徒然帳
目次|過去|未来
2006年07月24日(月) |
.....不動峰物語り17(テニスパラレル) |
関東大会準決勝の試合結果は新聞にも載っていた。 大きく取り上げられているのは立海大付属の圧倒的な強さである。破竹の勢いで勝ち上がってきたダークホースの不動峰をあっさりと破った準決勝は、流石は王者と言わしめるだけの貫禄を見せつけていた。 対するもう一つの、決勝へと駒を進めた氷帝の評価は芳しくなかった。 結果は立海と同じく3-0であったが、試合内容は氷帝の方が低いと見なされた。準決勝の相手である六角中との試合内容が、接戦であった為である。 そしてなによりも大きな要因は、立海大付属の全国大2連破の実績は伊達ではないという事だ。部長の幸村を欠いていてもあっさりと勝ち上がってくる選手層の厚さは氷帝よりも上かも知れない。この場合は人数ではなく質の良さである。流石は15年間も関東大会連続優勝という輝かしい歴史を持っているだけはある。中学テニス界では最強の代名詞で知られている立海大付属だ。この強さは賞賛ものである。 ランクも最高のAAA(トリプルエー)といランク付けである。新聞だけではなく、どの雑誌も立海大付属の勝利を確信している記事ばかりであった。
「さすが立海。すごいねぇー」 「会長………顔が笑ってますよ」 「そりゃ、記者達を騙し切れた成果に弛んでるンだって。どの記事も不動峰は眼中にないから、してやったり……ってね」 機嫌良さそうにリョーマは読んでいた新聞を放り投げた。持ち主は顧問の金子である。いつも職員室で新聞を読んでいる事を知っているリョーマが、たまたま職員室に用事があって入室した時に見つけて失敬してきたのだ。もちろん黙っての事なので……今頃、金子は自分の机の周りを探し回っていることだろう。他にも生徒会室の大きな机の上には、どこぞから失敬してきた他社の新聞やらスポーツ雑誌やらが置かれてあった。 「どこも記事は見事なまでに立海と氷帝の事だけでしたが……。確かに準決勝までは初出場ということもあって、多少は取り上げられていましたが、それも立海にボロ負けした事で綺麗に紙面から消えましたね」 「王者の前にあえなく敗戦一一一一で、終わり」 負けた不動峰に注視する記者はいなかった。 「やはり今大会は立海と氷帝という決勝戦に注目が集まるのは当然でしょう。王者・立海大付属と強豪・氷帝学園一一一一一立海の強さは半端じゃないですが、最近メキメキと力を伸ばしている氷帝学園は部長が跡部景吾になってからというもの、増々パワーアップしていると評判です。日吉若という注目株もいますしね一一。この決勝戦は記者にとっては、とても美味しい事でしょう」 「決勝は凄い人数になりそうだね」 氷帝軍団という応援団までいるのだ。 煩くなるのは必至である。 「でもこれはこれで良い隠れ蓑になってますがね」 「立海人気と氷帝人気は底が無いっていわれてるンだって?」 「氷帝はあのカリスマ跡部圭吾が、立海にも今は入院中ですが幸村精市というカリスマがいますからね。この両者の人気は衰え知らず。彼等に率いられているテニス部は見かけだけではなく実力も有って、注目度は高いですよ。毎回取材をされているとも聞いてますし」 「ふぅーん……」 幸村の名前が出た瞬間、リョーマがかすかに反応したが、副会長はあえて見て見ぬフリをして話を逸らした。 「会長は見学に行かれますか?」 「うーん……どーかなぁ……」 渋い顔をするリョーマだった。 なんせあちらには、アレがいる。 リョーマの苦手な存在が居るから見たくても渋ってしまうリョーマであった。 「アレが居ないなら行くんだけどさ」 「ははあ、確かに」 すでに天然少年は『アレ』扱いである。 本人が知ったら絶対に泣くだろう。部屋の隅でゴソゴソと動き回るアレと同じ扱いであった。 「決勝戦は行くのヤメようかなぁー……」 「遠くからなら平気なのでは?」 「……………それでもこの前、見つかったじゃん」 「……………。」 準決勝戦をこっそりと、遠くで見ていたリョーマだったが、それでもあの天然的恐るべき嗅覚で、ジローはリョーマを見つけてしまったのだ。勿論、速攻で逃げまくったリョーマだ。 リョーマの元に来ようとしていたジローは、まさに試合中であったのだから警戒してしまうのも仕方がないといえよう……。 「見つかったらきっと来る……しかも試合中でも来る……」 ラケット放り投げてコートから逃亡することだろう。 「ありえそうなのが笑えないですね」 あの黒い物体のように、どこから飛んでくるか解らない。 リョーマはげっそりしながら小さく答えた。 もちろん、答えは決まっている。 これしかなかった。 「………やっぱり副会長だけ、行ってきてよ」 「そうします」
