徒然帳
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2006年06月30日(金) |
.....不動峰物語り15(テニスパラレル) |
一一一一関東大会2日目。 氷帝、立海大付属、六角中……と、ほとんどが試合を終わらせる中、最後になったのが、山吹VS不動峰戦一一一一一シングルス2は、試合中であった。
「どっちがベスト4進出なるのかなー?」 「2-1だから不動峰だろ。向うはシングルス3が部長だって話しだし、山吹の室町って聞いた事ねーからな」 「そーだな、ここで千石が勝ってもなぁ……」
問題児であったが、実力はピカイチ。あの千石を上回る能力を秘めていたと言わわれる阿久津の抜けた穴は、それほど大きかったという事だろう。せっかくシングルスの補強をして、今年は全国優勝を目指せるとも言われていただけに、惜しい。今の総合力ではやや不動峰リードというのが、周囲の見解であった。 そんな中、1人ほくそ笑むのは不動峰の副会長である。 「甘いですねぇ……」 最前列、ベンチコーチ席とは反対側の席に座って試合をみている。勿論理由はあって、あまり不動峰陣に近寄って、いらぬ勘ぐりをされるのを回避する為である。あえて副会長は反対側スタンド席の人気のない場所を選んだのだ。黒い学生服で1人座っているから傍目には目立つのだが、副会長としては不動峰関係者に見られれなければいいので、いくら注視されてもオッケーである。 不動峰の部員は極端に少ないので、コート内ベンチ周辺に見事に固まっている。その輪の中に入らなければ、かなりの確率で仲間とは思われない。 副会長は堂々と敵状視察をこなしていた。 「ふむ。さすがは千石。彼の能力一一一一動態視力一一一一はダントツですね。神尾のスピードを完全に捉えているとは……いやはや、全国区は伊達じゃないということですか……」 感心しながらパソコンを打つ副会長の手元に、ふいに影が浮き出た。 振り向かなくとも影の大きさで、誰だか判かる。 後ろに立つ人物に副会長は声をかけた。 「一一一立海大付属はいかがでした?」 すぐさま応えがか返ってきた。 「んー……まーまーだったかな」 リョーマが『まあまあ』というのなら、その実力は『そこそこ』程度。相手は昨年の優勝校立海大付属であったとしても、リョーマがそう判断を下したなら間違いはない。 「つまりはウチとほとんどレベルが変わらない……という事ですか?」 「………………今の状態ならね」 現在、立海第付属中は最強と言わしめる部長の幸村精市を欠いている。突然の病気で倒れて入院中一一一一一その穴を埋めるべく他の部員が一丸となって頑張ってはいるが、やはり幸村が居ると居ないのでは、そうとうに違うようだ。 「そんなに違いがありましたか?」 「月とスッポン一一一一今の立海はがむしゃらって感じで、一部から回りしてる選手もいるからね。精神的動揺は拭いされてないと見てイイよ」 シレッと喋ってリョーマが副会長の隣に腰をおろす。目の前の試合を一瞥すれば、神尾が苦戦を強いられているのが見えた。ジャージは着ていない。 「神尾先輩がリミッター2まで解除してもアレね……」 「千石の動態視力の高さとそれに付随している身体能力はやっかいですからね。スピード戦法の神尾とそれを見切ってしまう千石………神尾にとっては不利でしょう」 ベンチでは息も絶え絶えの神尾だ。 どんなに速攻をかけても全ての球を千石にことごとく打ち返されてしまっていた。スピードは彼の自負する武器であるだけに、そうとうなプレッシャーが、かかっているに違いない。神尾の苛立ちが、遠目からもはっきりと見える。コートを挟んだ向う側一一一一不動峰サイドは些か暗くなっていた。隣にいる山吹は、千石の活躍に声援が活気づいている一一一一一一2校の、現在置かれている状況差は大きい。 山吹は千石の試合ひとつで精神的に盛りかえしていた。 この試合は負けるかもしれない……という雰囲気が、不動峰サイドに漂っている。 「神尾先輩が負けても橘さんがいるからイイけどね」 そんなことを言ってはいるが、頬杖をついて観戦するリョーマの視線はかなり冷たい。凍えるような視線で神尾を注視しながらリョーマは、ぼそりと呟やいた。 「一一一一でも負けたらスペシャルコースに御案内」 「おやおや……ピンチですね」 もちろん神尾が、だ。
不動峰のテニス部では『恐怖の』という形容詞がつくリョーマの特訓。一部をのぞいては、必ず泣いてしまう……かなりキツイ練習であり、神尾は何度も泣かされていた。 ここで負けたら数十回目の涙をするだろう一一一。 不穏な空気を察したのか、冷気に気づいたのか………向う側ベンチから立ち上がった神尾とリョーマの視線がピタリと重なりあった途端、面白いように神尾の動きが大きく乱れた。流している汗が冷や汗に変わる。コートに戻ってゆく神尾の背中に、はっきりと不幸の固まりが見えた。 (あ!) (一一一一一げっ!!) (………居たのか…) (フフッ……これで神尾の特訓はキマリだね……こんな不甲斐ない試合を見せるなんて、オレならしないけどシングルス2にでたんだし、しかたないね……) (あっ! ああー!!) (神尾、超ヤバイじゃんかー!!) 橘と部員もリョーマに気づく。 当事者でないのに、何故か青くなる一同であった。 ※もちろん橘と伊武はべつであるが……。
その橘と伊武が神尾を呼び止めた。 「………神尾、勝たないとヤバイぞ」 「きっと特訓になるね………それも超ドSな特訓になると思うよ……。あの表情見なよ。ヤバクなってるよ……S顔満載で、神尾を見てるよ……」 「一一一一一一っ!!!!!」 二人の助言(?)にもう一度、リョーマの方へと視線を向けた神尾は逃げたくなった。首をかっ切るマネをするという、貴重な………いや、絶対に見たくなったリョーマが居たのだから。 神尾は真っ青を通り越して白くなってしまった。 (負けたら確実に殺される一一一一!!!!) 脳裏に浮かぶのは再起不能なまでの折檻のような、特訓であった。走馬灯のように脳内で流れて、神尾の神経をつっ突く。 (あ、あれだけは嫌だぁあああーーーーー!!!) 心の中で絶叫する神尾に、橘と伊武が追い詰めた。 「……神尾。リミッター全部、解除してもいいから勝て」 「………そうしないとリョーマ君の餌食………オモチャになることは間違いなしだね。まぁ……僕としては別に構わないんだけど…………オモシロイから………」 橘の助言と伊武の無責任な発言に、神尾の神経がプツッとキレタ。 怒りではない一一一恐怖でだ。
ふらふらとコートに戻り際、神尾の意識は一つしかなかった。 (一一一一一絶対に、生き残るッ!!)
怒濤の快進撃で、千石を下したのは言うまでもない。
不動峰の3回戦一一一一一準決勝戦の相手は立海第付属である。 次の強敵に供えてしばしの休憩を取っている不動峰メンバーの元へ、副会長がにこやかに訪れたが、やはりリョーマはいなかった。 彼が郊外で不動峰に接触するのは、全国大会から。その理由を知っている面々はしたり顔で、副会長の訪問を受け入れている。みんな承知しているから驚きもしないが、未だに千石との試合を1人だけ引き摺っている神尾だけは、今後の事で不安になっていた。病人のように青ざめている神尾を見て、副会長は苦笑する。 「これなら良かった」 「良かった?」 副会長の言葉に怪訝な表情をしたのは橘であった。 不調の神尾の状態を見て「良かった」という意味が判らなかったからである。橘は不思議そうに、問いかけの視線を副会長に向けた。 「何かあるのか?」 周りの部員達も自然と集まってきた。 何の話なのだろうかと、みんなが副会長を見ると、彼はゆったりとした動作で眼鏡のフレームを押し上げて、口元を吊り上げた。
「会長から伝言がありまして……」
このタイミングで、この使者。 ならば……伝言の内容に察しがついた。 橘は「そうか」と呟いただけで後は何も言わなかった。 既に予想済だ。 (たぶんあれだろう………) 橘の黙認を許可と受け止めて、副会長がおもむろに告げた。
「立海戦は温存で一一一一一負けろ………だそうです」
部員達が息を呑む中、橘の表情は揺らがなかった。 (やはりな……) リョーマの計画を遂行するなら……今、立海に勝つのはダメである。相手は昨年の優勝校だ。もし間違いでも勝ってでもしてしまったら、途端に注目度は倍増になること間違いなし。伏せていたカードがその日の内にオープンとなっしてまうのは明白である。それだけはできない選択肢であると、橘にも想像がついた。だからといって全部温存であっさりヤラレてしまっては、相手の実力差など計れなくなってしまうのではないか……。そこが橘の一番の懸念する所だったが、そんな疑問もリョーマは知っているのだろう。 (……あれは千歩先まで視ているからな) 越前リョーマという少年の凄さに、もはや疑うことすらしない橘は 全てはリョーマの筋書き通りに事は進んでいた一一一。
「…………立海大に負けても全国大会には行けるから…か」 橘の言葉に副会長も頷いた。 「温存は強制だそうです」 「あくまでもカードを伏せて臨むつもりなんだな一一一一アイツは」 「そのようですね」 眼鏡の奥でキラリと光る。 「油断させてバッサリ斬るのが一一一一会長ですからねぇ…」 その言葉に誰もが首を縦に振る。 さもありなん一一一一。
2、3話してから副会長が不自然にならないように、去っていった。 不動峰のテニス部員も立ち上がりはじめた。休憩は終わりだ。 そろそろ準決勝が始まろうとしていた。
「橘さん………」 「ああ、しかたねーけど命令だからな」 「………でも全国大会にはできるんだよね………なら、後は弾けるだけだね……フフフ……ようやくリョーマ君と一緒に試合できるよ……たのしみだなぁ……」 「伊武……まだトリップするには早すぎるぞ。立海戦終わってねーだろーが」 「そーそー。ちゃんと向う側の目を騙さなきゃないんだし」 「気合い入れてさっさと終わらせようぜ」 「でも、バレないようにしないと………オレ達が死ぬな………」 「……………」 「……………………。」 「…………………」 「………」 「………………」 「…………………」 最後の神尾の台詞に会場へと向かっていた不動峰部員の足並みが、ピタリと接着剤に張り付かれたような不自然さで止まった。橘までもが固まって立ち止まった。 それからギギギと、擬音がするかのように振り向いた一同は、発言者に無気味な笑顔を向けたのだった。
「怖ッ!! ちょっ、橘さんまで何を……ちょォ一一一一一一!!!!!!」
その後。何があったかは、神尾の名誉のために伏せておこう。
