断罪の時間 〜Dance!な日常〜

2016年11月30日(水) 「空気のあいだ」

11/29 いい肉の日。 最終回!

 ArtSpace
 bloom
 yoga and art ◎Opening PARTY◎

PARTY前半で準備を終わらせていましたが、
会が進むにつれてどうしようもなくカラダが冷えて
いきました。
かなえさんに一声なげかけます
「ちょっと走ってきます」
わたしは会場の外を周回した。
寒かったけど、とにかく最高のおどりがしたい。
何周したか今となっては思い出せませんw
けっこうなプレッシャーがきていたと思います。
さらに、戻ってきた直後の特別ゲストDIVAです!
順番はもう、、わかりませんw
いつ呼ばれるのかまるでわかりませんw
中盤はとっくに過ぎていました
後半です―

ドキドキと共に、
こころの準備は脆くも崩れ去っていた

そうしたものを感じながら
そういえば自分のダンスにとって、
この感じは “あたりまえ” のことだと
あらためてわかったのです

ダンスに自分自身の感性をのせる
その何がなんだかわからないようなもの
かたちのないものだからこそ
けっして曖昧には踊れないダンス
目に見えない何かが問われてしまうものです
いつもいつでも “最高の今” をおどる
そんな何がなんだかわからないもののために
これまで数年もリハビリをやってきました
正直にいうと技術がほとんど役に立ちません
そのときを感じとるセンサーの方がずっと大事です


『空気のあいだ』
 dance タイスケ
 クリスタルボウル かなえもん
 美術 木戸瞳


◎ “今を生きる” というのは常に大冒険◎

直前、かなえさんは言った
「タイスケくん! もうあの計画はできないよ!
 挨拶からはじめるしかないよッッ」

人知れずおどりはじめる計画はとつぜん潰えたw
DIVAたちがステージと客席の境界線を完全に
つくってしまっていたのである。
人のチカラとは空間を変えてしまうほどなのです!
人と人との隙間が、、ない!
ステージ前にしか空間は、、ない!
わたしは祝辞をマイクで述べたあと、
さいごにこう言った 「おどります」

 おどった記憶がほとんどありません

自分自身の再復帰公演でその秘密がとけることに
なります。《どうして記憶がないのか》
そんな中で断片をたどると、
無音からクリスタルボウルの音色がすこしずつ
響いて 瞳さんの絵を中盤でとりだしておどり、
小さな絵画をお客さんにわたしながら
その “あいだ” をおどったようです
やっぱり人と人のあいだをおどりたかったのかな
人と人のあいだにはいろんな思いがありますよね
よろこびや不安、恐怖もあれば楽しさもあって、
猜疑心もあれば しあわせもある。
いつもわたしはそのすべてをおどりにしたい、
そうおもっています
そんな混沌こそが《生きている》ということなん
じゃないか、そうおもっているのです
十数分でそれが伝えられたかどうかはわかりません
長くおどれば伝わるものでもありません
そんな職業です

自分ですべきことは誰もたすけてはくれない

こころはキリキリいってました
ソロというのはすべてを一身に受けてしまいます
しかしクリスタルボウルの音色と、
瞳さんの絵画は常にありました
こんなにこころづよいことはありません

そんな中で思い出したのは絵画のダンスです。
絵画をどうしてもおどらせたい人物がいる。
スタジオをひらいたKouさんとKaori。
この二人には絶対に一度は渡したい。
Kaoriはセンターのド正面にいたので、
まるで探す必要がなかったw
なにしろ道端では度が過ぎるほどの遭遇です。
ここでも例外なくそんな感じでした。
そんなところはどうやら最高の女のようですw
が、、Kouさんはどこを探しても見当たらない!!
なんだどうした、、どこにいるんだーーーーーーー
ダンスを踊りながら探すというのは、、
たいへんな困難です(爆)
なにしろお客さまたちには《探している》のが、、
《バレてはいけない》からです!!!
すべてありのままの自然体でおどらなければ、
ダンスというやつは潰えるのだ!!
今おもいだすとその時間は魔の時間でしたw
なにしろ絶対に渡したかったのだ 笑笑
長いことなんとかしようともがきつづけます。
そして、ついにKouさんを発見することは、、
できなかった―

