一日後記

2004年09月30日(木) 漢検。

先日部屋の掃除をしていたら、6年前に受けた
漢字実務検定の証書が出てきた。
別にこれがあったからとてその後現在まで何も
メリットなどなかったし、半ば興味本位で受けてた気がする。

そこで思い出したのが漢字検定。

確か高校生の頃に受かってた記憶がかすかに
残ってはいるのだが、詳細をすっかり忘れている。
とりあえず実家に電話して理由を話し、片手間でいいから
証書を探しておいてと頼んだのが数日前。

で、その証書が出てきたと連絡をもらったのが昨日。
確認してもらうと1級をパスしていたらしい。

‥‥‥え?1級?

4年ほど前だったか、その証書のことをすっかり忘れて
準1級の検定を受けたことがある。
結局落ちて今でもそのままだが、どう考えても高校生当時の私などが
パスできるようなヤワな問題じゃなかった。
準1級でそれだから、当然1級はもっと難問なわけで。

何かおかしいと問い合わせてみると、何年か前に
文部省認定(後援だったかな)になってから
各級の設問レベルが上がったという。
じゃぁ当時の1級は現在どれくらいなのかと尋ねると
準2級相当のレベルなのだそう‥‥それなら合点がいく。


まぁ現在の準1級はすぐには無理だから、2級あたりでも
気分転換にやってみるかと思った。

キーボードに頼りっぱなしの生活が長くなって
漢字の感覚を忘れかけているしなぁ‥‥。



2004年09月29日(水) 勢い。

隣町のあるスクールに、見学を申し込み
カウンセリングを受けてその場で入学を申し込んだ。
いくつか比較もしたが、私にとってとりあえず一番重要なのは
『歩いてでも行ける距離にあること』。

幸い軍資金は、ギリギリ貯金してある分で賄える。
が、その金額を見て『これなら○○のロードレーサー買えるなぁ』と
一瞬考えてしまったのは哀しい性。

申し込みを終えて、ファミレスで一人食事をする。
ふとPHSを見ると事情を話した友人からメールが来ていた。
コーヒーを飲みながらそれを読んでいたら、
嬉しくて元気が出てきた‥‥感謝!


さーて、明日から頑張ろう。


* * * * * * * * * * *

昨日、相方は義父に向かってはっきりこう言ったという。

『○○○(私)、親父とはウマ合わないみたいだよ』

一瞬何でそんな角の立つことを、とは思ったが
それはよく考えたらずっと私が言えなかった言葉だったんだ。
おそらく今までなら、相方も言わなかっただろうけれど
私がそこまで思いつめていたことにやっと気付いたらしい。


ほんの少し、相方を見直してしまった。



2004年09月27日(月) 進むために。

今日になって、昨日実母に話したことを義母に話した。
やはり同じ屋根の下にいる以上、話しておいた方がいいと。
ただ義父の前では言い辛かったので
(同性だからこそ話せることもあった)
こちらも様子を窺いながら留守を狙った。

それなのに。

帰宅後義母から聞いた義父は私を呼んで、話をするはめになった。
正直なところ勘弁して欲しかったが、そうもいかず
腹を括って義父の前に座る。

やっぱりこの人とは合わないと、話をしていて改めて思った。
頭の中には私に対して変な固定観念があるらしい。
前から分かっていたことであるとはいえ
それを覆すことも、もはや無理だろうということも。

そうか…それならそれで結構だ。もういい。
我慢していたのは貴方だけじゃない。
こんなことで悩むのも、段々馬鹿らしくなってきた。


新しいことを始めようと思う。

少しでも前へ、進むために。



2004年09月26日(日) 塊。

実母から電話。
最初こそ普通に話してはいたのだが、実父が留守と聞いて
どうにも抑えられなくなり
溜め込んでいたものを一気に吐き出す。

あまりの突然さに、もの凄く驚いていた。

それもそのはず、過去一度しか
そんな風に話をしたことなどなかったから。
その後何かあったとしても、心配かけたくなくて
何でもないようなフリをしていたから。

何故か身近な友人には話せることが実の親には話せずに
溜め込んでいたものは、相当大きくなっていたらしい。
そこだけは自分でも驚いたが、ひとしきり話すと
親に話せたことで少し楽になった気がする。


