明後日の風
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2008年07月26日(土) 前奏曲

 夏の日差しが露天風呂に差し込んでいる。
 「まぶしい」
 徹夜で車を走らせてきた僕には、なおさらだ。
 ひんやりとした休憩室の畳の上で2時間ほどの仮眠をし、目的の登山口に車を走らせる。毎年七月の最終金曜日にたどるこの林道も、今年は一日遅れの対面だ。カーブの続く道を上へ上へと攻めて行く。とんがり屋根の小屋が登山口の目印だ。

 蓼科山登山口、大河原峠。標高2000m超。
 登山口の靴紐を縛り、デイバックを背負い、そして、頭に既にトレードマークとなったタオルを巻いて蓼科山を目指す。

 歩くこと数分。
 山の向こうから、いつもの音楽隊が降りてきた。
 「会えてよかった」と、安堵感と共に、徹夜の疲れが癒えていく。

 一時間後、夏の山頂小屋にピアノの音が響いている。
 ショパンの前奏曲の音色に、登山客が1人、耳を傾けてくれている。


2008年07月21日(月) 函館の活気

 昨日、函館は夏祭りだった。
 これまで、函館というと静かな夜にしか出会ったことがなく、最終の特急「スーパー白鳥」で函館駅に降り立った僕は、この活気のある函館に少しうれしさを感じた。
 花火終了で乗客殺到、満員となった市電に揺られながら五稜郭近くのホテルにチェックイン。名物の塩ラーメンを食べて涼しい北の夜を楽しんだ。

 そして、朝。
 ホテルの窓から覗くと、やや曇りの天気。
 それでも、しっかり整備された函館駅前は観光客が溢れていた。やはり三連休最終日である。

 市場の食堂は満席状態。持ち帰り用の「うにいくら丼」を調製してもらい、駅に急ぐ。

 まもなく青函トンネルに入る。どんぶりを頂くことにしよう。



2008年07月20日(日) 津軽の夏

 北東北の日差し、というのがある。
 空気が澄んでいて、なんとも明るいのだが、少し弱めの日差しが心地よい。これが津軽の夏、なのだと思わせてくれる。

 黒石温泉郷に「温湯温泉(ぬるゆおんせん)」という文字を見つけた。
 温めの湯が好きな僕は、どうしても、この「温湯」という言葉に弱い。
 国道から枝分かれした、決して舗装が良いとは言えない温泉への道を走っていくと、駐車場があった。僕で満車。ラッキーだ。

 車を停めて、お風呂セット片手に歩いていく。
 道の両脇には湯治宿らしき簡易宿泊所が並び、いかにも
「お湯のよさ」
が伝わってくる。

 大きなこけしが目印の温泉は近代的だ。
 ちょうど町の夏祭り。温泉前の広場には出店が並び、簡易舞台ではカラオケ大会開催中。たっぷりと注がれた湯船の中にまで、カラオケの大音響が伝わってくる。
「ふぅ〜」
いいお湯だ。




 夏、真っ盛り。中学生がたむろしている。


2008年07月19日(土) 近代化の波

 電車に乗っていて気持ちよい風景というのがある。
 日本海側をひた走る羽越本線もその一つだ。
 新潟から出発した始発の「いなほ」が庄内平野に入り、遠くの鳥海山を眺めながら青い稲穂の広がる田園地帯の車窓を眺めるのがいい。

 酒田を過ぎると、めっきりと乗客が減った。
 なんとなく「コトコト」という線路のつなぎ目の音が大きくなり、ローカル色も高まってくる。ほどなく秋田に到着した。

 乗り放題のキップ。秋田からローカル線にいくつか乗ってみた。日差しが強い日。小さな駅に降りた。近代的な新しい駅舎には図書館が併設され、インターネットの端末が並んでいるのだが、使っている人はいない。町のおばさんたちが、脇のテーブルで談笑している。田舎の昼下がり、の光景に近代化の波が押し寄せているとでも言うべきか。