生徒会室に重い空気が流れた。
一一一一一神奈川県内、某総合病院。 定期的に部長の見舞いに、立海大のメンバーが報告を持って訪れるのも慣例となりつつあった。部長想いの部員達が、ちょくちょく見舞いにやってくる。病院内でもちょっと有名である。 人数が人数なので幸村と部員達は病室ではなく、ほとんど屋上での会話となる。うるさく騒いで隣の病室から苦情が出たことがあった為である。いくら品行方正といえ彼等は中学生である。羽目を外してしまうメンバーだっているし、それを諌める為に真田が怒声を上げて叱るのではどっちもどっちという事で、そこを考慮した幸村の方が、屋上を指定したのだった。
だから誰が来ても幸村は屋上で話すようにしている。 真田が1人で見舞いに来たとしてもだ。
「幸村……関東もいよいよ決勝のみだ。このまま全国まで無敗で突き進む!」 「相手は氷帝学園か……」 「どこが相手でも変わらん。全国三連覇……。お前抜きでも行けるいいチームだ」 傲然と言いのける真田には自身が溢れていた。 「そうか……頑張ってるな」 静かに聞いていた幸村の表情に、やっと笑みが浮かぶ。 厳しい表情から一転して穏やかな、いつも見ている幸村の表情である。
「一一一一一そいうえば準決勝だけど」 「?」 「対戦相手の不動峰中はどうだった?」 「?? ……珍しいな、お前が無名の学校を気にかけるなど」 確かにその通りである。 「不動峰………3-0で勝ったが何か問題でもあったか? 確かに初出場にしてはよくやったとは思うが、実力でいえば氷帝より劣っているぞ。都大会では氷帝に勝っていたようだが……あそこはレギュラー陣の投入は関東大会からだからな。総合力では足元にも及ばないだろう」 全国大会に出場はできたが、それは運が良かっただけだと真田は言う。確かに組み合わせで不動峰が強豪と当たっのは二回。青春学園と氷帝学園である。 青学には負けたがそれは地区予選でだ。その後、勝ち残って都大会では氷帝を打ち破った不動峰であったが、対戦相手の氷帝が全力投入していなかったという事実がある。その為に、運が良い一一一一と、立海に当たるまで不動峰は言われ続けていた。 「全国大会の切符は手に入れたようだが、あれでは勝ち抜けても二回戦止まりがいいとこだろう」 真田の目は厳しい。 だがそれが全国を勝ち抜いてきただけの実績である。 あっさりと負けてしまった不動峰など立海の敵ではない。真田はすでに不動峰に注視していなかった。シングル二つを残して勝ったのだ。しかも一一一一あの全国区と言われた橘桔平を下したのだ。今更、何を恐れようと言うのか一一一が、真田の意見である。 ここで幸村が『不動峰』を気にするのが解らなかった。 「確かに橘は万全の体勢ではなかっただろう………。全国では本来の力を出してくるに違いないが、恐れることはない。不動峰で強いのは橘だけだ」 「そうであればいいけど」 少しだけ端切れの悪い幸村であった。 幸村は知っていた。 不動峰には彼一一一一最強の切り札一一一一がいることを。 自分が勝てない相手。 目標とする存在。 しかもテニスに関与していることも本人から聞いたのだ。 不動峰は一一一わざと負けたに違いない。 そう確信を持って幸村は推測している。 (リョーマは策略家でもあるからね……) あの先を見通す目に何度、驚かされてきただろう。 側にいたからこそ解る。見えるものがあるのだ。 (………全国大会で本領発揮する気だね) 無名校ならではの戦法だ。 注目もされていない初出場で、いきなり勝ち続けたらマークが厳しくなるのが目に見える。常勝である立海大付属はその点で、毎年熱烈な監視ともいえる敵状視察の嵐を受けていた。過去には妨害工作というのもあったようだが、あまりにも有名になりすぎた昨今ではそんな事は無くなったが、かわりに敵状視察を許してしまう事ともなった。いちいち相手にしていたらキリがないともいうが……。