ある友人からかなり前に言われた言葉。

『○○さん(私)さ、モロに長女って感じだよね。
 いつも強がってるようなとこあるんだけど
 俺は(私が)弱い人だと思うよ。』

さらりとそんなことを言われて一瞬固まっていると、
笑いながら彼は続けた。

『だからさぁ、無理すんなって。弱いんだからー。』


結局その頃から、全然進歩してないんだ。



2004年09月25日(土) さがしもの。

お香が好きなので、お香皿は一応あるのだが
コーンタイプはともかくお線香にはどうも具合が悪い。
お皿自体の面積が狭いので、灰がぼろぼろこぼれ落ち
よく拭かないと灰が薄い筋になってテーブルに残る。
おまけに、ちょっとザラザラする。

今は国産のお線香にハマっているから、これは何とかしなけりゃ。
‥‥とはいえお仏壇に使うようなのは相方が嫌がりそうだし。

蒸し暑くて出かけるのも気が引ける日中
MDのエアロスミスで勢いをつけ雑踏に紛れ込む。
休日の相方は先にどこかへ出かけたらしい。
歩きながら、何で代用しようかあれこれと考えた。

植木鉢、抹茶椀、エトセトラ。
でも予め灰を入れるので、使わない時は
できれば蓋のできる方がいい。
そそっかしいからひっくり返さないよう、安定性の高いもの。
ガラスのものも惹かれるけれど、燃え残ったお線香が
黒く点々と見えてしまうのは嫌だなぁ。やっぱ陶器かな。

結局、食器や台所用品をメインに見て歩いていた。
元々台所用品は好きなので、見ているだけでも幸せな気分。
小ぶりなシュガーポットを使えそうだと手に取ったら
4000円近くの値札に気付き、そーっと棚に戻す。
ロイヤルコペンハーゲン‥‥道理で高いわけだ。

5〜6箇所目でやっと使えそうなものを発見した。
10cm四方程度で深さが4cmほどのホウロウ製タッパー。
タッパーだから蓋もちゃんとある。


今そのタッパーにはラベンダーのお線香がゆらゆらしている。



2004年09月24日(金) 爪研ぎ。

両親が爪の長いのを嫌ったせいと、小学校低学年のうちから
ピアノを習っていたせいか、いまだに爪を伸ばすことができない。
つけ爪も試しに買ってみたものの生来の粗雑さが災いして
朝つけた10本が夜まで持ちこたえたことが殆どなかった。
持ったとしても、必ずどこかに自分で引っ掻き傷を作ってしまうか
つけ爪そのものを割ってしまう。

よっていつも深爪寸前までヤスリをかけるのが常で
仕上げにバッファーをかけていたら、
ふと爪を『研ぐ』という言葉を思い出した。


大体は猫科の動物に使う言葉なのだろう。
それでも女の爪というものもまた『研ぐ』という
表現が合うような気がするのは、何故。

イメージ的にピンと尖った長い爪を浮かべたからか。
(実際こういう爪を目にしたことはないけれど)
確かにこういう爪には、爪切りでパチンパチンとやるのは似合わない。
いずれにせよ、スクエアでもラウンドでもきれいな長い爪には
時間をかけてヤスリで『研ぐ』方が合っているし、
同性として色っぽいだろうとも思う。


改めて己の爪をまじまじと眺めた。
深爪寸前じゃ、色っぽいの『い』の字もありゃしない。









2004年09月22日(水) 繋ぎっぱなし。

PHSを買い換えたのが月曜日。
今は殆ど通話機能は使わないに等しいし、ブラウザ搭載で
普通にWebサイトが見られるというのが気になっていた。
実際親友のダンナさまがこの機種を使っていて、
先週お会いした際にその良さを聞いて『買おう!』と。

ところが買ったはいいが、まずメールの操作に一苦労。
間違って空メールを送りかけたり、重複して送ってしまったり。
それに慣れるまで、半日費やしていたらバッテリーがなくなった。

翌日はネットに繋げて遊んでいた。
それにしても2.2インチの画面で見る自分のサイトというのは
とても妙というか、他人のサイトのような気さえする。
動作が遅いのは玉にキズだけれど。