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2006年06月21日(水) |
.....不動峰物語り14(テニスパラレル) |
越前リョーマはいつものように、仕事をしていた。 生徒会は忙しい。会長職ともなれば尚更である。どこぞの学校のように全てを部下に任せて、1人寛いでいる……なんて、事はない。役員も一生懸命に働いているが、会長も働く。それが不動峰中学校、生徒会執行部である。
テニス部のコーチ兼、控え選手として登録されているリョーマであったが、見事に両立してみせているのは彼の能力も高いことさる事ながら、生徒会役員の強力なバックアップがあったからだ。 人数がギリギリで大会出場もやっとこさの状況は、リョーマが加入しても変わらない。その所為で、実力不足となってしまう弊害を考慮したリョーマは、自分の立場を有効活用して(越権乱用とも言うが…)、生徒会役員に他校のスパイをさせたりなんだりと、パシリにしていた。
生徒会役員のみならず、教師陣にも絶大な影響を持っているリョーマの命令を拒むような人は、生徒会役員にはいなかった。無論、教師達も。越前リョーマの為ならなんのその! そんな人達ばかりに不動峰中は、なってしまったからだ。 みんな「まかせてください!」と、かけてゆく。 他校のスパイをしたり、情報を流ししてもらったりと、かなり危ない集団になりつつあったが、そこは中学生なのでタカが知れている。あくまでも他校との交流や友人関係からの情報収集である(1人だけヤバイことしている者が居るが……)ので、大事には至っていない。 (……って、いうかアメリカの方がもっとヤバかったし……) つらつらとそんなことを考えながらパソコンを打っていると、生徒会室に珍しく生徒会顧問の教員が入室してきた。 「越前はいるかー?」 「何かあったんですか? 金子先生」 金子と呼ばれた生徒会顧問である教員は、越前リョーマが会長となってからは、ほとんど生徒会室には寄らなくなった。問題が山積みだった昔とは違って、今の生徒会はちゃんと機能しているからだ。リョーマの監督の元、過去から引き続いた問題のあれこれが、嘘のように片付けられてしまった。断線状態であった生徒と教師の橋渡しの役目も復活させた。 今期の生徒会は、伝説になる一一一一と、言わしめるほどだ。 「私も肩の荷が降りて大変、楽になりました。これからは生徒会に全て任せて、私はのんびりと後ろでお茶をすすってますよ」 一一一一とは、職員室でお茶をすすりながら、新聞部のインタビューに語った金子の言葉だ。最新号の校内新聞に載っている有名な記事である。 めったなことがない限りは干渉しない。 その金子が生徒会室にやってきた。 なにか問題でもあったのか一一一? そう思ったのは仕方がなかっただろう。 椅子から立ち上がって、リョーマが臨戦体勢を取る。 周囲に居た役員も、動きをぴたっと止めた。 「問題でもありましたか?」 副会長が書類を閉じて眼鏡を押し上げる。 それだけで室内の気温が3度ほど下がった。 現場の空気に圧倒されて、金子は頬を引き攣らせた。 「い、いや………そうではなくて」 怖い。 マジで怖いと金子は震えた。 背筋から冷たいものが這い上がる感覚に、生徒会の優秀さを思い知らされた金子であった。 「問題はない。……そう、テニス部の用件だから……」 そう言ったとたんに、室内は元の空気を取り戻した。 「そうでしたか、それはそれは……」 「そーいえば先生に窓口を頼んでたね」 リョーマもピンと来た。 テニス部の臨時窓口として金子先生に、他校からの連絡を取り持ってもらうのを頼んでいたと。
通常ならば顧問の居ない不動峰中テニス部では、部長である橘が全てやっていたのだが、それでは彼の練習量が減ってしまうと危惧したリョーマが打った手である。 練習試合や取材などは学校を通すのは常識である。 つまりは一度、学校に連絡を付けてから顧問→部長→部員へと回るシステムはどこも同じ。しかし今のテニス部はリョーマが仕切っている。連絡は当然、コーチであるリョーマの仕事となる。しかし生徒であるリョーマが拘われば、連絡を取った向う側が怪しむだろう。何故、部外者が? ……と。 調べれられれば越前リョーマの名前が浮かび上がる。 会長であることも。 一一一それはいい。 隠している『テニス部』との関連がバレなければだ。
どこから洩れるとも知れない過去が、リョーマにはあった。 アメリカだったからとか、1年前だったからとかは情報社会では通用しない。深く調べられれば、越前リョーマがテニスに深く関わっている人間であると知れてしまう。一一一そこから推測されたなら確実に、テニス部に目が行ってしまうだろう……。 (……できれば全国大会までは伏せておきたい) リョーマの作戦を遂行する為に、窓口に金子先生を置いたのだ。 報告は全てリョーマの元へと来るはずなのだが、実力を温存している為に、未だに他校からの練習試合などの申し込みはなかった。だからついついリョーマも忘れていたのだ。 「先生。テニス部の用件はなんですか?」 リョーマが話を振れば、汗を拭いながら金子が答えた。 「…………あ、ああ…。合同練習をしたいという申し込みだったんだけど……。」 「…………合同練習?」 訝し気にリョーマが聞き返した。 「そう。一緒にぜひ練習をしたいと……。さすがに私も聞き返したぞ。『試合じゃないのか』一一一一とな。そしたら向うは試合はこの前したので、実力は知ってます。今回は能力向上の為に……って話だったぞ」 「……………試合相手」 唸るリョーマの横で、副会長が自分のノートパソコンを開いた。 「………まぁ、有力候補なら『青学』でしょうね。確か部長の手塚が九州へ治療の為に、青春学園大付属病院へ行ったようですし、副部長の大石もいまだ怪我は完治していない。抜けたシングルス1とダブルス編成の為に、他所の学校と手合わせして試してみたい一一一一一という事でしょう。それに関東大会には敗退していますから………この申し込みは我々を思いやっての事かも知れませんね。一番確率が高い理由ですよ」 金子も大きく頷いた。 「そう! 申し込みは青学からだったよ。」 やはりねと、副部長が口元を吊り上げた。 「向うはこちら側が部員不足というのを知っているし、練習相手がほとんどいないのも知っているはずですからね。きっとこっち側にとっても利害があると思っての申し込みでしょう」 調べればあっさりと解る事だ。 不動峰中テニス部が部員不足なのも、練習相手がいないのも。 全ては生徒会がきっちりと情報規制をもうけているからなのだが、思ったよりも成果はあったようである。青学には情報に長けては凄腕の部員がいる。データの為なら苦労も惜しまないという一一一乾貞治一一一。不動峰生徒会でも要注意リストのトップに載っている人物である。 このまま接触せずに済みたかった。 「……断ったらかなり怪しい……か」 「怪しすぎますね。ウチは練習不足というのが通説ですから」 「…………………。」 「対戦したのが地区予選一一一一いくら実力を押さえてといっても彼等の変化は著しいですから、疑われる事は間違いないでしょうが、………彼等はそんなに甘くはない」 過去のデータを押さえられていると言って良い。 乾が地区予選を元に、全て揃えてしまっているだろう。 そこで今の変化を見せれば疑問に思うはず。
一一一一いつの間に、上達したのか一一一と。
そして続く。 どんな練習をしたのか? 誰を相手にしたのか一一一?
いくら何でも彼等だけでスキルアップしたとは思わないはずだ。そして行き着く疑問は、必ず一つ。不動峰中の変化には誰かが加わっている一一一と。 乾なら『越前リョーマ』に辿り着くのも簡単であろう。 副会長はその点を大きく評価している。 彼ならばやる一一一。してしまうだろうと、確信を持っている。
「会長、どうしますか?」 「……………。」
黙っていたリョーマの表情は変わらない。 いつものよに冷静なままであった。
「決まってる。実力を出せないようにするまでさ一一一一。先生、青学にはOKしといて下さい。期日は明日あたりでヨロシクお願いします」 「あ、ああ……わかった」 そう言うと、椅子から立ち上がって、リョーマはドアへと向かった。 「会長?」 「ちょっとシゴイてくるから、後ヨロシクね」 「「「「「「…………………………」」」」」
一一一一一一一シーン一一一一一一
死して屍、拾う者ナシ……… そんな言葉が生徒会室にいた全員の頭の中に浮かんだそうな。
一一一一翌日。 青学との合同練習も無事に終わり、帰りのバスの中で死んだように眠る不動峰メンバーがいた。なんとか部長である橘は意識を保っていられるのは、基礎能力の差であろう。 さすがは橘である。 だが、その橘も昨日の練習だけは生きた心地がしなかった。 いきなりリョーマがテニスコートに乱入した時は何かあったのかと思ったが、そんな心配も部員を喜々としてシゴキ始めた時には、吹っ飛んだ一一一。 いきなり……? しかもこれですか一一一一一一??!! 驚愕する部員をめった打ち。 コートに部員の死体が積まれていった……。 橘でさえ立ち上がれなかったほどの特訓だった。 朦朧とした意識の狭間で、最後に合同練習がある事も聞かされ、この地獄の特訓の意味を悟ったが……改めて橘は思った。やることなすことリョーマはブッ飛んでいる。それは何も橘1人の意見ではない。テニス部員一同、おなじであった。
確かに効果はあった。 全力でも身体が思うように動かなかったほどだ。 だが……。
「…………危なかったな……。手塚がいたらバレてたな」 あの男なら看破しただろう。 自分達の実力が、故意に隠されていると見抜かれたハズだ。 手塚が居なかったのは幸いである。 (……………越前は知ってて送りだしたな) 改めて、越前リョーマという人物に畏怖する。一一一あの存在が、強いだけではなくて、こうも見事に先を読んで手を打ってくる、あの、思考が凄い。橘は本気でそう思った。 青学が関東大会敗退したからといって、油断はしない。どこから情報が漏れるか判らない時代だ。………リョーマに手抜かりなどない。きっちりと締めるとこは締めて、あくまでも実力温存でゆくつもりなのだ。それがどこまでも本気であると、橘は実感している。 そして思い出す。 数カ月前のことを一一一一。
『なぁ、越前』 『………………なに?』 『俺達にテニスを教えてくれないか?』 『………………』 『全国に通用するテニス部にしてくれないか一一?』
無言のリョーマを見つめる橘は、決して引かなかった。 ここで断られても、何度も頼むつもりだった。 (こんなチャンスは二度とないッ!!)