 外に出た。
 駅前に農協の即売所があった。みずみずしい新鮮な野菜が並んでいる。きっとうまいだろう。併設された食堂の「ランチ」という看板と格安の値段にひきづられそうになったが、既に上り電車のやってくる時間。慌ててホームに急ぐ。



 ローカル線に揺られながら、駅弁の大館名物「鶏めし」を頬張る。甘辛い鶏の味の向こうに、八郎潟の水門が見えている。 


2008年07月06日(日) ドライブの達成感

 今日はとにかく走った。車で、である。

 和歌山から加太に行き、そのままハイウェーで大阪府の貝塚へ。山を越えて和歌山県の橋本へ戻り、また山を越えて今度が奈良県の五条。そのまま北上し御所経由で奈良へ。炎天下で路面は陽炎が漂っている。
 平城京を避けるように取り付けられた国道24号線。
 昔、中学で「文化財保護の例として学習した」などと思いながら、陸橋を越えて行く。

 京田辺で「一休寺」の看板を発見した。「キリリ」とした寺や庭のたたずいまいに、隙のない明晰さが感じられる。
「久しぶりに良い寺にお参りした」
と思った。アニメの影響らしい「一休さん」の銅像は、まあ愛嬌だろう。

 東へ向かう。木津から笠置へ。木津川で大量のパーティーが水遊びに興じているのを横目に、細い山道を南下して柳生の里へ向かう。対向車が来ないことを祈るが、そうも行かず、何度かヒヤリとさせられる。更に南下し続け「針」まで到達。名物という「大くず巻」という和菓子を購入。一辺が2cmくらいはある「ぶ厚い」葛をまたしても「ぶ厚い」どら焼の皮で巻いた和菓子である。車内で頬張った。胃に満足感が広がった。




 ひたすら東へ。久しぶりの名阪国道。アップダウンの強い道は、ハイウェーというには少々力不足なのだが、少しずつ名古屋市内に伸びていったことがモータリゼーションの証人のような道でもあり、しっかりと東名までつながっている事実は、昔を知る自分には、やはり驚嘆するべきことだったりする。

 岐阜や愛知をぶらぶらし、東海環状自動車道などをしっかり走ってみた。ディナータイムには、思いがけずうまい「旭川ラーメン」も発見して、充実。

 最後は、夜の中央道だ。伊那谷で小雨に遭遇した以外は。順調。
 今日の宿をネットで見つけ、その諏訪の温泉宿に入った時には、既に日付が変わっていた。

 これだけ走ると満足する、というお話である。


2008年07月05日(土) 本州最南端へ



 リアス式海岸の続く紀伊半島にあって、この七里御浜の緩やかに続く海岸線は神々しい。
 紀伊山地から流れる熊野川の長年の作業によって、ここに丸く角のとれた石が堆積する、めずらしい海岸線を構築したという。
「ダムが作られてから、随分、海岸線が後退した」
とは、熊野に住む昔からの友人の言葉だ。

 30年あまりの間に、リアス式海岸にうねるようにつけられた細い道も随分改良された。あるところは橋が架かり、長大トンネルで一気にその困難な峠を克服していく。
 そんな中、昔から気になっていた秘湯に車を走らせた。
 
 朽ちた看板に気付かず、何度か道に迷い、やっと見つけた道も最後には狭い山道になり、
「本当にあるのか?」
と不安になった頃に、温泉の建物が現れた。確かに秘湯である。
 お世辞にもきれいとは言えないたたずまいだが、鎌倉時代から高名であるというその湯は、確かに一級品の雰囲気を醸している。
 ゴーゴーと湯が流れ落ちる小さな内湯に入ると、「硫黄の香りがある」と湯の番をしていた青年は言っていたのだが、ほぼ無色無臭の湯に入っていると、海岸線ドライブの疲れが抜けていく。確かに薬師霊泉なのだ。

 気分一新。本州最南端を目指そう。


さわ