『ケータイモード』というやつで見た場合。
ちょっと写真ボケてる‥‥。



2004年09月21日(火) 受話器の向こう。

祖母から、敬老の日に贈った干物のお礼の電話が入る。
夜になってからのことだったので祖父からではないことを
少し怪訝に思いつつ、相変わらず『(子供は)まだかや〜』と
せっつかれ苦笑いして逃げた。

いつもならこういう場合、祖父からの電話であることが多い。
ひとしきり彼が喋りたいことを延々と聞いた後、
満足したであろう頃に祖母に替わってもらうのが常である。
実母が言うには、私は祖父に対して反論もせず相槌を打ちながら
聞いているので話がしやすいらしい。
実のところ反論しても仕方がないのを承知しているため、
単にしないだけなのだけれども。

5分ほど祖母と話した後、祖父に替わってもらう。

‥‥?声にいつもの覇気が全然ない。
風邪でもひいたかと心配になって聞いてみたが、
そういう訳でもない様子。

どうやら約4ヶ月前の授章式の後、立続けにお祝いの会やら
それに疲れて入院するやらと色々続いたのが参った原因らしい。
もう一つ昔から『国から賞状をもらう』のを目標にしていたような
フシもあったので、遂げてしまった安堵もあったのかもしれない。
いずれにしても聞き慣れた祖父の声でないことに、戸惑っていた。

会話の内容もどこか弱気で、どう答えていいのか
頭の中では必死に言葉を探している始末。
何せいきなり『俺も先長かぁねぇんだからよー』なんて言い出されても
今までなら『何言ってんのよ』と笑って答えられたのに、
噛みしめるように言われちゃ笑うこともできない。


これまでより少し多く、祖父へ電話してみようか。





2004年09月20日(月) 人ごみ。

私にしては珍しく昼頃、連休中の都内某大型電器店まで
PHSの機種変更のために出かける。
わざわざ疲れて高鼾な相方を起こすまでもないからと
彼は放ったらかし、階下の両親はお彼岸でお墓参り。

駅を出ると本っ当に人が多い。眩暈がしそうになるほど。

とりあえず変更する機種は決まっていたので会計を済ませると
今まで使っていたものからのデータを移してもらうために
あと30分ほどかかるという。
一度店を出て、人通りの少なそうな道を選んで東急ハンズへ。
ここでお香を数種類買っていたら、30分はあっという間だった。


ぶらぶらする時は一人の方が好きなくせに、
人ごみの中で一人なのは正直言ってかなり苦手だ。

妙に息苦しさを感じるのと、
たまにもの凄い孤独感を感じるから。


だから今日もさっさと用を済ませて帰ってきた。

これから広いところへ散歩にでも行こうかと思う。





昨日撮れなかった分、今日の空を撮ってみる。




2004年09月19日(日) 夕焼け。

夕方になってから、ジーンズにTシャツのまま
ロードを引っ張り出した。
バッグの中には煙草とzippoと携帯灰皿とMDに財布。

別に何を考えるでもなしに、いつもの土手に向かっていた。
ただ風が気持ち良さそうだと思っただけで
走ろうという気は毛頭なく、手にはグローブすらはめていない。


土手下の駐車場が騒がしい。
パトカーが1台、赤色灯を回しながら停まっているのが見えて
その後土手上で座っていた私の後ろを、覆面パトカーが2台
クラクションを鳴らして通り過ぎる。
川下の方で何かあったのだろうが、一瞥したきりまた
風に吹かれながら川面を眺めて過ごしていた。

時々、飛行機雲が空を切るように伸びていったり
川を走るボートが波を作っていく。
真ん中の辺りで魚が跳ねる。

そんな光景を見て、ふと自分の影が長くなっているのに気付いた。
左肩越しに後ろを振り返れば、雲間にオレンジ色の夕陽があり
そこで初めて1時間余りその場に居たことを知る。


2つミスった。
ライトを持ってこなかったことと、デジカメを持ってこなかったこと。



2004年09月18日(土) CD整理。

聴かないCDを整理しようと、ふと思い立って
ラックの中のものやら寝室に置いてあるものやら
入りきれなくてオーディオ上の箱に入ってるものやら
とりあえず自分のCDだけを選って出してみる。

‥‥あれ、170タイトルって‥‥こんなにあったっけ?

