2002年04月29日(月) |
リムレスの空 魚住くんシリーズ5 |
本当によい話でした。もう終わってしまうのかと思うと寂寥感が…。 恐怖から逃げない、傷ついても自分独りで恐怖と向き合うことを止めない。好きな人たちと離れることでその存在を失うかもしれない、それを怖れている自分に気づき、そんな弱いとすら思える自分を見つめることを止めない。それは彼の強さでした。 どんなに傷つくことがあっても折れることなく、むしろ強くしなやかに伸びていく彼から目を話すことはできません。彼がそうやって生きていく限り、彼の友人は彼を愛しつづけるでしょう。 このシリーズから教えられたことがたくさんありました。このシリーズを通して、人間同士ほんとうに分かり合えることは少なくて、でもだからこそその繋がりを断つべきではないのだと感じました。
河の勢いに流される木の葉のように生きていくのだろうと――思っていた。 だが今、それでは嫌だと思い始めている。 魚になりたい。 小さな魚でいい。濁流に揉まれ、岩に叩きつけられ、鰭を削りながら、どんなに不器用でもいいから自分の力で泳いでみたい。(略) 追い風が吹く。 潮の流れが変わる。 小さな魚になって、河から海へ泳ぎだそう。
榎田尤利:リムレスの空 魚住くんシリーズ5,p.199-200,光風社出版.
ファンタジーというと、魔法で何でも解決!とか扉を開けるとそこは不思議の国!とかいったイメージがとっても強かった(そういうイメージのファンタジーを嫌っているわけではなく、むしろ好き)のですが、この小説は全然違う。中国の歴史小説のようでした。 ファンタジーノベル大賞をとっているのだからファンタジーだってことはわかっていたのですが、読み進んでなお史実を小説化しているとしか思えませんでした。つまり、それだけ設定がしっかりしていて、話が巧いってことですよね。 内容はなんだかとてもアンナコトやコンナコトだらけなのですが、それ以上に話の語り口がおもしろい。
「すべての真理はどこから生まれてくると思うかね」(略) 「それは子宮さ」(略) 「女の腹からすべての真理は生まれるのだ。それが、答えだ」
酒見賢一:後宮小説,p.138,新潮社.
2002年04月27日(土) |
ST 警視庁科学特捜班 |
キャラクタの個性の強さで読ませる話かと想像していたのですが、そんなことない。殺人と裏組織、全てを俯瞰し影で操っている(っぽい)人間。それぞれの意図が交錯して、殺人の輪郭をよりぼかしている。そのストーリーの展開が絶妙。 ストーリーとは関係ないのですが、作中のプロファイリングのパタン説明が詳しくてかなり興味をもちました。
「(前略)社会を営むためにルールを定める。でもそのルールがすべての個人にマッチしているわけじゃない。犯罪というのはすべての個人に内在している。だからさ、犯罪というのは反社会的ではあるけれど、反人間的ではないんだ」
今野敏:ST 警視庁科学特捜班,p.235,講談社.
2002年04月26日(金) |
いつ入れ替わった? An exchange of tears for smiles |
実はこれ雑誌を立ち読みした短編なので、本来ここに書くのは(自分的に)だめなのですが、いい気分なので無礼講。 このシリーズで私が最も好きなキャラクタ、喜多先生ががんがん出ていて、本屋で立ち読みしながらにまにまが止まりませんでした。(なら買えよ) 主人公(?)ふたりの関係も、予想以上に伸展してちょっと読んでいる方が恥かしくなったりしましたが。ここまで進展すると、もうこれ以上進まない気がしてならないのはなぜでしょう。
「あれ、泣いているの?」(略) 「変なの。どうしてかしら?」 「そっちの方が、その……、素直かも」 「ええ……、いつの間にか、入れ替わったみたい」
森博嗣:いつ入れ替わった? An exchange of tears for smiles,小説現代5月増刊号メフィスト,p.66,講談社.
「許さなくたって、相手とつき合っていくことはできるわ。お互いにすべてのわだかまりをなくして生きていけるほど、人間なんて単純じゃないもの」
和泉桂:約束のキス,p.114,講談社.
(前略)己のその弱さと罪を認め、そしてそれでも生きていこうとすることが、強さなのだろうか。一人では生きていけぬことを思い知り、許されぬ罪を贖おうとあがくことが、本当の強さなのか……。
和泉桂:キスのためらい,p.301,講談社.
2002年04月21日(日) |
蒼い千鳥 花霞に泳ぐ 薬屋探偵妖綺談 |
このシリーズって、読む側がどんな内容を期待しているかで、好みが分かれると思うのですが、私は、キャラクタがよいってのもあるのですが、どちらかと言うと文章の視線が好き。 何を書いてもネタバレになりそうなのですが、これだけはよいかな。今回の話は、シリーズ内の現時点よりも5・6年前の話。なので、キャラクタの人間関係がなにやらとても初々しくほくそ笑んでしまいます。 これまでの話では全く触れられていなかった(と思う)謎が、この過去の話でちょっとだけ現れ、え?え?とかなり疑問符を浮かべていたのですが、今後明らかになるのでしょうか。
表面だけ家族らしくても仕方ない。 形だけ整えてても意味はない。 家族らしくなくても、血が繋がっていなくても、心に強い意志を掲げていればその想いこそが家族の証だ。本物か偽物かなど関係ない。
高里椎奈:蒼い千鳥 花霞に泳ぐ 薬屋探偵妖綺談,p.229,講談社.
相手をいとおしいと感じ、その熱を分け与えてほしいと願うことには終焉がないのか。(略) 永遠に終わることなく募る、その不思議な感情の繰り返し。 潮の満ち引きのようなこの現象を、恋愛と呼ぶのか。 だとすれば恋ほど不自由な感情は、この世にないかもしれない。
和泉桂:キスの欠片,p.181-182,講談社.