初出場の学校で、まず警戒するのが一一一一妨害だろう。 そしてなにより……。 (……鍛えているんだね) 出場するなら上を目指すのが当たり前である。 幸村の知っている彼ならば、そうするはずだ。 (誰よりも強くあり、強くなければ彼は………認めない) 別に拒否するわけではない。 彼が、本来の彼でいる為には必要なことなのだ。 「……………」
『幸村ほどじゃないけど……俺に左を使わせた人がいたんだ……』
彼に近寄れる唯一の方法一一一。 越前リョーマに左手を使わせたなら、相手の実力はホンモノである。 そして何よりも協力していると言うことならば……。
「どうした、幸村?」 「………………」 「具合でも悪くなったか?」 目を閉じた幸村の表情に生彩がない。 慌てて真田が部屋に帰ろうと促したが、幸村は動かなかった。 しばらくして、やっと声をだした幸村は、何時もの表情に戻っていた。 落ちついた微笑みを浮かべていた。 「…………いや、違うよ。大丈夫だ」 「そ、そうか……ならいいが……」 「少し考え事をしていただけだから」 幸村の真面目さに真田が注意する。 全国大会へ向けて部長としての責任を感じているのだろうと、真田はそう思ったのだ。 「幸村………あまり考え過ぎるな。今は手術の為に安静にしているのが一番だと言われただろうが。心配しなくてもオレ達は大丈夫だ。約束は守る」 「……………すまない」 「後は任せておけ」 「ああ」 幸村の返事にホッとした真田は、夕日を見つめる為に前を向いた彼の口元に浮かんだ笑みが、薄ら寒いものであったのを見逃してしまった。 見てしまったなら恐怖したに違いない。 幸村の本性一一一一を知る真田なら。 彼にこんな表情をさせる存在について、話の流れから『不動峰』というキーワードを思い付き、もっと警戒したであろう。
だが、幸村は何も言わなかった。 知っていたのに、それを言わなかった。
一一一一越前リョーマという存在の事を。
目次|過去|未来
2006年07月02日(日) |
.....不動峰物語り16(テニスパラレル) |
関東大会準決勝一一一一六角中VS氷帝学園。 なんというか…やっぱり、コートの周りは氷帝軍団に囲まれて、がっちり周りを固められていた。可哀想に六角中の部員が居られる場所は、極端に狭くなっている。コーチベンチがある周囲ぐらいなものだ。試合会場は、ほとんど氷帝ジャージに埋め尽されている状況であった。 そしてお馴染みの名物も顕在である。 氷帝名物一一一ヤジ合唱。
「氷帝! 氷帝! 氷帝!」 「勝つのは氷帝! 負けるの六角一一一!」 「勝つのは氷帝! 負けるの六角一一一!」 「氷帝! 氷帝! 氷帝! 氷帝!!」 「氷帝!! 氷帝!!」
それはそれは、応援にリキが入っていた。 青学戦の時より、さらに威力が増している。
すでに全国大会の出場がどちらとも決まっている2校だが、この盛り上がりはなんなんだろうと、周囲の見学者達に疑問がわくのも仕方がない。 一一一一一何か因縁でもあるのか? そう思うのも、全ては氷帝側の態度が明らかに変であったからである。 前年度の全国大会ベスト16という実績を持つ氷帝なら、格下である六角中をこれほどまでに意識するような応援にならないはずである。それがどうだろう……。 「いつ見てもスゲェよな、氷帝のコールってさ」 「ああ。これじゃ対戦相手はたまらねーよな」 「大抵のヤツはビビるって!」 「でもさ、なんか変じゃね?」 「ああ……みろよ、氷帝のアイツラの顔! 親の仇のように六角中を見てんじゃねーか!! 普通じゃないって………何かあったんじゃねーのか?」 誰かの喉が、ごくりと喉が鳴った。 興味深々とした眼差しが注がれる今大会は、異様な空気をかもし出していた。 