滅多にCDの整理をしないツケ。
10タイトルずつ積んでいる途中から、段々嫌になってきた。


その中に3〜4組ほど同じCDがある。
何をボケたか持ってないものと勘違いして買ったらしい。
大した金額にはならないだろうが、
中古屋に持っていく箱に放り込む。

その時期の『勢い』で買ってしまったものもある。
ジャケットを見てもどういう音楽だったのか思い出せないので
再生してみたら、意味もなくこっ恥ずかしくなってしまった。
正直言って今更これを売るのも恥ずかしいが、
ただ捨てるよりマシだろうとこれも箱へ放り込む。
そんな感じのが10枚ちょっと。

一番多くて困るのが、微妙な位置にあるCD。

ごくたまに聴きたくなるものとか、
『このバンドの、この人が好きなんだけど』というものとか。

そんなものを何となく片っ端から再生していったら
CD整理がそっちのけになってしまった。
箪笥の引き出しに敷かれた古新聞を読み漁る現象に等しい。


結局整理できたのは10分の1程度。




2004年09月16日(木) 顔拓。

店のショーウィンドウへ、日に最低1人多くて2〜3人
覗き込んだ勢いで衝突なさる方がいる。
店の中にいればぶつかった音は分かるもので
『コツン!』という小さい音から

ごぅおおお‥‥んんん‥』という
ガラス全部が波打ちそうな派手な音まで、本当に様々。

あまりに凄い音だとこちらが一瞬ひるむのだが、
とりあえず大丈夫かどうかつい顔を出して尋ねてしまう。
そんな時ぶつかった方は大抵バツの悪そうな顔をして
愛想笑いとも何とも言えない笑みを浮かべ、そそくさと立ち去る。
自分から客を逃がしてるのかもしれないとは思っても
やはり心配になってしまうのだ。


そのウィンドウを磨いていた午前中のこと。
案の定いくつかの跡がガラスの表面に残っていた。
とりわけ珍しいことでもなく、洗剤をつけて拭こうとした時
1つだけびっくりするような跡を発見。

眉間・鼻・口紅まで残ってる。
しかも口紅は口の形そのままで、『わざとか?』と疑いたくなるほど。
故意にやったのでなければ相当勢いがついていたとしか思えない。


顔拓。



2004年09月15日(水) ギフト。

ここ最近出かけていたり自分自身のことで
あれこれ考えていたりで、すっかり大事なことを忘れていた。

昔のカレンダーだったら完全にアウトだ。


敬老の日。(ハッピーマンデー万歳!)


お蔭様で私の母方の祖父母が健在なので、毎年好物の干物を贈るのが
常なのだけれども、その手配を全くしていなかった。


もひとつおまけに、その翌日は実父の誕生日。

こっちも手配はまだだから、急いで探さなきゃ。



2004年09月14日(火) 痴話喧嘩。

閉店1時間半前のこと。
たまたま社長夫人は外出中、連休近い週の平日なんて
特に暇なものだから在庫整理も兼ねて店の裏側にいた。

何やら隣の駐車場が騒がしい。
店の裏側と言っても元々玄関先だったところを即席の事務所に
してしまっているので、駐車場を隔てるのは青いビニールシート2枚。
お蔭で普段から否が応でも話し声やらエンジン音が聞こえてくる。

と。いきなりつんざくような女のコの声。

助けてー!殺されるー!!

あまりに唐突な叫び声に、思わず持っていた箱を落として
(見えもしないのに)駐車場の方を見て呆然としてしまった。
っつーか、何事よ。穏やかじゃないなぁ。

様子を見ようにもシートは紐で固定してあるし、店には私だけで
外に出ようにも出られない。
おまけに隣とはいえ、駐車場へはビル2つ分ぐるりと回らなきゃいけない。
どうしようかと受話器を持ちかけた時、更に声は続いた。

触んないでよ!こっち来ないでよ!

『いやだから落ち着けって!』

…ん?男の声?