『…………………』 『………………………はぁ……』 思う所があったのだろう。 リョーマ自身、テニスをまだ、捨てられなかったのだ。 あの時は知らなかった…………。
『一一一一いいよ。協力してあげる』 溜息をついて、リョーマが言った台詞に喜んだ。 次に一一一一驚いた。
『でも目標は全国優勝一一一じゃないと許さないから』
自分が手を貸すんだからと、リョーマはテニス部にそれを宣言する。 それは強制だ。
なんと次の日は特訓メニューをこしらえて来たし、生徒会あげてのバックアップなんてものも付いていた。ギリギリ人数でやっとこさテニスをやっていた不動峰テニス部の状況が、一転したものだ。 あれほど辛かった雑事を他の人間がやる事によって、練習はさらに深いものとなり、橘は己の練習に磨きをかける事ができるようになった。リョーマの指導の元に、着々と部員達はレベルを上昇させていった。 (アイツならホントにオレ達を全国まで連れて行きそうだな……) 優勝までかっ攫いそうだし一一一。
「はは……。まぁそれもオレ達次第だけどな一一一」
苦笑しながら橘は目を閉じた。 団体戦は1人が強くても仕方がない。 リョーマだけではなくて、他の部員も強くなくては勝ち抜く事など一一一ましてや優勝など一一一できやしないのだ。 その為に特訓している不動峰の目標は一一一優勝一一一である。
「2回戦は山吹……さてどーなるか……」 じんわりとした疲労感が、意識を緩めた途端に大きくなった。 (きっと明日は死んでるんだろーな……) 這いずり回るテニス部員を想像して、橘は眠りについた。
全員が乗り越して慌てるのは1時間後一一一。
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2006年06月07日(水) |
.....不動峰物語り13(テニスパラレル) |
外観は白を基調としたケーキ屋は、近所でも有名である。 ちょっと値は張るが、その価値はあるといわれて人気が高い。日替わりケーキは特に人気が高く、開店から1時間ほどで売り切れてしまうほどだ。もちろん他のケーキも絶品である。 そんな人気店にリョーマは居た。 いや一一一居るのはリョーマだけではない。 沢山の少年達がケーキ屋に居た。
数時間前一一一一一。 氷帝学園テニス部の顧問である榊太郎から渡された書類に、いくつかの不備があったのを知って連絡をしたのだが、あいにくと忙しいので取りに来て欲しいと言われたのだ。 内容がテニス関連なだけに他の役員に託すわけにはいかなかった。テニス部の部員では差し障りがあるかもしれないし、それに今は部長以下は特訓中のためにお使いに行かせる訳にはいかなかった。リョーマのスペシャルメニューをきっちりかっちり、やるには少しでも時間が惜しい。 そんなわけでリョーマが氷帝へと足を運んだのだが…、出かけた先が悪かった一一と、言うしかない。
榊に会って必要な書類を貰い、さっさと帰ろうと歩いていたリョーマは、正門でバッタリと、ぞろぞろと何処かへ出かける氷帝レギュラー陣+αと、はち合わせした。 「………………。」 「……………」 「……………あ」 「………不動峰の」 「………………。」 「…………?」 知っている者、知らない者。 それぞれの動きが止まった。 それもそのはず。氷帝の生徒でない人間が、学園内から出てきたからである。しかも職員玄関から………目敏い者は少年の手にテニス関連と書かれた封筒が目に入っていた。 お互いに無言でいる事、数秒一一一一。 行動を起こしたのは天然少年だった。 ジローが、リョーマへ飛びかかる。 「リョーマ!!」 「………………………」 バシン。 「ふぐっ……」 リョーマは懲りずに抱きしめようと来たジローを、榊から受け取った書類の束でガードした。顔面を強打したジローは、痛みでその場で蹲った。 「くぅぅーーーーー」 「ジロー……お前なぁ……」 「ホンマ、懲りんやっちゃ」 そんなジローを見て、跡部と忍足がたしなめる。 氷帝メンバーも呆れていた。 「いきなり人に抱きつくのはいけませんよ、芥川先輩」 「鳳、コイツには言ってもムダだと思うぜ。なんせジローだからな」 「でも一歩間違えれば犯罪だよね」 「コイツ、気に入れば誰でも抱き枕にするからなー」 「……………ウス」 「………………芥川先輩……」 冷たい視線がジローに落ちる。 先日の試合後の顛末を、みんな知っているからだ。 送り迎えのバスの中で、跡部が忍足と説教をしていたので、全て知られてしまっている。 「酷いよーーーリョーマァー……」 「自業自得だろ」 「せやな」 ジローを助ける者はいなかった。
「一一一一おい、越前」 「なに?」 呼ばれてリョーマが振り返った。 「ちょうどいい。付き合え」 「は……?」 かけられた言葉は不可解であった。 リョーマにとっては疑問しか浮かばない。 目の前の俺様は、会話まで俺様だった。 「アーン? なんでそんな顔してんだよ。付き合えって言ってるだけだろ」 「………………えっと………」 (付き合えって………お付き合いの事……???) ちょっとだけパニックになったリョーマである。 今までそんなブッた切りの会話をした事がないリョーマは必死で会話の意味を考えたが浮かばなかった。せめて何に付き合うかは言って欲しい。そのまま「うん」などと頷いて、交際に発展するのもイヤである。アメリカ育ちで同性からアプローチされた事があるリョーマは警戒した。 (この人なら男でもOKとか言いそうだし……) 跡部が聞いたら憤慨ものの暴言を、心の中で吐くリョーマである。 こめかみが引き攣ったのを見て、慌てて忍足がフォローした。 「跡部……前置き抜かすのは悪いクセや。そんなんや、越前にまったく判らんやろ。それで判るのは樺地ぐらいなもんやでー。それに最後の言葉はアカン。まるで交際申し込む台詞になっとるで」 「………………。」 跡部が押し黙る。 さすがに自分の会話を思い出してマズイと思ったらしい。 二人の会話でリョーマの懸念は払拭された。 あきらかにホッとした様子を見て、跡部が唸った。 「なんでそーなる………」 「跡部はバリバリの俺様やから、違和感なかったで」 「………………。」 ムッツリと不機嫌になった跡部に変わって、忍足が説明した。 「すまんなァ、越前。跡部が言いたかったのは、オレ達これからちょっと出かけるよって、それに一緒にどうかって一一一話しなんや。変な誤解させてしもーて堪忍な」 「………なるほどね」 リョーマは納得した。 ちゃんと説明しててくれば解る。 だがハタと気づいて怪訝そうに忍足を見た。 (さっきからおかしいと思ってたんだけど……) 「なんで俺の名前知ってンの? 自己紹介した覚えないんだけど」 面識はあるといっても会話はほとんどない。しかも1、2回ほどである。跡部と会ったのはストリートテニス場だ。その時にリョーマが名乗った覚えない。先日の抱きつかれ事件の時も会ったが、ジローを回収した二人はさっさと去ってしまったので、会話はほとんどなかった。 それなのに二人はリョーマをちゃんと、呼んでいる。 抱きついてきたジローにいたっては名前呼びだ。 不可解な表情をするリョーマに、忍足が笑った。 「そんなん簡単や。不動峰の生徒会長で調べたら1発やったで」 「ストリートテニス場でこっちの情報はダダ洩れだっただろー? ……あの後すっごく大変だったんだからなー!」 こけし頭(リョーマの印象では)の向日が会話に加わった。 「生徒会のパソコンがハッキングされとったって、泣いてたな」 「証拠はでてこなかったし、跡部がキレてたしで生徒会の連中、死にかけ寸前だったぜ」 「その後、何度も点検と見直しさせられて屍になっとたな」 「……………………。」 (副会長………それって犯罪だって……) ニヤリとする彼を思い浮かべたリョーマだった。 さすがにハッキングしているとは思わなかった。 あの要領良い彼が足跡を残している事はないだろう一一一。
リョーマは後ろめたさから、氷帝の連中に付き合う事となった。 そして連行されたのが、ケーキ屋というわけである。
大きなガラスドアの向う側は、ゆったりとした空間が広がっていた。 広い店内に並べられたテーブル席は10席。決して多くはないだろう。多くの客がその席目当てで並んでいる事も多い。全てが壁際のソファー席となっていて、青いソファーが居心地良さそうである。 所々にブルーのラインとゴールドの文字が施されていて、高級感が見事に演出されているケーキ屋はリョーマでも知っていた。かなり評判の高いケーキ屋で、クラスメートがなんどかその話で盛り上がっているのを知っていたし、時折生徒会に差し入れされるお菓子類の中に、その店のケーキがあったからである。 リョーマの中でも上位にランクされるほどのお気に入りであった。
中央にショーケースがあって、そこに様々なケーキが宝石のように並べられてあった。燕尾服姿のボーイが側に立っていて、希望のケーキを取って受け渡してくれるシステムになっている。 飲み物はケーキに合うように、紅茶とコーヒーしかない。でも茶葉や豆の種類は多いので、文句はでない。専門店顔負けの美味しいドリンクもその店のウリの一つである。 今日もケーキ屋は盛況で、全席お客で埋まっていた。 だが今日は客層が違う。
店を全部貸きりにしての一一一学生のみ。 制服姿の少年達で埋まっていたのだ。 やることが違う。 関東大会進出記念の打ち上げと聞いて、リョーマは遠い目をしたものである。 (ブルジョアめ……) 全てお代は跡部持ちというから二の句が告げられない。 強制連行されたリョーマは、ショーケースの前で立ち尽くしていた。
「遠慮すんな。お前にはジローが迷惑かけたからな。その詫びだ」 「…………」 「そやそや。好きなモンいっくらでも食べな勿体無いでー」 「………………。」 跡部と忍足もそれぞれケーキを片手に席についてゆく。 リョーマはもうどーでもいいやと、かなり投げやりになっていた。 その投げやりの原因の一端である存在を見て、リョーマは更に深く溜息をついた。
「一一一一一なんで、副会長がいるのさ」 「美味しそうですね」 ニコリと笑って、当たり前ののようにケーキを物色している副会長が居た。 いつの間に……である。 ケーキ屋に連れられたリョーマは、何喰わぬ顔でケーキを選んでいる副会長をみて絶句したものだ。 「しかも食べる気満々だし一一」 「遠慮するのは支出してくれるスポンサーに悪いと思いますよ。ガッツリ食べて支払いの醍醐味を味合わせて差し上げるのが、招かれた私達の使命一一一会長も乗ってあげませんと」 「…………………。」 一一一どんな解釈だと、ツッコミたい。 最近、とみに言動がおかしくなってきている副会長であった。
「レアとベイクド、ニューヨーク、スフレが一般的ですが、抹茶、豆乳、ベリーとチーズケーキにしては珍しいのが揃ってますね……」 眼鏡を押し上げるポーズで、つらつらと説明をする副会長にリョーマは呆れてしまう。なんでそんなに知っているんだと疑問が浮かぶが、どうせ聞いても「秘密です」とかお決まりの言葉ではぐらかされるのは判りきっていたので、いちいち聞くのも面倒臭い。 ………が、やはり気になるリョーマであった。 「………詳しすぎるよ、副会長……」 「お店のお薦めはロールケーキとレモンパイみたいですね」 ショーケースの中でも一段と高い位置に展示されていて、説明書きに『店長お薦め』の文字が踊っている。その所為か、残りは少ない。1日に3回しかお店に並ばないので、かなりの人気をはくしている定番と言ってよい。周りの学生達も切り分けてもらっている姿を度々、見かけている。 お店に飛び込んで、ガツガツとケーキを食べる少年達の姿はちょっと異様であった。 慣れた調子で何度もおかわりする少年もいる。 ある意味一一一一目に痛い光景である。 そんな光景の中に組み込まれたリョーマは、貸し切りで良かったと本気で思ったそうな。
「私のお薦めは、ロールケーキですね。ふんだんに使われた果物が美味しいですよ。こってりいきたいならザッハトルテかティラミス。生チョコをこれでもかと使ったチョコレートケーキもアリですね。スタンダードならショートケーキ。店の格はこれで解るといいますから、試してみるのもいいのでは? ちなみにさっぱり目なら洋梨タルトかレモンパイをお薦めしますね。洋梨は果物の甘さをきじゅんにしてあるので、甘さが押さえめになってますよ」 「………………」 「ミルクレープも程よい甘さですし、クリームが苦手ならメープルシフォンか抹茶シフォンのクリーム抜きなんてのもありますから迷いますねー」 「………………。」 (凄く嬉しそうだ……) 知識だけではなくて、本当にケーキ好きなのだろう。 ウキウキしている彼は5個ほど選んで受け取っていた。 「会長はどれにします? 迷っているならば目ぼしいものだけ取って、おかわりすればイイですからね」 (おかわりする気満々なんだ…) 「……………はぁ……」 リョーマが渋々と選んだのは2つ。 アップルパイとロールケーキにアイスティーを付けて受け取った。
何故、どうしては忘れておこう。 考えたって無駄だから。 リョーマはケーキを食べる事にした。 パクリ。 「…………美味しい」 「良かったですね」 「うん」 「私のも食べてみますか?」 「………………」 副会長の勧めにリョーマはケーキ皿を見る。 彼が選んだのは5つだが、すでに2つしか残っていなかった。 ミルフィーユとモンブラン一一一一特に渋皮栗を使ったモンブランに、リョーマの視線が止まった。振り返って遠めにショーケースを見るが、それらしきものは見あたらなかった。 「人気のケーキだったようですね」 リョーマの視線を読み取って、副会長が苦笑する。 一口サイズに切ってフォークに刺してかかげると、リョーマはパクリと食いついてきた。 「美味しいでしょ?」 「……………あんまり甘くなくて、食べやすい」 評価は上々のようだ。 もう一口だけ切ってあげると、リョーマはまたもや食いついた。