強豪の名に相応しく、2回戦目一一一緑山中をあっさりと打ち破った氷帝は余裕でベスト4入りを決め、準決勝の対戦相手である六角中もケタ違いの強さで勝ち上がってきた。 その強豪同士の戦いである。 注目するなという方が、無理である。 この両校の試合を見に来ようと、試合会場には続々と他校生達が集まってきていた。 「どっちが勝つかな?」 「そりゃ昨年度の全国行った氷帝じゃねーの?」 「いやいや、六角も侮れねーって話しだぜ」 「でもさ。氷帝には跡部様がいるからな。なんたってこの前の青学との試合は凄かったらしーじゃん! オレ、見逃したからもう悔しくて……」 「じゃぁ今度は見逃せねーな」 「そーそー」 準決勝戦は他にも有名すぎる立海大付属VS不動峰戦もあったが、氷帝VS六角中には及ばなかった。あまりにも結果が予想しやすい王者・立海大の試合よりも予想が困難なこちらの方が面白い一一一一一と判断されたのかは知らないが、氷帝VS六角中の注目は予想以上であった。先日の第一試合、氷帝と青学との部長同士の試合は、すでに大会では伝説扱いとなっている。その影響もあって、氷帝VS六角中の試合会場は満員御礼となっていた。勿論、ほとんどの目当てが跡部であることは言うまでもない……。 そんなたくさんの観戦者の中に、リョーマはいた。 フェンスに群がる氷帝ジャージの後ろから数メートル。観戦しに来た他校生達よりも遠くからこっそりと、リョーマは木の裏からコートを覗いていた。理由は言わずもがな。天然少年ジローを警戒しての事である。よっぽど抱きつかれたのが嫌だったのか、試合会場に来る直前のリョーマの行動は、事前確認して(ジローがスタンド内に姿があるのを見て)から来る念の入りようであった。端からみれば怪しい事この上ないのだが、本人はいたって真面目なので仕方がない。伝言を伝え終わって合流してきた副会長に「そんなに警戒しなくても」と呆れ返られたほどだった。 「……………会長……」 「だってさぁー…」 リョーマは木にへばりつきながら観戦していた。 「なんか知らないけど異様に感がイイんだよね。ジローだっけ? ………神出鬼没だし、いきなり飛びついてくるし、押しつぶすし、そんでもって離さないから最悪一一一一」 「…………………………」 いきなり後ろからタックルしてきて地面に引き倒されるリョーマはたまったもんじゃない。痛いわ、重いわで全く良い印象がないのだ。 何が気に入られたのか解らない一一一一一いやいや、解りたくも無いが、相手は顔を合わせれば事あるごとに抱きついてくるのだ。嫌だと言っても聞きゃしない。こちらで抱きつかれる前にガードしなくちゃならないとは、本当に面倒臭いことばかりだ。 リョーマにとって芥川慈郎は、本人が知ったら泣くかも知れないが、……完全なる鬼門扱いだった。とにかく逃げの一手しか打てないのが難点だが、直撃よりはマシだとリョーマは逃げまくっていた。 「あれさえ無ければ……」 「よほど気に入られたのでしょうね」 「…………あんな気に入られ方、嫌だ一一一」 嘆くリョーマを慰めるように、副会長から賛同があがった。 自分に置き換えてみたのだろう。 誰だって嫌なはずだ。 「確かに押し倒されるなら可愛い子が一一一一一一一一一」 いいと、言いかけた副会長がチラリとリョーマを見て口を噤んだ。 二人の間に奇妙な沈黙が落ちた。 先に沈黙を破ったのはリョーマだった。 「一一一一何か言いたそうだけど? 副会長…」 静かすぎるリョーマの声に何を見い出したのか、副会長の返事はなかった。キラリと光る眼鏡のレンズが彼の表情を綺麗に押し隠してはいたが、動揺しているのは丸判りである。 「………試合が始まりましたね……」 微妙に声音が震えていた。