だからこっち来ないでってば!!

『お前が潔白だってんなら見せてみろよ!』

もしかして単なる痴話喧嘩?
それにしてもこれだけ男女で声量の比率が顕著な喧嘩も珍しい。
完全に男性が押され気味だなと思いながら、こちらも作業再開。

その後女のコが『誰か警察呼んで!』と
喚いて男性が宥める声が遠ざかるのは分かった。
そこから歩いて3分もしないところに交番はあるのに、
全く逆の方向へ歩く程度のスピードで。


この場合、私は警察へ電話するべきだったのだろうか?



2004年09月13日(月) 松島 おまけ。

■仙台から松島海岸駅まで在来線で移動中、気付いたら
 周りの殆どがリクルートスーツ姿の女のコ。
 しかもあまり大きいとはいえない町で皆降りて行った。
 何だったんだろう?

■本塩釜駅で快速に乗り換えたら、石ノ森章太郎のキャラ絵だらけで
 一瞬引いてしまった。
 おまけに車内アナウンスの声がロボコン。
 (相方が言わなければ私は分からなかった。)
 それにしてもロボコンの声が分かる世代というのは
 かなり限られてくると思うのだが…。

■オルゴール博物館にて。
 昔のものは木枠が重厚だからだろうか、金属的なはずの音色が柔らかく
 少しチェンバロのような音がする。
 係員が操作しないと聴けないのがちょっと残念。
 
 ここで何故か小田和正のオルゴールサウンドCDを購入。

■ガラス美術館にて。
 ガラスなのに蒔絵のような作品に見惚れ、じっと眺めていたら
 少し離れたところから相方が私を呼んでいる。
 『これさ、王冠かぶってるみたいでキングスライム
  (ドラゴンクエストに出る敵キャラ)みたいじゃない?』
 ‥‥‥‥他に例えがないのか。

 ショップで素敵なワイングラスを見つけたが、
 無事持って帰れるかどうか自信がなくて断念する。

■宿にて。
 やたら食事のボリュームが多くてびっくり。
 夕食がそういう量なのは時々あることだけれど、
 朝食から松花堂弁当のような箱の中に
 コロッケが出てくるとは思わなかった。
 それ以外は利便性・サービス共あまり問題ナシ。

■塩釜行き遊覧船にて。
 航行時間約1時間の大半を2階の前方デッキで景色を見ながら過ごす。
 元々客が少なかった上に前方デッキだから、風が冷たく
 ブルゾンのファスナーを上げてほぼ独り占め。
 

確かに景色はきれいだったし、のんびりもできたけれど
今朝になって少々体調を崩したか軽い発熱。
冷却シートを貼って午前中一杯横になっていたら、平熱に戻った。

風に当りすぎたかな。



2004年09月12日(日) 松島 2。

午前5時半にセットしておいたPHSのアラームで目を覚まし
隣で寝ている相方を起こさないよう、シャワーを浴び身支度を整え
一応書置きを残して部屋を出たのが午前6時半。

景色を見ながらぼんやりしたかったと前に書いた。

昨日あちこち歩き回った結果一番気に入ったのは桟橋の縁だったので
どうしてもそちらに足が向く。
早朝だからか誰もいないし、桟橋を叩く内海の静かな波音しかない中
再び縁に腰を下ろして何を考えるでもなく、ただそのまま。
時折煙草に火をつけ、風に吹かれていても全然退屈だと思わなかった。
午前8時、最初の周遊船のお客さん方の声で我に返り、宿に戻る。






おそらく傍目から見りゃ怪しいかも。このまま1時間以上いたのだから。
(写真は前日のもの)



その後さっさと土産物の手配を済ませて、
今度は塩釜行きの遊覧船に乗ってから仙台に戻った。


仙台の駅ビルで相方所望の牛タン定食を食べる。
どの店も昼時を過ぎたというのに長蛇の列。
確かに美味しかったけれど、何故あんなに列ができているのか
いまいちよく分からない。


