鴨河童★備忘録
藤誠



 夏風邪…(駄文)

(ノД`)風邪を引きました。

一日だるいったら…

明日までにやってかなくちゃならない宿題があるのに全然手つかずです。
(゜_゜;)

夏場になるとパソコン本体がすごく熱くなって危険な感じしますよね。
連休前にソフマップでパソコンの下に敷く「ひえひえ」みたいのを買ってきたので、敷いてみたら効果絶大でいい感じです。思わず少し冷凍庫に入れておいて枕にして横になってみたり(いかん!寝てしまいそうだ!)

あたくしは仕事で進学情報誌の編集をしております。
募集要項の見方とかのページを作ってます。
アドミッションポリシーってなによ?とかです。
国立の受験方法がかわったそうです。
これから受験する若い人は大変だね。
国立大学、センター試験5教科7科目受けないといけないんだってね、
理科、がんばってよ。

そんな感じ。


2003年07月21日(月)



 西伯利亜日記

今日、会社のお使いで本郷3丁目まで出かけて、駅の角に一軒古本やさんがあるのでちょっとだけ寄り道したですよ(こらこら)。ああ、こないだ買いそびれたジョン万次郎の本でも買うかな、と思ってちょっと見たらA4サイズの和綴じの本があって、…亜日記って書いてあるのが見えたんですな。
で、手にとって2〜3ページめくってみたら「本書は父榎本武揚が…」と書いてある!速攻でレジに持って行きました。2500円でした。
文章は勿論体裁も原本のまま写したものであると書かれており、中に写真とか図版とかもついてましたv でも巻の一しかないんです。日付にして明治11年7月26日から9月12日まで。巻の二も揃っていたらこの値段では買えなかったのかもしれませんが。
釜さんのシベリア日記は加茂儀一の「資料・榎本武揚」に載っていて、こちらは現在未整理本の中に積まれております(笑)たしか4000円でネットで買ったのです。日記、少しだけ読みましたが釜さん、日々「ワンドロイス」と戦っておったようです。

日曜日は掲示板にも少し書きましたが横須賀で佐々木譲氏の講演があり、飛び入りで聴講させて頂きました(汗)本当ははがきで申し込んで入場券を送ってもらわないといけなかったのですが、何人か欠席の方がいたとみえて開講間近になったら中に入れてもらえました。
で、前のほうあいてますからどうぞ、と通された席が佐々木先生かぶりつきの位置だったという…残り物には福があります。といいますか、非常に緊張いたしましたです。(小心者)

講演タイトルは「中島三郎助」。
佐々木先生はいま神奈川新聞で「くろふね」という小説を連載していて、それ前にも榎本武揚の生涯を描いた大作「武揚伝」を書かれているので、取材エピソードやこだわりの佐々木説などを披露されました。中島三郎助については地元の皆さんのほうが詳しいと思うので、横須賀から離れたところの話を…と前置きして主に長崎海軍伝習所時代の話をされました。

中島三郎助は元々砲術の専門家でありまた、手引き書だけで鳳凰丸を作ってしまうという非常に優秀な造船技術者でもあった。幕府は外国船に備えて大型の船を造り操船できる専門家を育てるのが急務だったので、当然中島にも声がかかったものである。

さて、中島は長崎海軍伝習所の1期生で、そのときオランダ語ができるというので勝海舟なども同期だった。

長崎海軍伝習所の修業年は1年6ヶ月。
勝などは語学は得意だったがほかの科目(天文学とか物理とか航行学)がからっきし駄目だったのであえなく落第となった。
中島は卒業できることになっていたのだが、そのとき長崎にあった練習船「観光丸」は外輪船であって、次期教官がオランダから乗ってくる船が最新型の「蒸気船」だったのでそちらの操船も勉強するように幕府から指示され、もう1期勉強することになったものらしい。
ちなみに榎本武揚は1期から勉強していたのだがそのときは聴講生で、2期目から正規生として勉強するようになった。(オランダの教官カッティンディーケ先生の回想録によると、榎本武揚の名前が1期生の中にある)

榎本と中島はこの長崎海軍伝習所で親交を結び、勝とはこのころからどうもそりが合わなかったらしい。ちなみに後に榎本はオランダに留学する際、行きの船がセントヘレナ島に寄ったとき、中島あてに手紙を1通出している。ナポレオンのことを詠んだ漢詩が書かれていて、そのような心情を伝えたかった一番の友が中島三郎助であったというところに注目したい。