一同、呆然である。 リョーマと副会長の様子は、どこかのバカップルのようであった。 さすがに同じ氷帝同士でもそんな事はしない一一一いや、したら変だろうし、したくない。やるからには可愛い女の子としたいのが本望だ。 しかし、みんながみんなそんな意見を持っているわけではない。 一緒の席にいた忍足が、面白そうに、なんとなくケーキを差し出してみた。 「これも美味しいで」 「………………」 パクリ。 リョーマは食いついた。 「…………ちょっと甘過ぎ」 「さよか。ならコレはどうや」 パクリ。 今度は良かったようで、頷いている。 その仕種が可愛いかった。 (なんや、ヒナの餌付けしとるみたいや……) その様子をみていた跡部もやはり普通ではなかった。 「………………。」 忍足のケーキに食いつくほど、そんなにケーキが好きなのかと思った跡部も、自分のケーキを一口切って差し出してみる。やっぱり、リョーマは食いついた。 「…………いける」 (……ヒナみてぇ……) 二人ともリョーマに抱く印象は一緒だった。 なんだか面白くなって、自分が食べるよりもリョーマにあげる方が多くなっていた。 「これもやる」 「こっちのも美味しいで」
これを見ていた隣の席から文句が上がった。 勿論、天然少年だ。 「ずるい! ずるい! オレも……っ!」 ケーキ皿を持って隣に移ろうとするも、ムンズと樺地に背中を捕まえられて、ジローは元の席に戻された。何度も隣の席へ行こうと試みるが、樺地の腕力から逃げる事は出来なかった。 「ずるいCーー!!」 「煩いぞ、ジロー。一一一一一大人しくケーキ喰ってろ。ちなみにこっちに来たらペナルティ付けるからな」 「諦めや。お前さん迷惑かけてもうたがな。罰や、罰」 「そ、そんなぁーー……」 シクシクとうなだれるジローを助ける者はいなかった。
こうしてリョーマの1日はケーキ三昧で終わった。 ちなみに副会長が何故ケーキ屋(しかも氷帝の貸きり現場)に居るかは解らずじまいのままだったとか。
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2006年06月06日(火) |
.....不動峰物語り12(テニスパラレル) |
控え選手によるシングルスは、氷帝の勝利で終わった。 流石に選手層の厚い氷帝学園というよりは……青学の方の選手がイマイチ能力的にズバ抜けている選手がいなかった事が敗因である。今年の青学は、新入生に恵まれなかったようである。
「予想通り、氷帝が来たな」 「でもあの試合………手塚の怪我がなければ勝負はわからなかったな。」 「氷帝の切り札か……すげぇな。要チェックだ」
会場の囁きを冷徹な眼差しでリョーマは眺めていた。 隣の副会長は嬉しそうである。 それはそうだ。彼の仕事である偵察としては収穫は大きかった。 「氷帝も甘いですね一一一一一こんなところで切り札を見せてしまうとは、まだまだ。それとも他に切り札たる存在でもあるんでしょうか?」 「さぁ……? あそこは部員数が半端じゃないから、あんがいとあるかもね。でもウチには負けるでしょ」 副会長もその点ではリョーマに同意している。 「最大級の切り札が居ますからね」 ふふふと笑った副会長は、パソコンを手早く片付けはじめた。 青学と氷帝の長引いた試合が尾を引いて、第2試合は一週間後に日時を変更する事となり、他の生徒達も切り上げて帰宅の途につくこととなった。初っ端から波瀾含みである。 まばらになった観戦スタンドにいまだ座るリョーマと副会長に声がかかる。 「お、ここに居たか」 橘が二人を見つけて寄ってきた。 後ろには不動峰の面々一一一一黒いジャージ集団は酷く目立った。しかし、周囲の意識が彼等に向く事はないかった。集団で集まっていても無名校なだけに注目度は低いのが幸いして、ほとんどが不動峰という中学をマークしていなかった。まさにラッキー。リョーマ立案の目くらまし作戦は大成功である。
青学と氷帝という2大中学の試合は、注目度が高かった。それもそのはずで、周りには立海、山吹、六角中など強豪が揃いも揃って見に来ていたほどの、注目度ナンバー1。一一一一その事もあって青学と氷帝は、前よりも有名になってしまった。 特に手塚と跡部の試合はテニス史に残るほどの偉業になったに違いない。 この先何年も語り継がれるであろう……。 伝説とまで言われる試合が、二人の立て役者が、一一一一あらゆる要素が不動峰を押し隠した。 注目されないのも当然だ。これほど目を引く素材があるのだから他に目を向ける要素がない。
不動峰の部員が堂々と歩いていても、まったく噂になっていなかった。 リョーマの思惑通りである。 普段なら目立つ集団である不動峰が、このテニス会場では目立つ事はなかった。 「それもこれも青学と氷帝のおかげだね」と、リョーマがにんまりと笑った。
「橘先輩達も見てたんだね、最後のシングルス」 「ああ。氷帝の切り札一一一一見たぜ。面白いのが出たって感じだな」 テニスの形を打ち破ったあのスタイルに、一度は手合わせしてみたいものだと、橘が興味深気に言った。 「気持ちは判るけどね」 「…………興味あるのか?」 橘は驚いてリョーマ見つめた。 今までどんなテニスにも反応しなかった彼の言葉の変化に、橘は心底驚いたのだ。 「お前が一一一一か?」 思わず唸ってしまった。 テニスに関して複雑なものを抱えているリョーマであると知っている橘だけに、過剰に反応してしまった。 (氷帝の日吉は確かに強いが、それでもレギュラーレベルにはまだ遠い……) リョーマが興味をもつには些か相手が未熟なのではと、思ったのだ。 確かに氷帝の次代を背負うのは彼だろう事は、見て判る。 だが、実力に関してはイマイチ。パッと飛び抜けてとは言い難い。 (あの跡部と比べちまうからな……どうしても) 日吉は全国区レベルにはまだ到達していなかった。
先買いはありえない。 リョーマはその時、それ相応の実力を持っていなければ意味がないと、一一一一相手に興味すら持ちはしないのだから。相対して始めて見える、リョーマの本心であった。 だから日吉に興味を示したのは以外とsぢか言い様がなかった。 「何それ。その反応…不可解なんだけど……」 橘のあまりの反応に、リョーマは半眼で睨むと、周りが咽せた。 「一一一一一失礼な」 増々リョーマは、ムッとした。
「す、すまねぇな……」 「ごほっ……ぐふっ……」 神尾と石田は、完璧に肩が震えている。笑っているのが一目瞭然である。流石なのは、橘と伊武だ。鉄面皮と陰口言われる彼等は笑うような失態はしない。報復があるのをちゃんと知っているからだ。 油断しては命取り一一一それが不動峰の不文律である。 越前リョーマの反撃は倍返し。 神尾と石田は、それを忘れていた………。
「………ふぅん………帰ったら特訓追加してやる……」 ボソリと呟かれたのを二人が、聞くことはなかった。 アーメン。
「いたいたぁーーーーー!」 「うわっ……!!」 歓喜の声と、驚愕の声が交差した。 試合が終わっての帰り道、各校のテニス部員が帰宅に着こうと、会場を後にした時にそれは起こった。 「一一一一一一一一」 一同、呆然。 当事者であるリョーマ以外の生徒達は、いきなりの出来事に反応できなかった。
少し後ろを歩いていたリョーマは、副会長と橘の3人で今後の練習について話し合ったいた。話すといっても「これこれこうしたい…」とか「こんな訓練を取り入れたい」というメニューの希望をリョーマが聞いてただけであるが……。練習内容を100%決めているのはリョーマであったが、それは最終的という意味で、決める前には、ちゃんと部長である橘の意見や、副会長が持っている情報などを取り入れて参考にしていた。 そんなこんなで、今日も珍しい練習方法を手に入れた副会長の情報を三人で話し合っていたところだった。
隣を歩いていた小柄な姿が、一瞬で消えた。 と、思ったら一一一リョーマは地面に押しつぶされていた。 天然パーマの少年に抱きつかれながら一一。 リョーマを地面に押しつぶしているのは、先ほど試合していた氷帝学園のレギュラー、芥川慈郎一一一彼はリョーマを抱きしめてヘラヘラと笑っている。 「…………(怒)」 抱きしめられているリョーマは、あえて無言を貫いた。
「これはこれは」 「………………………。」 素早く立ち直ったのは副会長である。 さすがはリョーマの懐刀一一一不動峰副会長だ。どんな事態にも即座に対応できる能力は、ピカいちである。迅速対応をモットーな彼の復活は速かった。 しかし、それと同時に彼のもう一つの顔が浮かび上がってくる。眼鏡を押し上げて、面白そうにリョーマを見下ろしている表情は、まさに性格の悪さを垣間見せた。助けない所がいかにも彼らしい……。 それでも越前シンパですか? という声は聞こえていないようだった。
副会長の次に立ち直った橘は、当然と言うか無言を突き通した。 トバッチリは御免こうむりたい一一一一関わり合いたくないからそ知らぬフリを通そうとするも、失敗。見知らぬ少年に押し倒されて、額をおもいっきりぶつけたのか、リョーマの額は真っ赤になっていた。その痛そうな表情に、橘はうっかり手を出してしまった。 人のよい橘ならでは。彼は、慌ててリョーマを芥川ごと立ち上がらせた。 「おい、大丈夫か?」 「…………………(ダイジョウブに見えんの?)」 目は口ほどにものを言った。 怒りの眼差しが恐ろしい……。 ヘタなことを言えば、こっちがヤラレる! 誰だって自分が大事だ。つまらない事で不等な怒りをぶつけられるのはゴメンとばかりに、橘はあっさりとリョーマに話し掛けるのをやめて、芥川の方に向くことにした。 (触らぬリョーマに祟りナシ一一一) 「…………お前……氷帝の芥川だったな。越前を離してくれないか?」 「嫌だCー!!」 一一一一橘、撃沈。 まったく話にならなかった。
頼みの副会長は、いぜんとして仲裁する気はないようである。 喜々とした表情で、事の成りゆきを (頼りにならないじゃんかー) リョーマの内心書の橘と副会長の評価は、もちろんガタ落ちである。 イライラ気味のリョーマにニコニコの芥川が声をかけた。 「なっ、なっ、名前なんてゆーの?」 「………………………」 「オ、オレ。芥川慈郎! みんなジローって呼んでるからそう呼んでくれると嬉Cーな!! ね、ね、お近づきの印に教えてよ!!」 「…………………………………。」 「今度一緒に昼寝しよう! Eー場所知ってるんだ!!」 「…………………………………………………………。」 誰か何とかしろ。 リョーマの視線が周囲に向けられたが、不動峰連中は未だに思考が何処かにブッ跳んでいるようで、使い物にならなかった。橘も無理だろう。副会長にいたっては、助ける気さえない。めったにない事態に面白がっているようなので、後で仕返ししようと心に決めてリョーマは他を探した。 とにかく離して欲しい一一一切実な願いである。 (重いんだよ!!) そんなリョーマを神様は見捨ててなかった一一一。
「ジロー! てめぇ、何してやがるっ!!」 一一一一鋭い一喝が飛んできた。
氷帝の跡部と忍足が走ってきて、二人がかりでジローをリョーマから引き離す。不承不承の様子のジローは隙あらばと逃げる算段をするが、跡部が手を打つ方が速かった。ジローの脳天に踵落としを喰らわせて、有無を言わさずに強制退場させたのは凄い。一番近くにいたリョーマはあっけに取られるほどだった。気絶したジローを忍足は後から来た樺地に担がせて、一安心と、二人が息をつくのをリョーマは見ていた。 一一一こう言っちゃなんだけど、普段のオレ様らしさが霞んで見える。 あの余裕はどこにいったんだろう。欠片も見えなかった。
「どこに行ったかと思えば……ナンパかいな」 「目を離せばこれだからイヤなんだよ、お守りは」 「しょーがないやん。跡部は部長さんやし」 「くそっ………」 呆れて肩を竦める忍足と苦虫を噛み潰した跡部である。 彼等氷帝も帰りだったのだろう。だがメンバーが居ないことを知って慌てて探しにきたら、人様に迷惑をかけまくっている部員に跡部がキレた………らしい。 その辺をはしょりなら忍足がフォローした。 「ホンマ、えろぅスマンかったな」 「迷惑かけた。一一一コレはちゃんと躾けておくから、絶対に」 いかにも王様な態度の跡部らしい謝罪である。 忍足も苦笑しながら降参のポーズをした。 「堪忍な」 「…………………あ、うん」 リョーマとしては解放されたのなら文句はない。一一一ぶっちゃけ、どうでもいいのだ。あの、お騒がせ天然少年に合う事がなければ………。樺地に回収されて(手荷物のように)連れて行かれるのを眺めて、どこかホッとしたリョーマであった。 (あれ、苦手なだよね……) 午前中の寝込み事件が尾を引いているリョーマは、芥川慈郎にバリバリの警戒心を抱いていた。あの一見、天然ほわほわ系に見えるところが厄介なのだと知っている。けれどそれは見せ掛けだけで、実はしつこさは青学のマムシと張るほどであると、………身をもって体験したリョーマは、二度と会いたくないと思っていたのだ。 それなのに向うから呼んでないのに、やってきた。 一一一一なんで? 一一一一どうして?! ………である。 実に厄介な出来事に頭が痛くなった。 「はぁ………」 リョーマの溜息は深い。 その態度に跡部が眉を寄せた。 リョーマの表情は、初めてにしてはらしくないものであった。普通、あんな事一一一一押し倒されて抱きつかれた一一一一なら、もっと態度は違ったものになったはずだ。例えば喰ってかかるとか……色々あるが、リョーマの反応はちょっと違った。
おかしい一一一一。 初対面の反応ではない。 鋭い眼力で見抜いた跡部が、疑問をリョーマに投げかけてみた。
「アーン? お前、アイツ……ジローと知り合いだったか?」 跡部の問いかけに、今度はリョーマが苦虫を噛み潰した。 「はぁ……ちょっとね。…………午前中にちょっと眠ってたら、いつの間にか抱き枕にされて離して貰えなかったんだよ。もう、一一一一一試合は見逃すし、ルドルフのヤツらには醜態を見られるし一一一一あの、樺地って人が来なかったらあのままかと思うと……、ホントイヤになる出来事だったから……」 リョーマの端切れが悪い。 相当、疲れてしまったようだ。 「ははぁ……なるほど。彼が不機嫌の原因ですか一一一」 ニンマリとするのは、この場を楽しんでいる副会長である。 イイものが見れたと、1人でかなり上機嫌だった。 「二度とゴメンだったのに一一一」 ((ジロー!!)) 事の顛末を聞いた跡部と忍足が再び謝る。 「わりぃな」 「ほんま、堪忍な」 謝罪しながら、二人の頭の中は一緒だった。
((一一一後で荒いざらい吐かせて、シメる!!))