そういえば酒どころであるにも関わらず
日本酒を1滴も飲んでいなかった。



2004年09月11日(土) 松島 1。

午前3時過ぎまで起きていた罰か、はたまた支度を後回しにした罰か
2人揃って寝坊してしまい出かける45分前に起床。
目が真っ赤に充血したままで荷物を詰め込み化粧を済ませ、
走れるところは全て走って何とか電車には間に合う始末。

途中乗り継ぎのタイミングを逃し、午前11時前に松島海岸駅に到着。
そのまま一度宿へ荷物を預けて、ぶらぶらすることにした。


灰色の雲が低く立ち込めていたものの、幸い雨にはたたられず。
ただやはり東京と比べると涼しくて、念のため持ってきた
ブルゾンは正解だったと思う。

あちこち見て回った後、湾内周遊船で湾内観光。
折角だからと追加料金(1人600円)を払い2階のデッキで
地ビールを飲み景色を眺めていたら
鴎が船の後を一生懸命追ってくる。
そういえば売店に『カモメのエサ』と書いてあったのは、このことか。

面白半分にえびせんを片手に身を乗り出してみると
1羽が人差し指ごとついばんでいった。
これが結構痛くて、餌付けしたのはこれっきり。


桟橋に降りて結構そこからの景色がいいことに気付き、縁に座る。
5分ほどで相方が退屈そうに見えたため、宿に戻った。


疲れたのだろう、すぐ伸びてしまった相方とは反対に
何故か寝付けず部屋でMDを聴いていたら午前2時。
‥‥‥家にいるのと変わらないパターンだと苦笑して、1日目終了。





この頃にはちょっとほろ酔い。



2004年09月10日(金) 左腕。

普段仕事なり遊びなりで外出している時の両腕。

左腕には時計、右腕には揃いの指輪とバングル(orブレスレット)
というのがここ数年定番化してしまった。
出勤時にどれか一つでも欠けると、猛ダッシュで戻るほど。
さすがに自転車に乗る時の右腕は空だけれども、
時計だけは欠かしたことがない。

それがいきなり仕事中に電池切れ。

デジタルなので、何も写らぬ時計をしていてもアホらしいからと
一旦腕から外して電池の型番を確かめる。
もしかしたら店のストックの中にあるかと思ったが、該当なし。
昼休憩は過ぎたばかりだったので、夕方の休憩まで
買いに行く事もできない。

その間たかだか2時間半だというのに、あるはずのモノが
そこにないというのはどうも妙な感じがする。
左腕が、やけに軽く感じて落ち着かない。
視界には時計もカレンダーもあるのに、いかに普段依存していたか。


2時間半後、雨の降る中駅前の大型電器店へ
傘も差さずに走る私がいた。

* * * * * * * * * *

明日、先日の後記に書いた通り
松島へぼけっとするために出かけて参りますので
本当に僅かな間ですが留守に致します。




2004年09月07日(火) ジャージ通学。

何気なく聞いていたラジオで『学校での禁止ネタ』のようなものを
やっていて、ふと中学1年の頃を思い出した。

市内でも運動系の部活が盛んだったからか何なのか、
美術部までもがマラソンをやらされるような学校で
私が所属していた吹奏楽部も、入部して半年は
ずっとマラソン・腹筋・背筋のトレーニングをやらされていた。
(腹式呼吸のためだとか言ってた気がする。)

そんな『校内総体育会系』な学校にはヘンテコな規則というか
暗黙の掟というか、とにかくおかしな理屈があるわけで。


■1年は基本的にジャージにスポーツバッグで通学。

いつ頃からかは知らないが、私が入学した時は既にそんな感じで
まともに制服を着た記憶が1〜2度しかない。
とりわけ校則に明記されてはいないのに、破ると先輩から
袋叩きに遭うという噂があった。
ちなみにポニーテールも袋叩きに遭う原因だったような。

2年になると女子は上ジャージに下スカート、学生カバンもOK
3年になると制服も学生カバンもOK。(進学の問題もあったのだろう)

だから私が2年になった時、学区変更で隣の中学へ転校して
一番驚いたのは『何で皆、制服で通学してるんだ!』ということ。


■廊下の端から反対の端に先輩を見つけても、挨拶すること。

端的な例えではあるが、あながち間違ってもいない。
吹奏楽部ですら先輩の人数分の挨拶を繰り返していたほどだから
運動部はもっと大変だったと思う。
その辺の話は残念ながら忘れてしまったけれど、やはりこれも
無視しようものならこれまた袋叩きに遭うとか何とか。


