海を進む
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きのうの夜見た「天空の城ラピュタ」をもう一度見つつ。
ときどき、街や電車ですれ違う人の服装を見て、ああ、こういうの大好き!って思うことがある。 今日は、夜のスーパーで見かけた、私よりはだいぶ年上の女の人。 チャコールグレーのパーカーにデニムの膝丈スカート。靴はスニーカー。 ああいう格好が前から大好きなんだ。したことないけど。mcシスターっぽいな。 子どもの頃ラピュタを見たときには、シータみたいな洋服に憧れた。 なんの飾りもない、ただのひらっとしたワンピース。 キキもそんな格好してた。いま一番見たいのは魔女の宅急便なのに、ツタヤにDVDがなくて。 さんざん空想したわ。自分も黒いワンピースを着て魔法のほうきに乗ってるとか。 光る飛行石を持って悪党に追われてるとか。サツキとメイの家に住んで近くに大きな木があるとか。 感動するとか通り越して、やわらかい心に直接入り込んできたんだろう。 今はまったくそんな空想をしない。ある年齢を境に何かを失ったのは明らか。 でも失うばかりが大人になることでもなく、例えばわかりやすいところでは、 昔はよくわからなかった紅の豚が、今では大好きだったり。 手塚治虫の『ブラックジャック』の文庫版のうしろの解説に、確か小池真理子が書いていた。 「十代のあるときまで人はみんな心の中に詩人がいる。そしてその詩人はどうしてもあるとき なんの前触れもなくそっといなくなってしまう。手塚作品は、もちろんその詩人に語りかけるものがあり、 その上、大人には、自分の中に詩人がいなくなってしまった穴があることを気付かせる。 だが、ここまでだったらその他の多くのすばらしい作者がすばらしい作品を作っている。 手塚作品がさらに偉大であるのは、詩人が出て行ってしまった誰もいない穴があるからこそ感じられる、 その心に響く、という部分を持っていることである。」 だいぶ前に読んだからうろ覚えだけどそんな内容のことを。 これを読んだとき私はまだ10代の半ばで、これからいつか詩人が出て行ってしまうと思うと なんとも大人になるのが恐ろしくなった。 でも今は、子どもの頃には持っていた何かを失ってしまったと感じるときにこの文章を思い出すと、 救われる思い。大人になるのも悪いことじゃない。
また明日から仕事、の憂鬱な夜。でもまたあっという間に一週間は過ぎると思う。しかも今週は5日間だけ。 また明日から仕事、の真夜中や明け方にだんだん仕事へ気持ちが切り替わっていくときって、 だんだん元気を出すような感じで、けっこう好きかもしれない。 やるべきことがあるって幸せなことだね。
―今週の課題― 過食症についての解説の本と体験記を読むこと。
2ヶ月も前に買った藤沢周平『たそがれ清兵衛』(新潮文庫)をやっと読み終わりそう。 子どもの頃は本が大大大好きだったのに、読まなくなったな。 映画の「たそがれ・・・」のDVDが送られてきたので眠くなるところまで見て寝よう。
今まで、駅の近くの最寄りのコンビニは夜の1時には閉まっていた。 だから仕事から帰ってくると閉まっていることが多くて、駅の反対側の出口に行けば 別のコンビニが開いてるんだけど、終電まで終了した後は駅のシャッターが閉まるので 行ったはいいが家に帰れないということになってしまう。 なので、終電で帰ってくるといつも、そういえば家に食べるものなんにもないなー、 やばいよ今日もなんにも買えないよ、ひもじいなー、などと思っていた。 (休みの日にまとめて買ったり、家に食糧を備蓄したり、ちゃんとすればいいのにね。 今日一日生活することしか考えてないのがいけない。) というわけだったのだけど、そのコンビニが新装開店し、24時間営業になった。 オープンしたてということもあって、深夜に行ってもやや活気がある。 おかげでさびしい気分にならずにちょっとほっとしてしまう。 理想は、深夜のコンビニなどとは無縁の生活。
最近、気持ちが真っ平らになってしまったよう。何かが楽しみだと思ったりしない。 髪の毛なんかどうでもいいし、ピアスもしない。全く興味がない。 でもいつか霧が晴れて、また世界が色つきになると思う。 こんなとき、毎日行くところがあって良かったと思う。 ひたすらに電車に乗っていって働いて電車に乗って帰ってきて、一週間はあっという間に過ぎる。