講演は以下もっと続く…なんですがちょっと休憩。

この日、5月に箱館五稜郭祭でお目にかかった友達に再会。三浦にお住まいのkさんでした。やーどもどもお久しぶりー!などと挨拶を交わしましたが、箱館にて初対面の方と横須賀で再会するとは!幕末関連は狭いサークルであちこちつながっておることを実感します。講演のあとは佐々木先生に持参の本にサインを頂き(これは武揚伝ではなく愛読の「ベルリン飛行指令」でしたv実は武揚伝の作者がベルリンの作者だとはついこの前まで知らなかったのだった!なんだかペリーの船に乗った中島三郎助が箱館で死んだ中島三郎助と同一人物だったとは知らなかった! とおっしゃる佐々木先生に近いものがあります)、その後kさんと一緒に別館で展示されている中島三郎助展を見学することに。
展示ではアメリカ人が書いた「ペリー提督久里浜上陸の図」に中島三郎助が描かれているのを確認したりして「わーわー、きゃーきゃーv」と楽しく見て回りました。
そのほかに中島三郎助直筆の手紙、掛け軸などが展示されていましたが、さすがに達筆。あと、中島のお父さんは俳句もたいした詠み手で、号は木鶏といいますが、奇しくも清河八郎と同じなんですね。実はかの木戸孝允も桂の字を崩して木圭という号を使っているんですが、これはかつての師匠を意識してのことか? などというコメントが書いてありました。

木鶏師匠の作品(家族宛の手紙の中で)

西上人の古詠を思ひて
われもまた花のもとにと思ひしに若葉のかけにきゆる命歟(か)

西行を慕っていた人といえば高杉晋作を思い浮かべますが、彼のは

西に行くひとを慕うて東行く

…だいぶ趣が違いますの。

余談ながら、当日会場に中島三郎助の御子孫がいらっしゃっていたのですが、中島三郎助にそっくりなご容貌、間違いなく中島家の方だと思いましたです。

2003年07月16日(水)



 ネットで…2

先日お父さんの蔵書を相続したという方の話をしましたが、その後も快調に出品しておられ、今度は維新日乗纂輯の5冊セットを12000円で買いました。一瞬120000円だったらどうしよう、と思ったんですが大丈夫でした。旧幕府なみのボリュームの本がどさっと届くのかと思うとちょっとめまいです。維新日乗纂輯はいろんな人の日記とか覚書なんかを集めた本で、前にゆぅちゃんが宮部鼎蔵の書き残しから新見錦情報をgetしたこともあります。楽しみ楽しみ。

あ、8月の横須賀灼熱ど根性開国祭、パレード参加させていただく方向です。
夕とはいえ、4時じゃあまだ灼熱だよなぁ…死にませんように。
因みに7月からスタートの中島三郎助展ですが、確か中島三郎助に関する講演があった筈、イツなのか知らん?
それ前に会社のど修羅場をなんとか切り抜けないと…気が重いー。

最近ネットで買った本

新人物往来社「榎本武揚未公開書簡集」榎本隆充編5800円
御前、申し訳ありません。中古で買わせて頂きました(爆)

中央書院「志士・詩人雲井龍雄」尾崎周道1500円
雲井龍雄の生涯と節目ごとに書かれた詩について解説されている。


2003年07月08日(火)



 最近のようす

えーと。

先々週はずっとめ組のお芝居を観に下北沢に通ってました。
8回も観ちゃった私はめ組の大ファンv
め組さん、次回の演目は「赤報隊」だそうで、相楽役の役者さんに長谷川伸の「相楽総三とその同志」など、いくつか史料を差し上げたりしましたv
なんだかまたマニアックな劇になりそうな予感。

先週の土曜日は某大学の史学科に通われている若嬢のお供でうさこさんとご一緒に榎本隆充氏にお目にかかりました。場所は普段は爵位をお持ちの方しか入ることの出来ない霞会館(噂に漏れ聞く鹿鳴館の模型も見ましたぞ!)。私たちは若嬢のゼミ担当教授のご紹介で呼んで頂けたのですが、なんとその教授は越前島津家のご当主でいらっしゃるところの島津晴久氏でございました。(家系図を遡ると源頼朝まで辿ることが出来る凄いお家柄です!)
お話では次から次へと明治時代の重鎮の名前が飛び出し、メモをとる手も休みがちに聞き入ってしまった。やはり大政奉還から王政復古にいたる動乱期の話は面白かったです。あと、釜さんとっておきのいい話もいくつか聞かせていただき、牢獄でいろいろ書き留めたであろうメモ帳「獄中詩」とか、たづさんが釜さんに宛てたお手紙(本物!)など貴重な品も見せていただきました。
その後、八郎忌でお目にかかった西島陸軍中将閣下のお孫さんとご一緒に北海道の幸をご馳走になり。さらに赤坂のジャズバーにて榎本御前のお歌(プロ級!)も聞かせていただきました!なんだか大変な幸運に見舞われ、姉小路卿のお供で松平春嶽侯に会いに行く武市半平太の気分でごさいました。

そんなこんなですっかり榎本総裁激ラブになっており、鴨河童から軌道が大幅にずれていますが、ちゃんと戻ってくるつもりですのでどうぞお見捨てなく〜(滝汗)

最近買った本

続日本史籍協会叢書「高松稜雲翁経歴談・函館戦争史料」18000円
北海道新聞社「幕末の密使会津藩士雑賀孫六郎と蝦夷地」好川之範1500円

2003年07月02日(水)
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