しかし、思えばそんな噂がまことしやかに1年生の間で
流れていても実際誰かがそんな目に遭ったという記憶はない。
知らなかっただけか皆が真に受けて守っていただけかは
今となっては知る術もないし、別に知ろうとも思わないが。

まだ『校内暴力』という言葉が僅かに残っていた頃の話である。





2004年09月06日(月) 計画。

毎年、遅めの夏休みを取って自転車持参の
輪行旅行をするのが常なのだけれど
今年は私の夏負けの余韻で却下し、何年かぶりに愛車ヌキ。

体力的にはほぼ回復していると思うが、
正直なところ食欲がまだ戻っていない現状じゃ
知らない道を走るのは不安が残る。
どうせ走るならばベストな状態でありたいし。

『とりあえず温泉とかなくていいから
 海と景色がきれいなところに行きたい。』

私が相方に言った希望は、それだけだった。
ずっと海が見たいと思いつつ
仕事が忙しいのも分かっていて、疲れた相方を誘うのも気が引けていた。
だから、こういう時でないと言い出せない。

『じゃぁ…どうしようか、伊豆は何度か行ってるしなぁ。
 こないだ○○(弟)が松島行ってきて良かったって言ってたから
 松島行こうか。北へは(2人で)行ったことないしさ。海もあるし。
 帰りに仙台で牛タン食おうよ。』

……いや別に牛タンはどうでもいいんだけど、と
口から出そうになった言葉を慌てて飲み込み『そうだね』と答える。
行き先さえ決まれば後は私の仕事。
宿やら鉄道の手配やら、そういったものは全て私任せになっているため
その日のうちにWebで済ませてしまった。

ただ今回やっていないのは、観光名所の下調べ。
本当に景色を眺めていたいだけだから、調べる気が起きない。
現地に行って気が変われば、そこから動いたっていいだろう。


ちょっと大きめの携帯灰皿を探そうと思う。




2004年09月05日(日) お香。

前にも書いたけれど、普段一人でいる時は
大抵白檀のお線香を焚いていることが多い。
深夜だと気分によって使い分けたりする。

先日ヒノキの香りがするお線香を買ってきていたのを思い出し、
相変わらずCDがかかりっぱなしの居間で火をつけた。


……なーにかが、物足りない。

香りが薄いくせに灰は派手に落ちるし、何より違うのは
煙が全く出ないこと。
何も発煙筒よろしくモクモク煙を立てて欲しいわけじゃない。

すーっと立ち上る煙を見ているのは結構心が落ち着くもので、
疲れた時や家事の合間にそれを見ていることがある。
ちなみにコーンタイプのお香の煙は、面白くないから見ていない。
どちらかといえば香り重視。

で、その煙の出ないお線香はどこを見りゃいいのか。

試しに火のついている部分を見ていたら、落ち着かない。
いつ灰が落ちるか、ついハラハラしてしまうせいだ。
『そろそろ落ちそう…結構持つなぁ…あ、落ちた』
そんなことを思ってしまっては、落ち着くわけがない。

再びいつもの白檀のに火をつけ、先のヒノキの箱をよく見てみると
小さい文字でこう書いてあった。

『自然派微煙微香消匂タイプ』

んー。なるほど。



2004年09月04日(土) がぼがぼ。

12日間連続出勤中の相方の気分転換のため、
彼の仕事が終わってから隣町で待ち合わせ、外で食事しようとしていた。
時間は午後8時。

しかし。
土曜日の東京は夕方からかなりの豪雨で、
先に着いた私が見たものは雨で白く霞んで見える駅前ロータリーと
歩き出そうかどうしようか迷っている人、人、人。
そこへ相方から『電車が速度緩めてるから、遅れそう』とのメール。

5分遅れて到着した相方と普通に歩けば3分もかからない
アーケードまで移動しようとしたところ、これがまた大変だった。
どこ歩いたって水溜りであっという間にパンプスの中ががぼがぼ、
ジーンズびたびた…隣でお兄さんが裸足で歩いてる。正解だと思う。