『空気のあいだ』 完


瞳さんメッセージより
「今の自分ではここまでしかできん!
 って感じで描いたよ。
 本番の写真見たよー
 これは!!かなり素敵やん。
 重圧の中でもタイスケ君はやれる人なんだねー
 陰ながら参加できて光栄だし、
 とても嬉しかったよ! レッツ、後光!」

(※重圧の中でもやるしかありませんw)

かなえさんより
「ダンスとクリスタルボウルが
 めちゃくちゃ合ってたよ!って、
 すごく練習したんだね的なニュアンスで
 何人かに言われたよ 笑笑
 写真からもエネルギー伝わる!
 私も一生未熟者でいる〜\(^o^)/
 タイスケくんの葛藤も
 全てうつくしい作品になってる!
 謙虚で未熟としか思えない自分のすばらしさに
 自信を持てばいい☆
 ますますありのままのタイスケくんのダンスを
 続けてね!
 ご一緒できて光栄でした\(^o^)/」

いただいた感想より
「クリスタルボウルとの相性もいいね」

「なかなかダンスを見る機会がない友人が、
 それはもうえらく感動してた」

「踊りから伝わる真剣さ、ひたむきさ、繊細さ、
 そして優しさ。 感動的やったよ」


今をおどるというのは《練習しない》じゃありませ
ん。《練習しようにもできない》のです
あらためてそこに挑んでみて、
そうしてはじめてダンスに気づくことがありました
毎日を一生懸命にいきること
いつも “なりたい自分” 自分自身であるかどうか。
そんな《あたりまえ》に責任をもつことが、
《今の自分》に直結しているのを感じます。
ウソ偽りのない自分でいるからこそ、
相手が心をひらいてくれるのだとおもうのです。
感想のひとつひとつがわたしにとって勲章です
いいものもわるいものもひとしく勲章です
◎ようやく再復帰の一歩にたどりつけました◎

 末永くArtSpace bloom が
 ゆたかな空間でありますように

 KOUさん KAORI ありがとう



2016年11月29日(火) レッツ、後光!

つづきです。
11/29 いい肉の日。 本番当日ッッ

 ArtSpace
 bloom
 yoga and art ◎Opening PARTY◎

床だけ未完成のコンクリート。
たとえコンクリートでもはじまりの日です☆
この日、わたしは
生まれなおしてはじめておどります。
そんな機会をあたえてくれた、
ArtSpace bloom Kou & Kaori
 感謝をおどりにかえて
わたしのおどりははだしです
感性はひふからしかつたわらないからです
いつも心配されますが、いたってフツーです
靴履いたら、歌手がマスクして歌うようなもの。

『空気のあいだをおどる』
 dance タイスケ
 クリスタルボウル かなえもん
 美術 木戸瞳

実際のところ、リハーサルはできなかった
バンドの音合わせなどで時間はあっさり押していた
結果、ぶっつけ本番に―
いつもいつでも最悪の事態は想定内。
こういうのもプロの条件だとおもう。
どんなことにも、
対応できるようにしなければならない。

本番はいつだって何が起きるかわからないのだ

そして、ほんとうにそれが起きることになるのです
KAORIたち《オクラとイチゴとカルダモン》
KAORIの歌の師匠であるGUN Kondoさん。
AKIEの歌の師匠である中嶋晃子さん。
その2人が会場にお客さんとして来場していた。
「歌うつもりはない」と言っていたらしいが、
とつぜん歌ってくれることになるのである。
わたしたちの出番はとつぜん繰り下がった。
気がつけばわたしたちの出番は巡りに巡っていた―
わたしは無知でしたがとんでもないDIVAです!
こんな人たちが同じ街にいるだなんて―

まだまだこの世は知らないことばかりだ

 世界は、、ひろいッッ

特別ゲスト出演になったのはそんな2人の伴奏が
できてしまう凄腕ギタリストが参加していたからw
Pepe Ito この方がまたとんでもない人物。
先に歌ったのは晃子さん。
客席では既知の人がさわいでいた。
「ハリウッドから声もかかっていたのよ!」