「ふぅ…ん、異様に燃えてるのは氷帝の外野だけみたいだね」 冷静に見れば一目瞭然。 レギュラー陣はいつもと変わりなかった。 熱気渦巻いているのは外野の応援軍団だけであるのが見て取れる。ギラギラした目で六角中のレギュラー陣を見てる(だけではなくてヤジまで飛ばして)いるのは……応援団である彼等だけのようだ。 「何かあったのはレギュラー以外……か」 「なんでも練習試合で氷帝軍団100人斬りをした選手が、六角側にましてね。因縁を付けられて相手にしたようですが、準レギュラー含めて100人とは凄いですよね。ほら、彼ですよ一一一クセッ毛の彼、天根ヒカル。ダビデ像に似ているから部員には『ダビデ』と呼ばれているオヤジギャグ好きですね」 「最後の説明はいらないんじゃ……」 「いえいえ。このオヤジギャグは試合中の合間にも飛び出してきますからね。オヤジギャグ好きにはたまらないアピールポイントですから」 「……………はぁ……いーけど」 絶対に必要ない情報だとリョーマは思った。 呆れながら試合コートに意識を向けると、そのダビデいわく一一一天根が、オヤジギャグを言って同じチームの相棒である黒羽春風に飛び蹴りを喰らっている場面だった。 試合中なのにツッコミするんだー……とか妙な感心をしてしまった。 「………なんて言っていいか判らない人達だね」 「ああいう明るさがウチにもあったら面白いですね。ブツブツ言う伊武にツッコミしかける神尾とか」 「…………そんなもの返り討ちにあって終わりじゃん」 しかも伊武はリョーマと同じドSを自負している。ツッコミかましたら喜々として苛め抜くのが、容易く想像がついてしまうから、絶対に神尾は頷かないはずだ。 だれも好んで苛められに行きはしない。そんなヤツはMだけだ。 (残念だけど神尾はMじゃないし…) しかし何を考えて副会長は発言したのだろう。 真意は不明である。 副会長は「それは残念です」と、実に未練たらたらの様子を見せていた。 最近、妙な行動が目立っている副会長の謎は深まるばかりだ。
一一一一試合は続く。 パワーでは六角中の二人の方が断然、上である。 対する氷帝もパワーに定評のある鳳と宍戸コンビであるが、六角中と比べると、どうしてもパワー負けしているのはいなめない。 「鳳のスカッドサーブも六角には無効でのようで、あっさりと打ち返されてますね。パワーもあってスピードもあるバランスの良いダブルスですが、総合力では六角中の方が上ですね」 六角中のダブルスはパワーだけではない。パワーもさることながら、スピードもある。パワーで攻撃してスピードで守備する一一一一それは攻守に自在に変化できる独特のスタイルであった。 しかし。 「うん。だけど勝つのは氷帝なるね」 リョーマの宣告は目の前の状況を覆すものだった。 現にリードしているのは六角中である。 観客はこのまま六角の攻勢が続くと思っているはずである。氷帝の応援の声にも覇気がないのがその証拠である。鳳と宍戸は明らかに劣勢であった。 「……おや。それはそれは波瀾の予感ですね。もしかして逆転劇ですか?」 「この試合……シングルス2までは回らない」 「ほう……3-0ですか」 「……あくまでも予想だけどね」 フォローをするリョーマだが、その予想がピタリと当たるのが彼である。 副会長は全く疑うことはなかった。 「氷帝も着実に戦力アップをはかってきたようですね」 なんせ、発言をしたのが越前リョーマである。彼の言葉ほど信じられるものはないと豪語できるほどなのだ。越前シンパの急先鋒である副会長が、異論を言うことは無かった。それだけ信頼しているとも言う。副会長はパソコンを開いて、リョーマの予想した結果を打ち込んでいた。 「それにしても氷帝のレギュラー陣は、個々のレベルが急激に上がってますね。これは全国大会へと向けた調整と考えていいですね」 「あそこも温存戦法だからね。全国大会でベストになるように仕向けているんだろーけど……」 不動峰ほどではないが、関東大会でも部長の跡部まで回ってくることはほとんどない。実力の7割程度で勝ち進んでいるのが、当たり前。一一一一それだけに、先日の青学との試合は決勝戦ほどの価値があったと言って良いのだろう。強豪といわれる学校は、ほとんどが実力を出し切ってないで全国大会に出場してくる。立海大しかり、氷帝しかりと部長の出陣はほとんどないのだから。 本来、青学は全国大会へ出場できるほどの実力校なのだ。 そう考えると組み合わせの運っていうのも大切である。 一回戦で青学と氷帝というカードがまみえてしまったのも、全てはくじ引きによってである。