『アーケードには屋根もあるし、とりあえずそこまで行けば…』

そう思ったら、こちらもこちらでまた大変。
排水口から水が溢れ出していて、中心部が巨大な水溜りと化し
歩道はさながら波打ち際のようになっていた。




数軒のお店の中まで水は入り込み、商売どころの騒ぎじゃない。
中には相方と同業のところもあったりしたため
彼は少し他人事とも思えぬ口調で『大変だよ、ありゃ。』と呟く。

食事が済んで店を出ると、すっかり水はなくなっていた。

ふと土手がどうなっているのか気になる。
雨が止んでいたら、見に行ってみようか。



2004年09月03日(金) 仕事前 仕事後。

仕事前。
ここのところ忘れかけていたワークブーツのような
スニーカーを履きたくなり、靴箱の中から引っ張り出す。
が、門から数mのところで異変に気付き
足元を見るとソールがはがれかけている。
ウレタンのような素材のソールは始末が悪くて
再び門まで戻る途中、変な粉を残しながらソール全部がはがれた。
見事靴の形そのまんまに。


仕事後。
相方も帰りが遅くて何となく真っ直ぐ帰る気もせず、
10年以上通う隣町のバーに寄り道。
とはいえ私だけでこの店へ来るのは本当に久しぶり。
たまたま開店直後だったのと、お気に入りの席が空いていたのと
(早い話、一番乗りの客だったらしい)
マスターが自転車乗りでもあるので
話をしながらバーボンをダブル+αで2杯空ける。
チェイサーを必要としないのも憶えてくれていたのが
ちょっと嬉しかった。

いくつか通ったバーはあったけれど、結局ここに戻ってしまう。
マスターだけで細々やっているからか
いつ来ても落ち着けるのは、この店だけになってしまった。




そういえばバーボン飲むのも久しぶり。





2004年09月02日(木) 忘れた夢。

午前12時半に布団にもぐって2時間後、
何かにうなされるような気がして目が醒めた。
起きてみると胸元から上が汗だくになっていて
顎からポタポタ滴り落ちてくる。

そのままじゃ寝付けそうになく、着替えて
居間でお香を焚いて音楽を聴き30分ほど経って再び眠った。

ところがまたそれから1時間半後に
同じような状態で目が醒める。
何となく変な夢を2部構成で見ていたような感じなのだが
問題なのはその内容。


…全く憶えてない。

睡眠不足云々という現実的なものよりも、
忘れた夢の内容という非現実的なものが無性に気になる。
一体、何だったんだろう?

とりあえず現実的なものへの対策として
仕事前にカフェイン剤でも飲んでおかなくちゃ。
先日それで店の棚に何度も頭をぶつけていたから。



2004年09月01日(水) 未熟者。

午前6時、相方は出勤。私は早朝ライド。

昨晩はトップの写真を取り換えたり、少し調べたいことなどを
やっているといつの間にか午前3時になっている始末。
それでも何故か走りたくなる。

いつもなら考え事をするために駆ることが多いが
今日はその真逆で、頭を空っぽにしたかった。
何も考えず、クランクを回すことだけを意識したかった。

それなのに。

『早いとこバックアップ済ませて、ノート再修理出さなきゃ』とか
『今晩は通し仕事で遅いから、軽めのお夕飯なんてどうしよう』とか
『今週末は相方もいないし、どこに行こうか』とか
『あー、そろそろ頭色入れなきゃ』とか、エトセトラ。

もう勝手に出るわ出るわ。
しまいには『何で3日間夏休み取るのに12日連続出勤なんだ?!』と
相方の会社に毒づいている。
嘗て私も勤めた場所だから分かっているはずなのに、今更。

結局駆っていた2時間は殆ど雑考に費やしてしまった。

天気次第じゃ、そろそろ日曜昼に都内を駆け回るのもいいかもしれない。
皇居周回してから青山方面に向かってもいい。
何も考えないようにするならば、公道の方がはるかに向いている。
と言うより半ば強制的に余計なことは考えられなくなる。

ンな事考えて走らせてたら、危ないからね。
単純に、それだけのこと。


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