(前略)むやみやたらに意地になって、言葉を省いたって大切なことは伝わらない。 一番大切なことは、自分の気持ちを伝えるための努力だ。 それが言葉だろうと仕草だろうと、大差ないのだ。
和泉桂:キスの法則,p.278,講談社.
「──大人になるのは、自分が独りだって知ることだ」(略) 「誰にも頼れないし、自分自身で立つしかない。そうやって生きなくてはいけないと知るのが、大人になることだ。だから大人はいろいろなことを我慢するし、特別なことがないと、弱音も吐けない」
和泉桂:吐息のジレンマ,p.283,講談社.
恋愛なんて、相手が逃げ出すか、自分が逃げ出すか、その根比べだと思っていた。 目の前にある感情を諦めるまでの勝負だと信じていた。 だけど、それは誤りだった。 どちらの情熱が沸点に達するかまでの問題で、どちらがその熱に耐えきれなくなるか、の間違いだったのだ。
和泉桂:微熱のカタチ,p.290-292,講談社.
互いに一人で、自分だけの力で立っていたいと思う。誰にも寄りかかりたくないと思う。 それでも最後の支えを選ぶとすれば、それは目の前にいる相手でなければいけない。 そう願うことの絶え間ない繰り返しを、なんと名づければよいのだろう。
和泉桂:キスの予感,p.260,講談社.
お互いに少しずつ、今まで知らなかった自分になっている。 それが恋の副作用であるならば、そんなことも悪くはない(後略)。
和泉桂:不器用なキス,p.268,講談社.
「美とは呪よ」(略) 「おまえが、あの桜の花びらが落ちるのを見て、美しいと想ったり、心を動かされたりしたら、それはおまえの心の中に、美という呪が生じたことなのだ」
夢枕獏:陰陽師 付喪神ノ巻,p.149,文藝春秋.
「(前略)おまえは、皆にとって、必要な人間なのだ。おれにとってもな――」(略) 「おまえは、ほんとうに、よい漢だからな」
夢枕獏:陰陽師 飛天の巻,p.150-151,文藝春秋
ちょっと前に大ブームだった(今も?)陰陽師ものですが、ブームに遅れてのったわけではなく再読。(言い訳)岡野玲子氏のマンガ「陰陽師」の原画展に先日行って来たので、再び自分の中で燃えるものがあったので。 これは前述のマンガの原作なのですが、もうすでに別世界を創ってますからね。こちらとあちらでは。別個のものとして十分楽しめます。でも、共通する点が、晴明と博雅の掛け合いの妙。間がよいのですよ、とっても。
「なあ、晴明よ――」 博雅が言った。 「人とは、いつか、死ぬのがよいのだな」(略) 「おまえは、優しい漢だな」 黙っていた晴明が、ぽつりとつぶやいた。
夢枕獏:陰陽師,p.329,文藝春秋.
あの人が好きだから。 やわらかな彼の言葉を大切にしたい。それが真実だと思いたい。 それを信頼だというのなら――なんてくすぐったい感情なのだろう。 もっと女々しくて弱々しく、情けないものだと思っていたのに。
和泉桂:キスをもう一度,p.279,講談社.
「――――俺を満たしてくれたのは君だけだった。君だけが俺のことを助けてくれた」(略) 「君は特別すぎて、どこもかしこも好きだから、どこが好きかなんて決められないよ」(略) 「それじゃだめかな」
和泉桂:キスさえ知らない,p.265,講談社.
あの人はそうして、自分の気持ちも咀嚼していく。 (前略)技術も味も、心情もすべて呑み込み、彼の血肉となっていく。 ただそのためだけに、自分は作る。 彼に咀嚼してほしい。 彼の一部になりたいから。
和泉桂:キスの温度,p.239-240,講談社.
「料理って、ある種セックスよりも官能的じゃないか?」(略) 「だってさ、ときどき思うんだ。自分の作った料理が、好きな人の血や肉になる――相手と同化するなんて、すごく色っぽいと思うけれど」
和泉桂:キスが届かない,p.129,講談社.
2002年04月01日(月) |
池袋ウエストゲートパーク |
2、3年前の同タイトルのTVドラマの原作。(長瀬くんと窪塚くんが出ていたと思いますが、他の方は覚えてない…。) この本は短編連作集なのですが、ひとつひとつの話がいろいろな社会問題(ドラッグ、売春、etc)を含んでいる。なのにドロドロでイタイだけの話にならず、さらりチクリと表現されているので読み易い。しかも考えさせられる。 池袋で生きている少年たちの日常。暴力、犯罪がありふれた日常。主人公(マコト)もその中で生きているが、どこかほかの少年たちと違う。で、ぶっちゃけた話、とってもその姿がかっこいい。(普段は、家の青果店の店番をしているってとこもちょっとおもしろい。)他にも個性の強い脇役がぞろぞろ。ただ群れているのではなく、ちゃんと彼らなりのルールがあって、学校なんかよりもずっとそのルールを遵守し、その中で横のネットワークを複雑に構築している。ちょっと見方が変わりました。 余談ですが、話の中で出てくる"Gボーイズ"というグループ(チーム?)のGって何の略でしょう。ストーリーから考えてギャングかな、とも思ったのですが、ギャングって言葉、もう死語か?
ストリートはすごくおもしろい舞台で厳しい学校だ。おれたちはそこでぶつかり、傷つき、学び、ちょっとだけ成長する(たぶんね)。街の物語には終わりがない。 だから、おれもさよならはいわない。いつか、どこかでまた会おう。
石田衣良:池袋ウエストゲートパーク,p.359,文藝春秋.
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