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2004年07月20日(火)   乙女なげやり/三浦しをん

ウェブエッセイ「しをんのしおり」をまとめたエッセイ。
本屋さんで一緒にいた友だちに「これおもしろかったよ」と薦められ、その場にあったこの本。しかもサイン本。というわけで即買いしたもの。
相変わらずの妄想っぷりに頭が下がりました。



ねえ、関口くん。我々の挙動不審ぶりは、我々自身のかたくなさに起因するものじゃあるまいかね。いい年をして、いつまでもこんなことじゃいかんよ。もっとスマートに。いつだってオープンマインドで。頑張れ、我々……!
絶対に無理そうである。


三浦しをん:乙女なげやり,p.93,太田出版.



2004年07月17日(土)   零崎軋識の人間ノック/西尾維新

戯言シリーズにも何回か名前の出てきた『愚神礼賛(シームレスバイアス)』の零崎軋識さんが主役。
人識くんがナイフ、双識さんが大鋏ときて、軋識さんは釘バットですか。殺人に向いてるような向いていないような…。
人間試験で零崎一族が「家族」だっていうのはよくわかりましたが、「兄弟」関係にあるのは、双識さん・人識くん・舞識ちゃんだけなんですかね?人識くんにとって、双識さんは「兄貴」で軋識さんは「大将」ですし。
戯言シリーズ自体は、9〜11月に出るネコソギラジカルで完結しそうですが、この零崎一族についてももっと暴かれることを期待。
今回のこの短編、クビツリファンにはたまらない某策士さんと闇突ちゃんが出てきます。これだけでも読む価値ありました。



「人識。おめー、人殺し、楽しいちゃか」
「んーん?」
ぶいん、と、軸の通っていない不恰好なフォームで一つ、『愚神礼賛』をスイングして、人識はとろけるような、極上の笑顔を浮かべる。
「つまんねーよ」

人殺しなんて、つまらない。
それが十四歳の時点での、零崎人識の解答だった。(ファウストvol.3 p.159)



2004年07月09日(金)   禅定の弓 鬼籍通覧/椹野道流

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火災現場からO医科大学法医学教室に運び込まれた老人の遺体。単なる焼死と思われていたが、伊月とミチルが解剖したところ、遺体からは煤の吸引も、一酸化炭素中毒の症状も認められなかった……つまり、火災の前に死んでいた!同じ時期、同地域で連続動物殺害事件が発生。伊月、ミチル、新米刑事の筧の三人は真相に迫るが……。(裏表紙より)
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約2年ぶりの新刊、法医学教室奇談(オカルト)シリーズです。
今回こそ、オカルトに「?」をつけさせていただきたい…。さらに帯のコピィも微妙に的外れ。がんばれ、講○社!
このシリーズ、どこがお勧めポイントかと聞かれれば、�)^絣悗望�し詳しくなれる、��後味苦し、�3鴇牢屬痢嵌喊�う人々」がおもしろい、でしょうか。
この「飯食う人々」を読むと、どんな状況心境でも人間って飯を食うものなんだ、とか、いかに飯の場面が悲喜交々であるのか、とか感じます。
あとがきによると、このシリーズこれからもひっそりと続いていくようで、小躍り小躍り。



「(略)人間は難儀なもんで、過ちを踏まえんと進歩できへん生き物やからな」


椹野道流:禅定の弓 鬼籍通覧,p.126,講談社.












2004年07月08日(木)   スカイ・クロラ The Sky Crawlers/森博嗣


次作「ナ・バ・テア」を読んで即、読み返しました。
これを初めて読んだときには、わからない、と思いました。それもかなり強く。
表紙の言葉、「僕はまだ子供で、ときどき、右手が人を殺す。その代わり、誰かの右手が、僕を殺してくれるだろう」がまず理解できなかったのだと思います。
が、「ナ・バ・テア」を読んだ今、前回とは全く違う印象でした。
空は静かで、他者との関係を隔絶でき、ひとりになれる場所。
その場所をただ純粋に求めるから、飛行機に乗り、操縦桿を握り、時に邪魔するものを撃つ。
終わりのない空と終わりの曖昧なこの話を、とてもきれいだと思いました。



理解されたくない、という気持ちが、空へ高く上らせる力となる。



森博嗣:スカイ・クロラ The Sky Crawlers,p.268,中央公論新社.












2004年07月06日(火)   ナ・バ・テア None But Air/森博嗣

ただ空があるだけ。
タイトルそのままのおはなしでした。
職業飛行機乗り(軍人や戦闘機乗りではないと思う)のクサナギ、空から離れては生きていけない、生きたくない、そういうわがままなまでの空への憧れ(とは違うかもしれないが一番近い)。
文章もレイアウトも読みやすく、淡々とするすると読めてしまうだけに、そのクサナギの想いに粘度を感じてしまいます。
願わくば、争いがなくなった空でもクサナギが飛び回っていますように。
前作「スカイ・クロラ」同様、すてきな装丁も、小説のイメージにぴったり。
散香、翠芽、泉流、というネーミングもとてもきれい。



躰が軽い、と感じる。
この軽さが、僕のすべて。
愛するために生まれてきたのではない。
愛されるために生まれてきたのでもない。
ただ、軽く……、
飛ぶために、生まれてきたのだ。


森博嗣:ナ・バ・テア None But Air,p.299,中央公論新社.















ゆそか