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りょうちんのひとりごと
りょうちん
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2018年12月30日(日)
Vol.877 眠ったままの通帳

おはようございます。りょうちんです。

保険証券や実印など大事なものばかり入れてある秘密の引き出しの奥に、昔はメインバンクだったのに今はすっかり使わなくなった銀行の預金通帳が眠っている。俺が地元の千葉を離れ就職した時、勤務先の会社からの給与振り込みがこの地方銀行だったので、その際に開設したものだ。通帳を見返すと、当時契約したての携帯電話の引き落としの記録だけでなく、入社1年目の俺の給与額やボーナスの額も細かく残っていて懐かしくなる。
しかし気になるのは、最後の記帳である。日付は転職のため会社を退職した月の月末になっていて、そこには数十万円もの残高が記されたままだ。このお金、20年近く経ってしまった今、どうしたのか全然記憶がない。千葉に戻る時に全額下ろして今使っているメインバンクに改めて預けた気もするし、そっくり手つかずのまま残しておいてある気もする。千葉県内には店舗どころかATMさえ持たない地方銀行なので、残高がいくら残っているのか確認することもずっと難しかった。
都内に出る所用があった際、一度通帳を持ってこの地方銀行のATMを訪れたことがあった。通帳の記帳さえできれば、残高がいくらなのか確認することができる。しかしATMに通してもエラーが表示され、窓口へという案内が出てしまった。通帳の表紙で笑う当時のキャラクターだったトムとジェリーはもうどこにも存在せず、これは相当古いデザインの通帳だと理解できた。だがあいにくこの日は週末で、窓口は開いていなかった。
別の日。今度は直接窓口に行き、いくらの残高があるか調べてもらうことにした。眠ったままの通帳に大金が残されていたかもしれないという期待を隠しても、調べるのに時間がかかっている分ドキドキは増してくる。待つこと1時間、ようやく呼ばれた窓口で残高照会を見せられ、少しほっとした。20年分の利子がついて、預金額は1,000円とちょっと。すっかり忘れてしまっていたが、ちゃんと俺は今のメインバンクへ移し替えていたようだ。損した気分ではないが、期待に胸を躍らせた俺が滑稽に思えた。



2018年12月29日(土)
Vol.876 平成最後の

おはようございます。りょうちんです。

今年の流行語大賞に、平昌オリンピックで活躍した女子カーリングチームが頻繁に口にした「そだねー」が選ばれた。そもそもこの流行語大賞が毎年選ばれること自体、いささか疑問に感じるのだが。今年の「そだねー」は俺ですら何度も耳にしたし、自分で口に出すこともあって、例年と違い納得ができた。しかしこの「そだねー」を超え、夏頃から急激に、しかも最近ではやや過剰気味に使われている今年の隠れた流行語がある。「平成最後の○○」という言葉だ。流行語の候補にノミネートすらされなかったが、俺はこの「平成最後の○○」が大賞でもおかしくなかったと思う。
最初に使われたきっかけは、「平成最後の夏」というフレーズだった気がする。今年の夏は各地で猛暑を記録し、台風や豪雨であちこちで水害が起きた。ちょうどその頃に来年4月で平成の時代が終わり新しい元号に変わるというニュースが重なり、今年の夏を印象づけるワードとして「平成最後の夏」がメディアで使われ始めたんだと思う。だがこの「平成最後の」という枕詞だけが異常に独り歩きしてしまった。今や必要以上に「平成最後の○○」という言葉が使われ、いたるところで目や耳にする。
「平成最後のシルバーウイーク」とか、「平成最後のハロウィン」とか。いや、ちょっと待て。平成が始まった30年前、シルバーウイークはまだ存在してなかったし、ハロウィンも日本では相当認知度の低いイベントだったはずだ。「平成最後の」の正しい使われ方は、平成の時代を締めくくるイベントとして例年より盛大で記憶に残るものにしたい、というのが本来の意味だ。というか、本当なら平成最後だからでなく、毎年それくらい印象深いイベントになるよう心掛けて行われるべきであるのに。じゃあ来年は、「新元号最初の」という枕詞が同じように流行しているのだろうか。
かく言う俺も、平成最後のクリスマスが過ぎ、平成最後の年賀状を書き、まもなく平成最後の年越しを迎えようとしている。何年かしたら、平成最後の冬はあんなだったなぁと懐かしむ時が来るのかもしれない。