その後、ジローはこってり絞られたそうな。
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2006年06月05日(月) |
.....不動峰物語り11(テニスパラレル) |
青学VS氷帝のシングルス1。 頂上決戦と後に呼ばれる試合に、ぞくぞくと他の中学が集まってきた。 「おい見ろよ、奴ら……………」 「第3シード、千葉県代表、六角中ーっ!!」 「いや、それだけじゃねぇ!! 各校がぞくぞくとこのコートに集結してるぞ!!」 「あ、ああ……」 「王者、立海第付属も来ている!!」 ざわめく周囲をよそに、試合が終わった強豪校が、青学と氷帝の試合会場に足を運んでくる。それだけ見逃せない試合という事なのか……ダントツの注目度である。 それぞれ思惑はあるだろうが……この両校を意識しているのは確かだ。
「凄いねー」 「全国区同士の戦いですからこれからもっと、観客は増えるでしょう」 「ふぅん……見物だね……………っていうか、あの登場シーンだけでも凄いよ。絶対に真似できないパフォーマンスだね」 リョーマが呆れた。 ぐるりとコートを囲んだ氷帝のテニス部の『名物、氷帝コール』が、跡部の指揮の元繰り出されている。ド派手な演出に少々、リョーマは辟易している。 「あんなの相手にしたくない……」 「でも実力はありますよ?」 「………………むぅ」 悩みどころだ。 バッとジャージを高らかに脱ぎ捨てて、跡部はポーズまで決めている。 それを見た観客……いやいや、氷帝軍団が歓声に湧いた。 対戦相手の手塚は慣れっこなようで、気にしたふうもない。 (………………オレが気にしすぎ?) 周囲を見れば、他校もあまり驚いてなさげだ。
リョーマが真剣に悩む。 ちょっと手を出してみたかったが、アレをされたら堪らない。 ヤル気急降下、テンションだだ滑りになること受け合いだ。どうせなら気分良くテニスしたい一一一一が、モットーのリョーマである。プレイ中なら気にならないだろうが……これを最初にヤラレると、かなり精神がヤバイ事になるだろう。 「………………ああゆうものだと割り切れば良いのでは?」 「……………………。」 渋い表情のリョーマであった。 よっぽど嫌なのだろう。
そうこうするうちに、試合は開始された。 跡部のサーブで始まった試合は、息をつかせぬものだった。 共に身体能力がズバ抜けているのが解る一一一一パワーもテクニックも上級である。今までの試合と比べられないほどに、二人の試合は高度なものであった。 誰もが二人の試合に釘付けになって目が放せないでいた。
しばらく無言だったが、リョーマが小さく呟いた。 聞こえるか聞こえないかのギリギリの声に反応したのは、当然副会長であった。 「………………この試合、長引くよ」 確信に満ちた声である。 視線を前に向けたまま、リョーマは言った。 「あの手塚って人、肩に負担をかけるようなフォームしている……。敵はそれに気がついているし、悪い事に本人は気づいていない…………無意識だと思う。」 「そういえば青学の手塚は1年の時に部内の問題で腕を負傷したのがきっかけで、ヒジを痛めてしまったというデータがありましたね。でも治療を続けていたとう情報もありますし、完治してなかったのでしょうか?」 副会長が手塚のデータを引き出しながら、疑問を浮かべた。 「一応、完治しているとの医者の診断書はありますが……」 「なんで診断書のデータがそこにあるのかは聞かないけど一一一そうじゃないよ。完治した場所じゃなくて、ヒジを庇う為に、肩に負担がかかっているってこと。長時間続けるなら危ないね」 「……………………。」 疑う余地はない。 テニスに関しては、リョーマの言い分に嘘はない。 眼力ではあの跡部と張るほどなのだ一一一越前リョーマは。 「無論、長引かせるんだろーね。あのキザ男は」 「一一一一一真剣勝負ですからね。どちらにとっても」 「そう、青学の部長さん………俺の予想ならこの試合を降りることはない………って目をしてる。この試合で決着をつけるつもりなら一一一一いや、もう覚悟してる。彼は持久戦に挑むことに決めたようだね」
揺るがない意志がそこにはあった。 跡部の仕掛けた罠に、手塚はあえて挑むつもりだ。
「さすがは部長対決一一一」
一方、一一一一不動峰VS糸車 ストレートで下して不動峰は勝ち抜けた。 勿論、リョーマ厳命の『3割』での勝利である。
「橘さん。まだ青学と氷帝の試合は決着が着いてないそうです!」 「………長引いているんだな」 「何でもタイブレーク突入したけど、決着ついてないとか………通りがかりの連中が噂してます!」 「…………ふぅん………長いのがイイってわけでもないよね………」 「どうします? 部長」 「やぱっり、気になりますよね……」 そんなに長引いているのなら、2回戦は持ち越しになるだろうと、橘は予想した。シングルス3で棄権になったなら試合の構成上、控え選手の対決になるからだ。 「向うには会長と副会長が行ってるのか……」 自分達の試合は他の生徒会役員が撮影していたのを知っている。手を抜いても楽勝と、御墨付きをリョーマに貰ったので、なおさら彼がこの試合を見る事はない。
次の試合を見越して立海大一一一一を偵察するだろうと思っていた橘だったが、前日にリョーマは何故か「必要ない」と言い切った。 あそこは要の部長が急病で倒れたために、それを補う為の団結力と実力が急上昇中途という当然の評価であったが、リョーマだけは首を振らなかった。 (……………。) もしかしたらわざと負けるかも知れないという予想がある。 2回戦の山吹に勝てば、その案もありえる。 全国大会までは、リョーマは不動峰の実力を、とことん温存する気なのを橘は知っている。その理由も……。押し黙っってしまった橘を、部員は不思議そうに見ていた。
「橘さん?」 神尾が呼ぶと、橘は少しばかり苦笑を浮かべた。 「……いや、悪い。そうだな見てみるか。青学と氷帝の補欠が誰なのかは興味あるからな」 橘の一言で、不動峰が動く。 青学と氷帝の試合会場へと足を向けたのだった。
『ゲームセット。ウォンバイ氷帝学園、跡部!! ゲームカウント7-6!!』 部長同士の頂上決戦の軍配は、氷帝学園に上がった。 これで2勝2敗一一一1無効試合。
予想もしてなかった事態に、会場は興奮気味に荒れた。 もっとも一部の人間は、予想通り一一一。
観戦スタンドのこちら。 不動峰の偵察部隊(笑)一一会長と副会長は、いたって冷静である。
「………同じレベルで戦える相手がいるってのはイイね」 リョーマは独り言のように呟いた。 「この試合はお互いに最高のものとなったはずだよ。実力差があったら絶対にできない試合内容一一一一一いつでもあるようなものじゃないからね。跡部も手塚も悔いはないはずだよ。まぁ……あるとしたら跡部の方だろうし……」 「手塚が棄権するか否かって場面がありましたが、その時の彼の表情は不本意そうでした。…………最初は肩を壊す気満々に見えましたが、途中から如実に変化してましたね」 「うん。誰だって最高の試合ができるのなら一一一そうなる」
最初から何の拘わりもなく、戦いたい一一一。 無二の試合なら尚更だ。
「羨ましい……」 リョーマは目を細めて、寂しそうな口調で言った。 そこに込められた感情がどれほどなのか一一一誰も知らない。
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2006年06月04日(日) |
.....不動峰物語り10(テニスパラレル) |
「えぇーと………」 リョーマは困っていた。 ただ、ただ困り果てていた。 「………なんでこうなったのか……」 むうっ…と考えてみるが思い付かない。 いつの間にかこうなっていたと、いうしかないのだ。 まったくもって不可思議な事に……リョーマにはとんと覚えがなかった。
どんなって、こうだ。 見覚えのないクセッ毛頭の少年が、リョーマに抱きついていた。 抱き枕よろしくしがみついていて、身動きが全くもって取れない事に、リョーマはちょっとだけ泣きたくなった。 「わ、ワケわかンないし………うぐっ……」 ズシッと、重くなった圧力にリョーマは呻く。 1人分の体重がこんなに重いとは思わなかったリョーマである。 (……………くそっ……重い……) なんとか自分の身体の上に乗っているモノを、落とそうと頑張ってみた。リョーマいわく少年・A(名前を知らないから)を振り落とす為に身体を揺すってみた。だがどんな仕組みなのか、しっかりとへばりついてて離れない。 業を煮やしたリョーマがキレて、怒鳴ってみたが効果なし。起きる気配もなかった。ちょっと問題あるかもしれないが、噛みついてもみたのだ……。 しかし、敵はしぶとかった。 すやすやと眠りこける姿に、本気で怒りが湧いた。
腰をガッチリホールドされているリョーマの姿は少しばかり間抜けである。人通りの離れた木陰にいるからいいものの、絶対に人には見られたくない姿であった。 そもそもお目当ては関東大会の第一試合、青学VS氷帝の因縁の対決を見るためだった。 現場に早く着きすぎて、ちょっと……いやうっかり眠ってしまったのは自分の所為である。だが……誰が想像できようと言うのか。目が覚めたら見知らぬ人間に抱きつかれていただなんて……。 しかも相手の少年は氷帝のジャージを着ている。 慌てて少年・Aを起こそうとしたのだが、叩いてもかじってもダメだったので、お手上げとばかりにリョーマは深い溜息を洩らしていた。 「………ホントにどーすんのさ、コレ」 きっと試合は始まっているだろう……。 (まぁ、レギュラーがこんなとこに居るわけないだろーからいいけどさ……) 引っ付かれているだけも暑いのに、晴天の眩しさが一段と強くなってきた空模様に眉を顰めたリョーマは、そろそろ移動したいと切に願った一一一一。
「おい、裕太。青学はどこだーね?」 「柳沢先輩、あっちから声が……」
その願いが通じたのかどうかはしらないが……、二人の少年が自分達の方にやってきた。 (この姿を見られるのは恥ずかしいけど、このままは嫌だ……) ちょっぴし涙目のリョーマは、現れた助けに複雑な感謝をした。 「うわっ…うっ!」 ちょうど少年・Aの足に、転ぶようなかたりで彼等は現れた。 ぶつかった衝撃だろう、ムクリと少年・Aが起き上がる。 「スミマ……!」 「………………………」 寝ぼけ眼で、反応は鈍いが、リョーマにとってはチャンスであった。 「た、助かっ………」 「あー……。ぐーーー………」 「おい……ちょっと、一一一ぐはっ!!」 そろりと逃げようとしたリョーマを抱きしめて、再び少年・Aは寝はじめる。 普通は気づくだろう。 いや、気づいているだろ。 「アンタ絶対、起きてんだろッーーー!!!」 リョーマの叫びは切実だ。 「ちょっと、アンタ達! 見てないで助けてくれっ!!」 「え?」 「一一一いや、お前……氷帝の人間じゃないのか……?」 裕太の疑問ももっともである。 少年・Aとリョーマは実に仲良さそうに見えたからだ。 ……っつうか、抱きしめられてるんだから、そう思わないほうが展開的におかしい。 「違うってッ!!」 目を丸くしてリョーマは思いっきり否定した。 だいたいリョーマは制服姿(ガクラン)である。それだけでもブレザーの氷帝とは大違いだ。 「寝込みを襲われてこうなった、だけだー!!」 それもどうかと思う……。 裕太の心のツッコミであった。