きのうの夜、9時半頃のこと。休憩から会社に戻るときに、家に帰るDさんとバッタリ会った。 Dさんのところは私のところより定時が早い。Dさんはある女性と一緒でした。 仲が良さそうに歩いてた。うむ、二人が仲がいいのは知っていました。 というか、Dさんの好きな人は彼女。それも知ってました。
きょうその女性が私に、いつもあの道を歩いて帰ること、歩いて帰れるところに引っ越したこと、 Dさんも同じ方向で、自分よりちょっと先のナントカとかいう駅の近くで、 危ないからって途中まで一緒に来てくれたことなどを、話してくださった。 話の内容に関する感想は特にないが、とにかく彼女が美しいことと優雅であることに 改めてうっとりしてしまいそうだった。話し方や声までじつに素敵。
彼女は会社のとても偉い人で、年齢も、存じ上げないけれど、だいぶ年上。 とにかくキレイで素敵で仕事もできて、私が男だったらやっぱり彼女に憧れるだろう。
きのうは家に帰るまでずっとそのことを考えていたと思うけど、今は特に何も思わない。 それよりも、さっき会社から電話が来た件(私のミスかも…)が大丈夫だったかということと、 家計簿をおとといからつけていないことと、洗濯物がたまっていることが気になる。
最近の私の生活はズタズタ。しっかりしようという意欲もわかない。 全く料理をせず、部屋はぐちゃぐちゃ、お風呂に入らずシャワー、朝は起きられず。 一度崩れると、何週間も崩れたまま。仕事中も眠い。よろしくないけど抜けられない。 でもいつか雨は止むでしょう。
前よりももっと秘密主義になった。 悪いことだとは思えないけど、もしかしたら弱さを人に見せなくなったのかも。
もう寝なくちゃ寝なくちゃ。
月曜日、朝まで会社にいた。何か特別大変な仕事があったわけではなく、引継ぎのメモや 業務日報を書いていたら、どうにも終わらず、終電に乗れなかった。次の日休みだからまあいいのだ。 要領が悪いなあ。せっかく朝まで会社にいるのだから、いつもいつも時間があったらやりたいと 思っていること(整理とか掃除とか)をやればいいのだけど、眠くてだるくて全くやる気がない。 昔の業務日報を読み返したり、ホットペッパーを眺めたり、コンビニで買ってきたお菓子を ひたすら食べたりして朝を迎える。 休みが一緒の会社のおじさんとお花見に行こうと言っていたのだが、雨のため中止。 しかもそのひとから「今日どうしましょうか」と電話が来たとき、まだ寝ていた。 「寝てたんですか?」「はい・・・。」「雨だから今回は見送りましょうか」 「そうしましょう。また今度別の花でも見に行きましょう」と言ったけど、ほんとに行くかしら。 その電話で起こされて、まだ3時間ぐらいしか寝てないのにそれから寝れなくなる。 夕方、婦人科の病院へ。待ち時間がやたらに長い。終わってからスーパーに寄って帰る。 やたらどんよりして泣きたい気分で帰る。 白ワインをジンジャーエールで割ってがぶがぶ飲んでいたら、知らない間に寝てしまった。 テレビがつけっぱなしだったせいで、たくさん夢を見た。 先生と二人でご飯を食べに行き、「お話があります、実は好きです。」と言う夢。 友人の結婚式で、私も結婚しますと発表する夢。 夢って、すぐ忘れちゃうし、人に話してもつまらないし、儚いものだな。 起きたら午後3時。 せっかくの2連休なのに、もう終わってしまう。
そうそう、そういえば、同い年の同期の女の子からメールが来た。 「Dさんのアドレスって知ってる?」って。 どうしたんだろう、彼女はDさんが話しづらくて苦手って前言ってたのにな。と思ったけど、 すぐ気がついた。 彼女は確か誕生日が4月だった。そうか。そうかそうかそうかそうか。
ここ何日か、行きも帰りも電車の中で座れたらずっと眠っている。 今日の帰りも終電に乗り、発車する前から眠っていた。 途中で何度か目が覚めたけれど、結局降りる駅を乗り過ごして終点まで乗る。 と言っても、一つ先なだけなので、折り返しの電車がとっくに終了してても 歩いて帰れる距離。 50分ほども眠り続けた後なので、ぼーっとしながらお茶などを買い、 コンビニで通販の化粧品の代金を支払い(思い出したときに払わないといつまでも払わない)、 ぼーっと家まで歩く。 もう2時だよ。こんな時間にこんな人気のないところ一人で歩くなんて。 私の荷物、ひったくるなら今だな。 と思っていると、急に花の匂いが。次の瞬間、道の脇の駐輪場に たくさんのこでまりの花が満開になっているのに気付いた。