 気を緩めたら涙が止まらなくなる

そんな何だかわからない印象が歌に乗ってきた
わたしは歌が終わるまで全力でかかとを上げて
耐えました 超実話です
なにしろ、自分の出番がおわっていない
そんな人たちの出現で、おおよそ。
おおよそわたしのダンスは進化してしまった
当初のイメージでは、
人知れず無音でお客さんの間を縫いながらおどろう
とかんがえていました
が、DIVAたちの その圧倒的な実力で、
会場を、空間を、練り上げきってしまったのです
直後に歌うAKIEちゃんは号泣していました
その後に控えるわたしたちに訪れる最高の重圧

“もう空気のようなダンスはおどれない”

おどるべきではないことをさとった
そして始まる《オクラとイチゴとカルダモン》
その歌は以前から聴いていましたが、この日。
練り上げられた場に本人たちの可能性が重なって
これまでにない純粋で透き通った歌になっていた
それは、これまでで最高でした
先生たちの歌で怖じ気づくことなく、
ほんとうにそれをアドバンテージとして、、
ゆたかな空間をつくったのだ
わたしはそんな空間におどろきをおぼえました

 実力が重なっているのを感じたのです

何かがつながっていく
そんな空間でした
こんな豊かな空間になるだなんて思いもしなかった
決して大げさではありません
度肝が抜けたくらいです
KAORIも直前に風邪で喉を痛めていたはずなのに、
なんで本番あんな声が出せたのかまるでわからない
何かに導かれていたのかもしれない

そうしてわたしたちの順番がくるのです

つづく。



2016年11月28日(月) あたらしい伝説のはじまり

そのときは とつぜん やってきた―

術後、お見舞いにきてくれた友人2人。
その時 何が何だかわからないまま
自分も含めた3人に命名された《トリニティ》
俺だけ男ですけど!?(爆)
どういうトリニティか未だに世界の謎ですw
そんな2人のスタジオの歴史がついにはじまる☆

 ArtSpace
 bloom
 yoga and art

今年10月、とつぜんやってきたメッセージ
from co-founder of bloom KAORI

「あのね、こないだいいそびれたけど。
 今度ヨガスタジオ始めるとよ☆
 でさ、11月29日にOpening Partyすると!
 来てね!! いい肉の日 」

どこをどう見ても 超かるい感じでしたw
そんな大事なこといいそびれてるのは問題よね!
ま、まぁ、、そんな女です 笑笑

 「踊るよー」って返事したら

 「踊ってー」ってきた、、

そのとき俺はおもったのだ
俺のダンスは、、かんたんにはイカンよ!!!
めちゃくちゃ神経質だぞ!!
オープニングパーティーよね?
俺のダンス、、どうやったら明るくなるの??

 自分でも無限の可能性をかんじました(爆)

◎おそろしくうれしかったのだ◎

10月末に出演が正式に決定。
KAORIたちのライブ間でのダンス展開が決まる。
事実上、お客さまのいる会場でのダンスは
この日が生まれたてで初めてのことです
なによりも再復帰を先にしたかったけれど、
12/3のファッションショー出演も決まっており、
再復帰公演まですべてにあたることにしてました☆

◎今できうる最高の踊りをする◎

断裂しなければ一緒に東北公演に行くはずだった
かなえもん(クリスタルボウル奏者)に
演奏を本番前日に依頼。 超実話です
このStudioはyogaMasterでもあるかなえもんに
とっても友人たちだったのだ!
世界は…せまいッッ 笑笑
タイミングはバッチリでふたつ返事OKw
今からかんがえてもあからさまに奇跡です☆

◎90%くらいは即興◎

そのときの会場の雰囲気、そしてその場にいる
人たちの熱気といのち、その間を縫っていく。
そんな踊りをしよう☆
誰にも知らせないうちに踊り始めていつの間にか
クリスタルボウルが鳴り響いてくる、、
そんなイメージのタイトルは―

『空気をおどる』

かなえもんはとんでもない女です。
なにしろすべてを受け止めてくれるような
そんなずぶと、、い、
いや。 ひろすぎる心の持ち主☆
こっちが真剣に話していると、いつもうたた寝を
しちゃうくらい心がひろすぎるひとw
【こだわらない=つねに自由】
【自由すぎる=寝てしまう】
とんでもない真理をいつも感じます。
そんな女は言った。

「リハーサルっていうより、
 最近のタイスケくんの波長を感じたい!
 それに合わせるね
 考えてみたら明日は新月だね☆
 始まりの日
 タイスケくんと初コラボとなったか!
 楽しもう」

