まれ、自分にとって居心地よく整えられた空間に身を置く時だと言われたことがある。
そういう意味でわたしに今必要なのは、量ばっかりこなすことではなくて、丁寧に生きること、そして全部の本を整然と収納できる大きな本棚と、ノートパソコンと紙を同時にひろげられるだけのどっしりとした机・・・。

元気を出して買いに行こう。


2002年12月14日(土) T_T

昨日は、次から次へと問題が起きて(というより発覚して)、朝から晩まで、もう
辞めたい辞めたい辞めたい辞めたい辞めたい辞めたい辞めたい辞めたい辞めたい辞めたい辞めたい辞めたい辞めたい辞めたい辞めたい辞めたい辞めたい辞めたい辞めたい辞めたい辞めたい辞めたい辞めたい辞めたい・・と何十回も心の中で唱えつつ、抱えきれない大きなものに圧倒されそうな情けなさに涙がジョボジョボあふれそうなのに、表面的にはへいちゃらを装い何とか踏ん張って淡々と仕事をこなした。
夜の当番を終えた頃にはもう心身ともに復活不可能という感じがした。
一晩寝たら体力復活したので、コージーコーナーで、ナスとベーコンのトマトソーススパッゲッティデザート付きと、少しリッチなランチを食べた。
こういうものを自由に食べられるのも、働いているからよね・・と思ったら仕事への感謝の気持ちとありがたさがフツフツと沸きあがって・・など全くこなかったが、とりあえずおいしいものを食べて落ち込んでめりこんだ気持ちがほんの少しだけ快復した。

銀色夏生さんの「つれづれノート」を読む。
作家の書く日記というものが最近増えているように思うが、なんてこともない日常が歯切れよく書かれていて、そして作家の生活がどんなもんか覗き見できる感じでおもしろい。

ウダウダ言っているうちに今年も去ろうとしている。
来年は、エッセイや小説といった文章の書き方をちゃんと教わりに行こうかと思っている。
実は昔妊婦の頃、カルチャーセンターのエッセイ教室に行ったり、数年前に通信教育の文章教室を受講したことはあるのだが、読書感想文みたいに、本音とはかけ離れたつまらないことしか書けなくて途中で挫折してしまったので、どうかとは思うのだが。


2002年12月09日(月)

 何年ぶりかしら、多少水っぽいながら積もった雪を踏みしめて歩くのは・・・、しゃんしゃんとタイヤのチェーンの音をさせて走るバスの音を聞くのは・・・、などと思いながら職場に到着した。
すると、総務局長さんはじめ事務の上司たちが、土木作業服に身を包み、必死に雪かきをしていた。
子供を抱えたお母さんたちがすべってころんだりしたら、うるさい、いや気の毒だものね。
日中は講堂で、クリスマスのイベントがあった。
すると、さっきまで雪かきスタイルだった総務局長さんが、今度はサンタクロースのいでたちで登場。
「ああっ、サンタさんだ!」と歓声をあげる子供たちに握手しながら待合室を歩いている。
うわあっ、そこまでするか。
大変だね、上の人々も・・・。この財政難の折、サービス向上、収益確保のためだものね。

雪のためにキャンセル続出したので、珍しくのどかな1日だった。
(その分、他の日が、どっと混みそうだけど。)


2002年12月01日(日) おとといの出来事

電話で話していた医事課長が受話器を置くなり、
「たっつぁんの孫が来る〜っ!!」とひとこと言い置いて、あたふたと事務室を飛び出していった。
「たっつぁん? え、もしかして梅○辰夫の孫?それじゃ、アン○さんが付き添ってくるのかしら?」と、わたしは、なにくわぬ顔をしつつも、ミーハー気分に浸っていた。
が、程なく戻ってきた課長と総務局長の話に耳を傾けていると、どうやら「たっつぁん」というのは、何とかタツオという議員さんの名前で、その孫が、救急棟へ運ばれてくるので、粗相のないように、万全の体制でお迎えしなくてはならないということらしいのだ。
「もしわたし宛にこのことで電話がかかってきたら、正面玄関にいますから、呼んでください。」と言って、また慌しく出て行く課長。
たちまち緊迫感に包まれる事務室。
できればその電話、とりたくないなあ・・・というムードが漂う。
 もちろんそのお孫さんの乗った車がつけられるのは、一般の救急車がつく通用口なんかではなく、正面玄関。
2名の警備員さんと総務局長と、医事課長が誘導係兼お出迎え係として待機。
到着したら到着したで、今度は救急棟の入り口に、医事課長と副総務局長と、主任のドクターが待機して、診察のなりゆきを見守る。
 外野でさえこんなふうなので、直接診察にかかわるドクターや看護師さんたちの緊張感はいかばかり。
 結局、その2歳のお子様はどうなったのかわからないけれど、金バッヂに振り回されるのは、税金の仕事でも、土木の仕事でも、ここ病院でも同じなのね・・・、
と思ったのだった。


TOMATO |HomePage

My追加