「…………はぁ……」 スタンド席に座り込んで溜息を吐く珍しいリョーマの姿に、副会長が打ち込んでいるパソコンから顔を上げて振り向いた。 「ずいぶんお疲れのようですね」 「…………はぁ」 ズバリ見たままの感想を言う副会長に、視線だけでリョーマは答えた。 今は何も聞かないでくれ……と。 何やらあったらしい一一一。 待ち合わせ場所に時間になっても来なかったので、副会長は試合会場へ1人で向かった。もちろん偵察のためである。リョーマが来なくても副会長の仕事は決まっている。青学と氷帝のデータ採取である。 リョーマの命令の元、優先順位が厳命されていたからだ。 そうでなければいかに副会長といえども、こんなことは絶対にしないと断言する。 これ以上聞くのは不味いと感じた副会長は、リョーマの機嫌が急降下する前に話題を転換した。へたに踏んでやぶ蛇にはなりたくはないのは、副会長でも一緒だ。
「結構、おもしろかったですよ。ダブルス2試合とも曲者揃いでしたからね一一一撮影のほうはバッチリですから後で楽しんで下さい」 「………くそっ…………ナマが一番、面白いのに……」 その場で見るのと見ないのとでは面白味が違う。 撮影したものでは一方的な視点からでしか見れないが、その場所にいればテニスプレイヤーとして、色々な点から見えるから問題点も浮き彫りになり易いのだ。 それがどんなに違うかは、リョーマは知っていた。 欲をいえば対戦すればもっとよく見える一一一。 実際に練習試合をしてみたい所だったが、実力を伏せている不動峰では、それは今のところ却下案となっている。案を提示した本人が破るわけにはいかないので、今のところは大人しくしているリョーマであった。(と言っても阿久津とかに手を出しているのだが……) 「一一で、シングルスは面白いかな?」 不機嫌を押し殺して、リョーマは目先の試合に意識を集中した。 この目で見るのがリョーマの仕事だからだ。 「シングルス3は、氷帝・樺地崇弘VS青学・河村隆一一一一この二人ならパワー勝負になるところでしょうが……厄介なのは氷帝の樺地は対戦相手によってプレースタイルが変わるプレーヤーですから単なるパワー勝負とは言えないでしょう」 「5位決定戦でのアレか………」 不動峰中生徒会は実に優秀であった。 5位決定戦の試合はちゃんと偵察済である。ビデオ撮影された対ルドルフ戦を見たが、そこには樺地の驚異的な能力が映されていた。 「一一一一アレをされると大抵の相手は驚愕して、そのままドツボになるかもね」 「かもねじゃなくて、なりますよ。自分相手が敵となるワケですからね一一快心の一撃をそのまま返されるだけではなく、パワーを上乗せして返されるから厄介ですよ」 副会長は、事前の調査で氷帝の樺地には要チェックが付けている。 だがリョーマの評価はそれほどではない。 むしろ………。 「どっちかって言えば、オレはあの部長さんを推薦するけど」 過去の跡部圭吾の情報を集めた結果である一一一。 リョーマは樺地よりも跡部を警戒した。 「ちなみの青学の部長さんも、…本調子なら要注意だね」 「………………。」 クイッと眼鏡を押し上げた副会長は、再びパソコンを打ち始めた。
「両者試合続行不可能により………シングルス3、無効試合!!」 高らかに宣言された。 相手の技をコピーする習性を利用して、片手の波動球という負担が大きい技に挑んだ河村と、それを受けて立った樺地の勝負は、お互いの腕がラケットを持てなくなった事によって、中止となった。 パワー勝負に見えた試合は、河村の自己犠牲を厭わない戦法により、同点一一一一それによりシングルス2の試合が始まろうとしていた。
「次は注目株ですよ。天才と天然対決とでも言いますか……」 「天才は判るけど……天然って、なに?」 「フフフ……見ればわかります。あれが天然プレーヤーの芥川慈郎ですよ。会長」 コート内に寝ぼけ眼の少年がいた。 「………………………………………………………………。」 消える魔球を打つ天才・不二周助の技にはしゃぐ少年がいた。 あの、自分を押しつぶした少年だ。 「…………………………………アノヤロウ」 ボソリと呟いた声は、限り無く低かった。 機嫌の悪さの理由が判明した瞬間である。 リョーマの怒りの鉾先は、完璧にたった1人に注がれている。 確かに両名とも試合会場にはいなかっただけに、真実味があった。あのぼんやりとした氷帝の選手が、リョーマに何かするかして、地雷を踏んだのであろう…。 何をしたんだか。 知りたくはない一一一一。
不二に遊ばれて負けた芥川を見て、リョーマがぼそりと呟いたのを、隣にいた副会長だけが聞いた。 「………ザマアミロ………」 「…………………。」 不機嫌オーラをまき散らすリョーマを、必死で見ない振りする副会長であった。 (あの天然、本当に何してくれたんだー?!)
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2006年06月03日(土) |
.....不動峰物語り9(テニスパラレル) |
「一一一一組み合わせ抽選会場って、立海なんッスね。橘さん」 「ああ……昨年もそうだったと副会長が言ってたな」 橘は全国大会出場はしているが、それは九州地区のことである。 しかも部長ではなかったので、実際に抽選会場に来た事はない。今回初めてであろう橘に、副会長は親切丁寧にレクチャーしてくれたが、それがなければ会場に辿り着けなかっただろう。 なんせ橘は………。 「橘さん! こっちです!! 右側です!!」 「あ、ああ……そっちか……すまない」 片手を上げての謝罪に、付き添いの神尾が慌てて首を振る。 「し、仕方ないですよ! 地元じゃないんだし、行ったことない場所ならそんなもんですから!」 「お前もそうか……フッ……生徒会に地図をもらっておいて正解だったな。越前が持ってけと言うから持って来たが、ちゃんと役に立つとはな」 不動峰中は部員がギリギリの状態である。練習をめいいっぱいしなければならない状況下では、偵察までは手が回らないのが現状であった。別に情報など知らなくても良いというのが部長の考えであったが、テニス部のコーチとなったリョーマは違った。 『どんな手でも使ってこそ全力って言うんだよ』と豪語して、生徒会を顎で使い、めぼしい中学校の偵察に行かせて情報をゲットしたほどだ。彼いわく、情報戦が左右するそうだ。 都大会ではその情報戦で、楽といって良い試合展開も多かった為に、今では彼のやり方に従っている橘であったが一一一一。
橘が抽選会場に行くと聞いて、リョーマはさっそく地図を渡し、神尾を付けた。理由は………そのままである。彼一一一橘は、ちょっとばかりの方向音痴であったからだ。 付き合いが長い神尾も心得ていて、転校してきた当初は近所で迷う姿を見ていただけに、指名されて否はない。不慣れな橘を連れて、テニストーナメント関東大会抽選会場へと、やって来たわけである。
一一一なにやら騒がしいと思ったら、立海の講堂入り口で、山吹と青学が話し込んでいた。
「すまんが、どいてくれ!」 「不動峰!!」 「よう、不動産」 千石のヘタな間違いを無視して橘は山吹に声をかけた。 気になる事があったからだ。 「千石。……阿久津がやめたんだってな」 千石とジミーSの片割れで影の薄い部長の南が肩を落とした。 阿久津がテニスをきっぱりとやめてしまった事が、態度に現れていた。 (…………越前のヤツ……) 妹から顛末を聞いた時には、頭を抱えてしまった橘である。 あの後病院に運ばれたメンバーの元へ駆け付ける為に、リョーマを残してきた時に妹の杏を残したが、彼女ではストッパーには弱すぎたようだ。というか、むしろ無理。 あの越前リョーマである。 彼を止める事など誰にもできやしない。 橘でさえも副会長でもだ。そんな人物を杏が止める事などできるわけがないのだ……。 (阿久津と試合して勝ったなんて言えやしない) これが知られれば、ちょっとした所か大きな波紋になるだろう。 橘は、そ知らぬ顔をするしかなかった。
「苦労するな…。だが容赦はしない。都大会のケリは、つけさせてもらう」 「どうかな、アイツは居なくなったけど、チーム内に団結力は出てきたぜ!」 阿久津が居なくなっても志気はおとろえていないようだ。 ちょっとだけホッとした橘である。 「団結力なら俺らの方が上だろ………ところでアンア誰だ?」 「ぐぐっ」 「ぷぷっ、さすがジミーS……。楽しみにしてるよ! まぁ山吹中としては……」 つらつらと話が盛り上がる中、会話からずれた青学はさっさと歩き始めるのを見て、山吹中は慌てて追い掛ける。そろそろ時間になる事もあり、不動峰も会場に入って行った。 青学と山吹から少し離れた距離を歩きながら、橘はぼそりと呟いた。 「………バレない事を祈るのみだな」 「ははは……ホントに。全国大会まで隠しておけますかねぇ……」 神尾も苦笑するしかなかった。
一一一一一一神奈川県内、某総合病院。
大勢の患者が行き交うロビーを抜けて、小柄な少年が勝手知りたるとばかりに、迷いなく歩いていた。行く先はただ一つ。その他には様はないと、歩みはしっかりしている。 だが、ある場所に辿り着く3歩前で、その歩みが止まった。 そのままピタリと動かなくなること数十分。 変化があったのは、扉が内側から開いたからだ。
「一一一一一やっぱり」 白皙の少年が顔を出して、微笑んだ。 「来てくれてありがとう……リョーマ」 「………………。」 「嬉しいよ」 「…………………………。」 「リョーマ」 「……………………………………。」 帽子の下で視線を彷徨わせていたリョーマは、目の前の少年の笑顔に耐えきれなかったのか、逃げるかのように、そそくさと病室の中へと入ってゆくが、その後ろでは少年が、さらに笑みを深くしたのだった。
綺麗な白い部屋の窓側に立って、リョーマが帽子を脱ぐ。 入り込んでくる風にあたりながら、ぐるっと室内を見ると、沢山の鶴に目が止まった。千羽づる一一一一色とりどりの鶴を縛ってある上の方に、テニス部一同という名札がぶら下がっていた。 その他にも部員が持ち込んだであろう、テニス関連の品々がある。 目を細めてそれらを眺め回して、ようやくリョーマはベッドに腰掛けている少年一一一幸村精市一一一へ視線を向けた。 「…………」 記憶にある姿より、いくぶんか痩せたように見える。 きっと体重も落ちているんだろう……。細くなった印象が強い。 空気を読んだのか、幸村が口を開いた。 「リョーマがそんな顔することないから一一一」 無表情を取り繕っていてもバレバレなんだろう。 幸村には、どんなごまかしも効かなかった。 「むしろ謝るのはボクの方だったね」 「! ………っ!!」 ぐいっと幸村の手が伸びて、リョーマを抱き締めた。 入院してたから力はが確実に弱くなったのだろう…。抱き締める腕にはほとんど拘束力は無い。リョーマが離れようと思えば簡単であった。 「ゴメン、心配かけさせて……いや、今もかけているね」 「……………」 「本当にごめん……」 何度も安心させるように、幸村は繰り返す。 精一杯、伝わるように……と。 「ごめんね、ごめん……」 耳もとで繰り返される謝罪に、観念したように、リョーマが目を閉じた。 一息、ついて。目をあける。 そこには今まで浮かんでいた虚ろな陰りが、きれいさっぱりと消えていた。 顔を上げて、晴れやかな表情を見せる。
「一一一もう、いいよ。わかったから」 「リョーマ……」 独りでコートに立っていた頃と同じだ一一一。 馴染みの強い瞳で幸村を見つめて、リョーマは笑った。 「大丈夫。まだ待てるから……」 「……………」 強さの中に変化があったのを、幸村は敏感に感じ取った。 (あれほど絶望していたのに………)