この『空気をおどる』には、
もうひとり踊ってくれる人がいます。
それは― 瞳さんの絵画です☆
自分の再復帰公演のために描いてもらったもの
だけど、瞳さんはかなえもんの友だちなのだ!
この3人で是非ともダンスにしたい☆

なにしろ本番はいつも常にその日しかないのだ

今できることをぜんぶ詰め込む
瞳さんも「それは是非!」の一言で
絵画として出陣で初陣w
こうして3人のダンスはすべてととのったのです
前日です☆

つづく。



2016年11月25日(金) 「ピーターラビット展」

なにしろ1年前のことで、、記憶が…w
かなり溶けている感じがします。。
メッセージを遡って、、
なぜか自分の過去を再発見する―
そんな怪訝な日々の記載です(爆)


 『ピーターラビット展』
  はじめまして。
  ビアトリクス・ポター 生誕150執念

はい。きましたいつものmy予測変換!!
周年です。150周年。
150執念っていったらもうあれですね。
怨霊みたいになってますよきっと☆
そもそも。 この展覧会に行くことが―
この日の佳境では、、なかった☆
そ、そんなバカな!!

 ピーターラビット展の記憶しかないぞ

1年前のメッセージを読み解いて。
どうやら再復帰公演で使わせてもらう美術。

《その美術=絵画を受けとる日だったのである》

じゃあ、なぜまた、どうして、
ピーターラビット展で完結しているmy記憶!?

◎その秘密にこれから頑張って迫ります◎


1年前のことで、もう秘密にしておくことでも
ないので暴露できる話なのですが、
わたし自身の再復帰公演、
『The 3rd BIRTHDAY』 美術:木戸瞳
その瞳さんとピーターラビット展に出向いていた。
瞳さんは画家です。
あの頃の瞳さんは絵画を描く時間がない&自分の
ために絵を描けない、そんなことを言ってました。
そこで「踊り手のために描いてほしい」という
話を切り出すと、瞳さんは言った
「それなら描けるかもしれん」
ここにすべてを賭けることにしたのです―
瞳さん自身も葛藤があるように、
わたし自身にも葛藤があります。
そんな葛藤も、
誰かのたすけがあるとかるく乗り越えられる。
わたしの舞台ではそんなメッセージを込めて製作
していました。
だから わたしの舞台では、
そこに関わるそれぞれの人が、
それぞれの挑戦をしています。
その挑戦が何かの、誰かのチカラになる。
見てくださる方にもそれをつたえたい。
そんな気持ちからでした
瞳さんにはこういう感じで伝えたように思います。

「この絵でどれくらいアンタが踊れるか
 試してあげるわ!!」
 これくらいの気持ちでお願いします

そういうわけで怒濤のような作品を受け取り、
その熱意をそっくり受けとったのでした
たすけてくれるも重圧になるのも
あとはわたし次第です☆
実はそのときに瞳さんがピーターラビット展の
チケットをもっていた、というわけですw
「よかったら行く?」
世界中の人々から愛され続けるピーターラビット。
ピーターラビット、、わたしは全力無知でしたw
“世界中の人々” に入ってはいなかった―

 あるところに四ひきの
 小うさぎがいました。
 名前は、
 フロプシーと
 モプシーと
 火遁テール、
 それからピーターです。

火遁 水遁 木遁、、、ってそれ忍者ですね!?
すいません。。カトンテールです
なんだよ火遁って(爆)
っていうか四匹もいたんですねw
その兄弟、、一人も知りませんでしたよ。。
作者ビアトリクス・ポター女史が生み出した、
ピーターラビット。
その最初は《フツーのウサギ》でしたw
うん。間違いなくフツーです☆
それがいつの間にか擬人化!!
ものすごいことです
これがまた、、けしからんくらいに可愛いのだ
展覧会を巡っていると
《度肝を抜く家系図》が立てかけられていた―
どこをどう見ても
“ピーターのお父さんの絵” が “おかしい”
なんなんだ…これは??
家族全員がウサギだというのに、、
なんでお父さんだけこうなってるのだ??
(※そのご無体な様は下記から明らかに!)