そういえば仕事が終わって携帯を見たとき、母からのメールが来ていた。 弟の写真が添付されていた。今日大学の入学式だったとのこと。知らなかった。 スーツを着た弟。立派に大きくなったなあ、と思った。 母もそういう感動を私に送りたかったんだろう。 もちろん母の今日の気持ちは、大きくなったなあ、なんて単純なものじゃないだろうけど。 自宅から通える大学を選んだ弟は、実は家族のことも考慮に入れて選んだのだろうか。 何も言っていないけれど、もしかしたら自分が家を出ることが精神的にも物理的にも 家族の負担になることを考えたのかもしれない。 弟には何にも縛られずに夢を追ってほしいと思うけれど、 自宅から通える国立大学に合格したと聞いたとき、私だって実はほっとした。 一人暮らしをするよりは両親の経済的な負担もずっと少ない。 それに、若い男である弟が家にいてくれたら、安心だし、何かと助かる。 祖父母も、弟が家を出てしまって寂しい思いをすることもない。 弟がそういうことを考えて選択をしたのなら、それは私にも責任があるな…。 一番最初に家を出たのは私で、妹は大学を卒業したら実家に戻ったけれど、 私は戻らなかった。 そういうのを弟はずっと見てきたんだ。そういえば4年ぐらい前に帰省したとき 「二人がいなくなって、本当にこの家静かになっちゃったよ。」 って弟が言ってたな。 一人暮らしが寂しい寂しいって嘆くなんて、バカだった。 自分で選んだことじゃないか。 出て行くほうよりも、出て行かれるほうがずっと寂しかっただろう。 姉二人がいなくなった家が静かになっちゃったと感じていた中学3年生の 弟のことをこれ以上考えると涙が出そうになるので今日はやめよう。 また4時を過ぎてしまった。
忘れたくないことがいっぱいある。 非常階段に出ると見える夜の高層ビル群。 会社近くのお寺のライトアップされたしだれ桜。 飼っていた猫が死んでしまったと話す同僚の涙。 他に誰もお客がいないラーメン屋で長崎ちゃんぽんを食べたこと。 合わせ鏡で自分の髪を見て与謝野晶子の歌を思い出したこと。 テレビから聞こえたピアノの曲の断片に涙が出そうになったこと。 ぜんぶぜんぶ、どんどん昔のことになっていくのがとても怖い。 思い出になるならまだいいけれど、忘れてしまうのがとても寂しい。最近。 どうしてだろう。
| 2005年04月03日(日) |
長い髪に憧れた 夜に降る雨は好きだった |
今日私たちのところに立ち寄った別の部署の男の人が髪型を変えていた。 私の同僚の女性はそれを見てすかさず 「お、サッパリされましたね。」 と。なんかそれを聞いて、すごく彼女を尊敬してしまった。 私はそういうことができないのだ。彼女は先月入社してきたばかり。 私は一年いてもその男性と仕事以外の話なんて一度もしたことないのに。 そういうところなんだよなー。 まるで、他人とは絶対に仲良くなってはいけないという決まりでもあるみたいに、 近付かないように近付かないようにしてしまう。 振り返ってみるとそんな感じ。でも、仕事だからね・・・。 仕事中に、誰かと仲良くなるかならないかとか、そんなこと考えてられない。 学生のときはどうだったんだっけか。
昼間はすごくいい天気だったのに、夜は雨降り。 帰り道、乗っていた準急が途中の駅で停まってドアが開いたとき、 人のいない暗いホームにザーってただただ雨が降っているのを見て、 ああ、雨ってこんな感じだっけ。夜の雨ってなんかいいな。と思った。
ここ数日簿記の勉強してない。いけないいけない。 とりかかりさえすれば、すごくおもしろいのに。 勉強するってこと自体がすごく久しぶりでおもしろい。 まだ誰にも言ってないけれど、もし誰かに言うとすれば 「必ず合格しますよ。こういう勉強得意なので。」 と言ってみたい。
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