リョーマは強すぎてテニスに半ば、絶望していた。 本気を出すことはほとんどなく、どの試合も右腕で戦うことばかりだった。リョーマが本気で一一一左で相手するのも珍しくなった時、……幸村が出会った時には、テニスを止める意志まで固めていた彼を知っていた。
全米ジュニア4連続優勝者は伊達では無い。 彼の能力は既にトップクラスにもなっていたのだ。
一一偶然がリョーマと幸村を引き寄せたが、二人はこれに感謝した。 リョーマは純然と、幸村の人並みはずれた実力に。 幸村は燦然と、自分を照らし導くだろう存在に。 力は全然リョーマの方が上だが、幸村も負けてはいなかった。 リョーマが試合の半分を左手で相手しなければならないほど、幸村の実力は凄かったのだ。対戦した中では別格。彼の一一一幸村の存在があったからこそ、リョーマはテニスを完全には捨てることはなかったのだ。 リョーマの心の隙間に幸村が入った。 それが今までの、リョーマとテニスを繋いでいた唯一であった……。
しかし。 幸村の入院でその唯一も崩れそうになった。 倒れた事を知った時のリョーマは、まさに絶望のドン底に落とされ酷い状況であったと知っている。テニス関連の中学に入学する予定だったのを蹴り倒して、自分の周りにテニスを置かないように、テニスとは関係なさそうな学校に変更したと聞いた時は、思わず納得した幸村であった。 勿体無いと思ったが、しょうがなかった。 幸村は病気で……リョーマは幸村にしか期待していなかった。
それが、変わった……。 幸村はリョーマの変化に目を細めた。 (何か良いことあったんだね……) しかも、テニス関係で。
でなければ、ここに来なかっただろう。 自分と会うのを畏れていた事を知っている。 自分と繋がれている細い絆に、どれほどの希望を託していたのか………幸村は痛いほど知っていた。だから変化に気づけたといってよい。
「………………」 「幸村ほどじゃないけど……俺に左を使わせた人がいたんだ……」
幸村が促さなくともリョーマが答えた。 それだけで十分だった。 応えも十分だった。
「……よかったね」 「……うん」
関東大会抽選は、一部波瀾の結果に終わった。 昨年の準優勝・氷帝学園と、ベスト4の青春学園が1回戦であたることになったからだ。 ざわめく中一一一一。 氷帝は貫禄たっぷりな態度で、青学は無言を通した。
「初っ端から好カード同士とはな」 「はぁー……でもアイツなら『潰し合いでラッキー』とか言いそう……」 神尾がどんなものを想像したのか、肩を抱いて震えた。 「だが大変なのはこちらも同じだ。山吹や立海がいるブロックだから心して一一一一一一一一一」 「…………………?」 橘の不自然な途切れに神尾が首を傾げた。 (珍しい……) 妙な形で固まっている橘の視線を追えば、思わず神尾は息をつまらせた。 (一一一一一一ッ!!) 「て、てめぇ!! 跡部ッ!!」
氷帝の跡部が樺地を後ろに控えさせて、立っている。こちらにきっちりと視線を合わせて、挑発するように口元を歪めていた。 凝視する橘に、跡部が声をかけた。 「一一よう、橘」 「…………………」 「…………てめぇ……」 憤る神尾を無視して跡部は橘に近寄ってくる。 神尾には視線を一度たりとも向けないのは、先日の嫌がらせの仕返しかも知れない……と、ひそかに橘は思った。こっそりと都大会での『神尾の仕返しプチ事件』の顛末を、ちゃっかりと目撃した副会長から聞いて呆れたものだったが、こうなるとどっちもどっちという感じでいなめない。 寄ると触ると怒鳴る神尾を押さえて、橘が一歩、前に出た。 「なんか用か……跡部」 「フン」 橘には懸念があった。 杏から聞いた話だ。
「…………アイツはテニス部じゃねぇのかよ?」 「……………誰のことだ」 「アーン? あの気の強いガキに決まってんだろ。お前ントコの会長様って可愛子ちゃんだ…………確か杏ちゃんが『リョーマ』とか言ってたな。ソイツだソイツ」 「なっ一一一一!!」 「…………………」 驚いたのは神尾だけである。 橘は予想通り。眉を寄せただけである。 だが、それだけでも跡部には判ってしまった。一一一眼力という能力で、『リョーマ』たる人物がどういう存在なのかを看破した。不動峰にとって大切な……隠していた存在だと、神尾の動揺だけでバレてしまった。瞬間、橘が思ったのは『マズイ』である。その感情も、眉を寄せたという些細な行動で、跡部に見破ってしまう要因となったのだが……。 ニタリと跡部が嗤った。
「へぇー………楽しみだ」 「………………。」 だが跡部が凄いと言われるのはこの後だ。
「アイツ、相当できるクチだろ? しかも強い一一一」 「!!!!」
今度こそ、橘の表情が崩れた。 氷帝の面々とリョーマが会ったのは知っている。 副会長経由で聞いたし、その場に居合わせた杏も言っていた。 だが、手合わせはしていない一一一一それなのに……。 眼力恐るべし、である。 橘の動揺は一瞬であったが、それを見逃す跡部ではなかった。 その確認に満足したのか、それだけ聞けば十分とばかりに跡部はさっさと二人に背を向けて去って行った。
残された二人の間には、実に嫌な空気が流れたのはいうまでもない。 (跡部に目をつけられたか……) (…っつうか、跡部にまでちょっかい出してたのかー?)
脳裏に浮かぶ少年になんと言って、報告すれば良いのか思案する二人であった。
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2006年06月02日(金) |
.....不動峰物語り8(テニスパラレル) |
「何やってんのよ。こんな所でモモシロくん」 「あれ? お前…橘妹じゃん」 テニスバッグ片手の杏がストリートテニス場でラケットを振っていた桃城の姿をみつけて声をかけてきたのだ。 杏は氷帝の二人組に絡まれたことがあった。それを介入してくれた縁で、いつしか仲良くなったのだ。あれから桃城が、何度かストリートテニス場に現れては打ってゆく姿を知っていた杏である。 遊びに立ち寄れば「この前、桃城が来てたぜ」とか教えてくれるので、杏にとっては今の時期にこの場所にいるのに何の違和感もなかったが、後から付き添ってきた人物にはそうは見えなかったようである。 「…………悩み多き青少年ってカンジ」 「あ! リョーマ君!」 「?!」 やれやれとガクラン姿の小柄な少年が、バリバリ偉そうな態度でふんぞり返っている。階段付近のベンチに座って、つまらなそうに桃城を観察していた。 その隣には眼鏡をかけた長身の少年が同じく座っている。 杏には見慣れた光景であるが、初対面の桃城は疑問符を浮かべた。 「知り合い?」 杏に聞けば、彼女は苦笑した。 「うん。不動峰の会長と副会長さん。買い出ししていた二人に会って、ここら辺にテニスコートあるって話したら行ってみたいって事になって、案内してたトコなの」 「え? 会長、副会長ってあの?」 「そう、不動峰の生徒会の二人なの」 杏に指し示された先で、小柄な少年が片手を上げ口元を釣り上げると、眼鏡のほうが礼儀正しく御辞儀をした。対照的な二人である。 「へー……生徒会の二人がテニスコート? もしかしてテニスするとか?」 不動峰と対戦したことがあるから知っている。 乾からもらった情報でも、不動峰はギリギリの人数でテニス部を運営しているという事を思い出した桃城は、紹介された会長と副会長を見て、二人はテニス部員ではないと判断した。 どう見てもイマイチ。 小柄の少年は小さすぎるし、眼鏡の方はインテリっぽい。 見た目で判断するのが欠点であると自覚するのは、少し後である。 「そーだ。橘妹! 少し打ってくか。出来んだろテニス?」 「え? あ…モチよ」 指名された杏はちらりとベンチを見る。 女子テニスをも受け持っているリョーマが其処にいたからである。 どうしよう……と思いながら見つめれば、あっさりとした返事が返ってきた。片手を振りながらのOKサイン。許可を得られたので、杏はラケットを構えた。
「どうですか?」 「ん、まーまーかな」 ちゃっかり個人的な情報収拾をしている二人である。 「今は発展途上だね、あの桃城さんは」 「そうですね。最初打ち合っている時には余裕しゃくしゃくのプレイでしたが、今は違いますね……」 「そーだね。何か思う所があったんでしょ」 調子が良くなったのが判った杏も笑顔になっている。 越前にコーチを受けてから、実力を見る目が高くなった杏は、最初にこの公園に訪れた時から桃城の調子が悪そうなのを看破していた。 「なんかモモシロ君らしくなってきたね、やっと」 「あん。そーかぁ? 何も変わんねーけどな」 どこぞの青春漫画のようなことをしている二人を見て、リョーマと副会長はやれやれと呆れ顔。和やかなイイ雰因気は甘ったるい。 「まっ、サンキュー杏! ……いや橘妹」 「何よ、言い直さなくたって!!」 「ハハハハ」 ベンチの二人は無視を決め込む。 相手にしてられない甘さだ。 「おやおや、一波瀾ありそうですよ」 眼鏡のフレームを押し上げて、副会長が含み笑う。 向側のベンチスタンドに氷帝の集団がたむろっているのが見えたからである。六人もの氷帝ジャージの姿があった。 「へぇー……」 二人の見ている前で、氷帝の選手が桃城に絡んでいた。 威勢のイイ桃城だが多勢に無勢。口では適わないだろう……。その背後でオロオロとしている杏が、しきりにリョーマの方をチラチラ見ていた。ヘルプサインにリョーマが息を吐く。 さすがに彼女を放っておくのは問題だろう。 挑発する氷帝の面々は次第にエスカレートしていっているし、彼等のボスであるあのキザな男が静観しているなら、事態はこのままだろう……。
ついに我慢しきれなくなったのか、つまらなくなったのか……。こけし頭の少年が桃城の頭を飛び越えて、桃城の背後を取った。 「俺がまとめて面倒みてやる。来いよ!」 余裕の台詞だ。 「モモシロ君………」 「ふん、おもしれぇーな」 不安げな杏と違って桃城はやる気満々。腕を振り回している始末に、ついに口を挟む事にしたリョーマだった。視線を受けた副会長が呟いた。
「彼は氷帝学園テニス部3年、向日岳人一一一一158cm、体重48kg。プレーはサーブ&ボレーヤータイプ。得意技はムーンサルトボレー。跳ぶことに重きを置いているプレーヤーですね」 「へー……速攻型なんだ? でもそんなんでよくバテないね」 「いえ、彼はダブルスがほとんどですね。きっとシングル向きじゃないのでしょう」 「ふーん。組んでる相手の人、大変そうだね」 静かな声だがよく響き声が、コート内の動きを止めた。 のんびりとした会話だが、内容はのんびりどころではない。聞こえていた氷帝側の動揺が、会話直後に強くなった。それが事実なのだと、桃城でさえ判ったほどである。 「彼のパートナーは同じく3年の忍足侑士。178cm、64kg。プレイスタイスはオールラウンダー。心理戦に強く、洞察力にも優れた天才肌。シングルでも通用するという評価です」 「ちょっと、評価ってどこの?」 「一一一それは企業秘密ですよ。いくら会長でも教えられません」 フフフと笑う姿は喰えない。 複雑な表情をするリョーマの機嫌を取るように、彼は爆弾発言を落としてくれた。 「ちなみに現在、『羆落とし』なる技をコピーしてるって情報ですよ」 「……………なに、それ?」 『羆落とし』を知らないリョーマは首を傾げたが………。