シードされていた青学の対戦カードを引いた跡部が凄いのか、初戦で敗退しなくてはならなかった青学としては、運がなかったと言えよう。 せめてベスト4に残れる組み合わせだったら一一一実力校であるが故の嘆きだろう。 「立海、不動峰、氷帝、六角一一一一と、敗者復活戦での勝ち組が全国へ行けますが、データから見れば山吹優位が妥当ですか……」 「………団体戦だからね」 個人的に能力が高いだけでは勝ち抜けない。 団体戦では総合力が優っている学校が、勝ち抜ける要因となっている。 特に山吹はシングルスとダブルスの二つが強く、他の学校よりも抜き出ていた。 「山吹はシングルスの千石と、ダブルスの……ジミーS……のおかげで良い結果となっていますが、決定打不足はかわりないですね。先日までいた阿久津が抜けなければ、全国上位は確実でしたでしょうが……」 「…………………。」 誰の所為とは言わない。 副会長は眼鏡を押し上げて苦笑するのみだった。 「まぁ、準決勝が終われば一応の一区切りとなりますね」 ここまでは不動峰は完全に負け仕様一一一一だけど全国大会ではそうはいかない。リミッター解除して全力で戦えるのだ。 「フフ……楽しみですね、会長」 「強いトコと戦えるのがね」 フフフ……と妖しい笑いを浮かべるリョーマと副会長であったが、リョーマはすぐに顔色を変えて走って行ってしまった。全速力で逃げてゆく一一一一。 見送る形となった副会長の背後から、馴染み………というか聞き慣れた声が聞こえてきた。
「リョーマ!! リョーマ!!」 「おいこらッ! てめぇ大人しくしてやかれッ!!」 「樺地!! ジローを取り押さえてろ」 「ウス」 「ヤダよ! あそこに、リョーマが……!!」 「今は試合中や!! こら、逃げんなジロー!!」 「あきらめやがれッ!!」
ドカッ!!
「なるほど……」 振り向かなくとも判り易すぎる声であった。
数分後……。 リョーマは普段かかない汗をかいていた。 運動でかいた汗ではない。冷や汗というやつだ。 異様なスピードで氷帝戦のコートから逃げてきたリョーマは、周囲を警戒しながら歩いていた。どこから来るか判らない相手に油断は禁物である。 (試合を放っぽって来そうだし……) まさに溜息しかでない。 関東大会では氷帝と当ることはもうない。 問題は……全国大会の抽選だけだろう。 一一一一願わくば氷帝と当りませんように……と、神頼みするしかない。 (初っ端からブチ当るのだけは勘弁してほしい) 目的もなく(逃げる為だけに)歩いてきたリョーマだったが、もう一つのテニスコートの歓声に足を止めた。王者立海大付属と不動峰の試合会場であった。
「ダブルス2が終わったか……」 6-0で立海の柳生・丸井ペアに不動峰はストレート負けをした。 それだけではない。 これから不動峰は完膚なきまでに負けをきすのだ。 圧倒的な力の差を見せつけての立海大付属の勝利となるだろう一一一。
悔しがる不動峰の面々。 余裕の立海大付属の選手達。 全てが一一一リョーマにとって、駒でしかない。
「ここに幸村がいなくて本当に、良かった」 彼ならば看破しただろう。 不動峰の選手の実力がこんなものではないと。 リョーマの通っている学校であるから尚更と、警戒したはずだろうが…………難敵・幸村は不在である。要注意人物の欠けた立海大のメンバーでは、この大掛かりな詐欺まがいの舞台は見抜けないだろう。向うにコート上の詐欺師とかいうヤツがいてもだ。こちらは念入りに、学校ぐるみで隠してきたのだから。それもリョーマの筋書き通りに。 演じさせられているとは誰も思うまい。 一一一一一幸村以外は……。
「全国大会は面白くなるね一一一」 もはや予想ではない。 その先に見据えるものは、不確かなものではなく、リョーマにとっては確実なる未来でしかなかった。 「そしてできれば………………」 一瞬だけ遠くを見つめた視線は、宙に浮いてすぐに元に戻った。苦笑したリョーマが何を想像したのかは伺うことは出来なかったが、確かなことはひとつ。
彼に導かれて不動峰が伝説を打ち立てることになる物語が一一一一一一全てを巻き込んで、すでに回り始めている事だけであった。
目次|過去|未来
bzen
|