「ちょちょ、ちょっと待ったぁーーー!!!」 慌てたのは桃城である。 聞き流せない単語がでてきたからだ。 「『羆落とし』をコピー中って………ッ!! そりゃ不二先輩の……!」 「ちょっとてめぇ、なんで侑士の練習知ってんだよ!」 飛び跳ねていた向日も慌てて食ってかかったが、まさに自爆だ。 二人とも情報漏えいしっぱなしである。 「マジかよ………?!」 「うげっ……やべっ……!!」 「……………岳人………」 おどろしい低い声で相棒を呼ぶ忍足の表情は暗い。 「あははは………スマン、侑士」 「アホか」 隠し技としての意味が無くなった瞬間である。 ドンヨリと暗くなる氷帝をよそに、副会長の言葉は続く。
「あのオカマみたいなのが一一一一一」 「ちょ、ちょっと!! その言い方って失礼だよ!!」 余裕の姿でいたおかっぱ頭の少年が、ガバリと起き上がる。副会長の『オカマ』発言にキレタようだ。見た目がアレだから言ってみたのだが、不評を買ったようだ。 でも『オカマ』で反応したってことは、自分でも判っているんじゃないか……とは、他のメンバーの一致した意見である。後ろにいた背の高い少年は、視線を泳がせているのが笑いを誘う。
リョーマは立ち上がると、喧々囂々となったテニスコートを横切って悠然と構える少年の元へ歩きだした。 「そんなに暇なら付き合うけど一一?」 ニヤリと笑みを浮かべて挑発する。 手にはラケットを持っていた。 「おいおい、お前……テニスできたのか?!」 桃城の驚愕はさもありなん。 テニスなど出来そうに見えなかったからだ。 「シロウトでイイならね」 「…………………フン。お前ら、行くぞ」 跡部はリョーマの挑発には乗らなかった。 いや、乗れなかったと言っていい。 (コイツ……なんて強い目をしやがるんだ……) 一瞬でも呑まれてしまった跡部だったが、彼は冷静であった。 そのすべてを見破る眼力が警告をしたのだ。 一一一一一目の前の少年を見た目だけで判断はしてはならない……と。 無用なトラブルを避ける為に、跡部はテニスコートを後にしたのだった。 (しかもデータを正確に取られてやがるし……)
一触即発の事態は避けられた。
「無茶しないでよ……心臓に悪いわ」 「でもああしないと収まらなかったでしょ? お互いにさ」 「判っているわよ、でも……」 ちゃんと見ているリョーマだ。彼に失敗はない。 リョーマはすべてを見通して、ちゃんと対処しているのだ。むしろ、いきあたりばったりの手など打った事がない慎重派である。何も言わないで誤解されがちだが、彼の行動には意味があるのだ。 それを付き合いはじめてやっと知った杏だが、それでも心配する事には変わりない。 「橘さんは会長を心配しているんですよ」 「はいはい」 副会長のフォローが入ったが、それでリョーマが自重するはずもない事は判りきっている。越前リョーマとはそうなのだから……諦めるしかない。
「氷帝のあのキザ男一一一」 「跡部啓吾ですね」 「そーそれ。その人って強い?」 リョーマの興味はそれだけだ。 強いか否か……。 副会長はしたり顔で笑って言った。
「あの人も全国区といわれてますよ」 「へー……橘先輩クラスかー…」 俄然興味が湧いてきたリョーマである。 ジッと左手を見ながら、何か思案するように目を閉じる。 見開いた瞳には覚悟のようなものが浮かんでいた。
「…………少し、出かけてくるよ」
誰も寄せつけないオーラを出したリョーマに声をかける事など出来なかった。副会長も杏も黙って見送るしかなかったのだ。
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2006年06月01日(木) |
.....不動峰物語り7(テニスパラレル) |
都大会2日目一一一 準決勝・決勝、5位決定戦が行なわれ、ここまでが、関東大会に出場できる枠である。
準決勝第一試合。 不動峰VS山吹一一一一の試合は、始まらなかった。 受付の前では渋い顔をする不動峰中の部長橘と、妹の杏。 それに……リョーマが腕を組んで立っていた。 「………話は聞いたね」 「ああ………」 「そ、そんな……」 3人の間に緊張が走る。 携帯電話片手にリョーマが溜息を深くつくが、そこに苦渋はない。とっくに関東大会のチケットを入手しているというのが、大きいからだ。 ここで棄権しても出場は変わらない。 「向うには副会長がいるから、安心しなよ。ちゃんと対応してくれるし、後で連絡よこしてくれるはずだからな。聞いたところ、みんな軽症らしいから……」 「そうか………なら安心だな」 「大怪我したとかじゃないのね、リョーマ君!」 「うん。でも試合をするのは厳しいってのが副会長の意見。俺もそれに賛成だよ。無理してもいいことないからね」
受け付けの締めきり5分前になってもやってこない会場に現れたのは、橘兄妹には驚きの人物であった。小柄なガクラン姿。どう見てもテニス部員には見えない制服姿の少年が、二人の前に現れ、驚愕の事実を伝えたのが数分前一一一一。 すでに受付は終了している。
「仕方ないよね、人数いないんだし」 「残念だ……。せっかく越前が補欠登録してくれたのにな」 橘の落胆は大きい。 今までギリギリ参加だったが、ここにきて保険として登録しても良いとの返事をリョーマから貰っていたのだ。つまりは試合を近くで見てくれる一一一一彼が側にいると言うことである。例え、試合中に彼がフラフラと離れてしまうだろうことが予測されていたとしても、書類上だけでも補欠扱いでも、越前リョーマという存在があるという事だけで、部員の志気は違ってくるのだ。 テニス部に関ってくれるという保証……それがどんなに不動峰にとって大きいか……。この試合で変わるだろうことは予想されただけに、残念である。 意気揚々と会場に乗り込んだ不動峰を襲ったアクシデントによって、越前リョーマの存在は隠されたままとなった。
一一一山吹中の不戦勝。 「心配なんでしょ? 俺なら大丈夫だから行ってきな。みんなアンタに何を言おうかって、ぐるぐるしてるんじゃないの?」 「……………。」 リョーマが携帯を渡して、搬送された病院の場所を教えてくれた。 「ねぇ、アンタは誰……?」 「一一一不動峰の橘だ」 なら行ってこいと、橘の背中を叩いて押し出す。 リョーマはにっこりと笑って言った。 「部長、1発かましてきてね。そしたらまた特訓だからさ」 「……ああ、わかった」 不動峰の連中は、見た目に寄らず真面目な性格のヤツらばかりだ。きっと、試合に出れなかった事を悔やんでウジウジしているに違いない一一一。リョーマの指摘には橘も賛同した。 責任感が強すぎるのだ。 橘にだけ負担をかけないように……と、それぞれが自ら負担をしいている連中である。当初はテニス部を引っ張っていたのは橘1人であったが、いつの間にか彼等も引っ張るようになった。 「テニス部の為に……」と。
だからこそ。 彼等を励まして来い! と、リョーマが背中を押したのだ。 リョーマの心遣いに感謝して、橘はさっそく病院へと向かう事にした。 それが一番、いいと知っているからだ。 しかし忘れなかった。 「杏、お前は越前と一緒にいてくれ」 「うん、わかったわ。みんなによろしくね」 「……………。」 妹に任せてく所が彼らしい。 「1人でも平気なんだけど………」 「兄さんって世話焼きだから」 「…………。」 彼の呟きはあっさりと無視されたのは仕方ない。 走り去る橘の背中を見ながら、妹がポツリと言う。 「っていうか、もう過保護よね……」 頬に手をあてて困り顔の杏の呟きをリョーマが聞く事はなかった。
「いい機会だから見学していこー! あそこはどこの中学かな?」 「あ、待ってよ。リョーマ君!!」
都大会第2試合。 青学VS山吹一一一一シングルス2が始まった。
山吹の選手がコートに現れた。 阿久津仁一一一ゆうゆうと歩く姿は怖そうであった。 「じーーさんよ。この試合に勝てばもういいよな」 「ええ」 「テニスなんかたいしたスリル感もねぇ…」 「おや? 阿久津くん……何かありましたか?」 「あん?」 にこやかな顔が崩れた事無いという顧問の伴田幹也が、阿久津に問いかけた。相変わらずの表情だが、そこには、親しいものならでは判るような、訝し気さが浮かんでいる。 20年も山吹中テニス部を指導していただけはある。部員の些細な変化も見落とさない老人は、実に鋭い。阿久津の言葉の端に潜むものに気づいたのだ。 阿久津の試合では口を出した事ない顧問に、 珍しく問いかられたことに驚いた阿久津が振り返った。 (喰えねぇじーさんだ……) 「今までよりもつまらなそうに、見えますが……」 「…………。」 「それに気のせいですかねー……なんだか思いっきり試合した後のような雰因気が……」 「うるせぇぞ、ジジイ」 顧問を睨む阿久津だが、伴田の表情は崩れない。 ニコニコと嫌に感に触る笑顔に、阿久津は内心で毒づいた。 (うぜぇ……) 悪ぶっているが、根はそれほどでもないのが阿久津である。 確かに暴力を振うが、最後のラインを越えた事はない。 ポックリ逝きそうな老人を殴ろうとまではしない阿久津を、知ってか知らずか……いや十中八九で知っているだろう。人の悪い伴田は無言で待っている。 くるりと振り向くと、阿久津がぼやく。 実に珍しい姿であった。 「この先の試合なんて興味ねー……俺はあれだけで十分だ……」 「………………?!」 「この俺が負けたんだぜ一一一一? それも完敗でだ。ジジイとの約束があるから参加してやるし、勝ってやる。でもこれっきりだ」 「…………いったい何が……?」 負けた? あの勝負になると異常なほどに執着する阿久津が、それもあっさりと負けを認めた?! 伴田は驚きに腰を浮かしかけた。 ベンチの側にいた千石までもが、あんぐりと口を開けている。 阿久津の言葉が聞こえた山吹の面々は、驚愕に包まれていた。
彼等の驚きなど最早、聞こえていない。 阿久津は口元を愉快に歪め笑った。
「アイツが見てるからな、不様な勝ちはしねぇ」
宣言通り、阿久津が勝つも一一一続くシングルス1で山吹は負けてしまった。 そのまま阿久津はテニスを止めたのだが、謎は残ったままだった。
「…………アイツ、誰と戦ったんだろ?」 「謎ですね〜」
その頃、ある一角では……。 「リョ、リョーマ君ったら無茶するわー」 「え。そう……?」 杏は泣きそうだ。 リョーマを1人にするなと言った兄の言葉の意味が、あらためて判った杏である。 「だってアイツ、見るからに不良だったじゃないの! テニスコートで煙草すってたのよ?! しかも他校に喧嘩まで売ってたそんなヤツを挑発するなんてーー!」 「でも出したのは手じゃなくて、ラケットだったじゃん」 「んもー! 寿命が確実に5年は縮んだわよ。絶対ッ!」 こんなトラブルは御免だと、杏は勝手にふらふらと出歩かないように、ガッチリとリョーマの腕を掴んで離さないようにしていた。 興味があるのはいい……。 けれどいその中に飛び込んで行くのはどうだろうと、思うのだ。 (いくら強くてもねー………) 越前リョーマは強い。 ありえないほどに強いのだ。 テニスだけではなく、腕っぷしも。 不動峰のあの事件を知っている杏であるが、見た目のリョーマがあまりにも華奢で守ってあげたくなる母性本能をくすぐるタイプなだけに、心配は尽きない。 「あのね、一応テニス部の補欠登録したんだから、トラブル介入はやめてくれなくちゃ。巻き込まれただけでも出場にケチが付くのよ?」 「あ、そっか」 なるほどね……。 ポンと手を叩くリョーマにどっと疲れた杏だった。 「わすれないでよー……」 「うんうん。今度からね」 「はぁー……」
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