【おはなし】
 いたずらっ子のピーターは、
 お母さんの言いつけを破って、
 「行ってはいけない」と言われている
 マグレガーさんの畑に入り込み、
 心を込めて作られた野菜を食べてしまいます。
 すると、角を曲がったところで
 マグレガーさんに見つかってさあ大変!
 ピーターのお父さんはマグレガーさんの畑で
 事故に遭い、マグレガーさんの奥さんに
 《肉のパイ》にされてしまったというのに…
 いったいピーターはどうなってしまうのでしょう

そう。。
ピーターのお父さんは《肉のパイ》だったw
なぜか家系図に《肉のパイ》が描かれており、
そこに「ピーターのお父さん」と表記されている
のだ!!!

 肉のパイ=ジョセフィン・バニー
     |
 フロプシー、モプシー、カトンテール、ピーター

おかしいだろ それッッ
いかんやろ それッッ
いやいやいや、、そんなバカなッッッ

「ピーターはどうなってしまうのでしょう」??
確実に《たべもの》にされるでしょ??
マグレガーさんが心を込めてつくった野菜よ??
答えは、、明白だーーーーッッ(爆)
たべものの恨みはたべもので返上ですよね!!
そこらへんのマンガとかアニメとかの
「どうなってしまうのでしょう」じゃあない!!
事件は明らかに甚大な上の火急です そして、、
いのち、いのちの問題だよッッ

シュールすぎて甚だ理解にくるしみました
◎manyくるしみマス◎
展覧会でリアルに頭を抱えたくらいです

しかしその意図は展覧会で明らかになりました

ピーターラビットの物語は
《生きること》が描かれており、
食べられたりすることがリアルなのである
ウサギの姿で洗濯したり調理して食事したり
生きること、《生活》だったのだ

これには正直におどろきました
いのちのありかた、
それは作者の伝えたい《何か》なのだと
そうさとったのです

これがこの日の記憶の正体ッッ



2016年11月24日(木) 「ホンのひととき」

たしか某Art番組をたまたま見たときです。
ゲスト出演していた人をみてギョッとした

 この人…《作家》だったの!?

テレビ画面に出現した文字テロップ肩書き!!
そのときまでその人のこと作家だなんて、、
考えたこと一度だってなかったよ―

 偏読、雑読、併読、積ん読―
 楽しみ方いろいろあります。
 年間300冊の本を読み、
 読書家で知られる女優の初エッセイ。

 ああ、もっと読みたい。

 『ホンのひととき』
  終わらない読書   中江有里

 不安な時ほど、その存在がしみる。
 大阪から上京して初のひとり暮らし。
 休日は、朝起きてから夜寝るまで一人きりで
 「あれ、今日一言もしゃべらなかったな」
 という日もありました。
 ある日、さみしさにたえかねて、
 すがる思いでホンや兵器、、、
 本屋へ行き、貪るように本を読みました。
 パリパリに乾いたふきんのような心が、
 文字の泉に浸り、
 徐々に柔らかくなっていくのを感じました。
 その時「本はわたしの心の友達」と確信しました

相変わらずの予測変換能力!!
すいません。。ド派手にまちがっています(爆)
なんだよ「ホンや兵器」って…
この変換、、おかしいよッッ!!
しっかし おそるべきmy予測変換。。
ぜんぜん「本屋へ行けない」感じだもんね…
育ててきた怪がある気がします☆
さて、このエッセイは2014年のもの。
某ネットで検索してみたら★5評価でした!
意外と大書店に置いてなくてちょっぴり探したw
こんな機会でもないと手に取ることもなかった。
◎出会ったときが吉日◎


【書くということ】
  読むことと同じく、書くことが好きなわたし
 ですが、何か書こうとする時、いつも悩みます。
 書くということは、たった一人での行為。
 暗闇の中、道なき道をひとりきりで歩くのと
 似ているかもしれません。
 どんな道を行き、どこへたどり着くのか、
 進んでみなければ何もわからない。
 そうした書く道筋を記してみようと思います。
  まず書き始める前、自分の書きたいことを
 しっかりつかむ必要があります。
 これを怠ると、
 書き始めても確実に筆が止まります。
  書きたいことが決まったら「書き出し」を
 考えます。 小学生の頃、授業で作文を書いて
 いた時から「書き出し」にはずいぶん時間を
 割きました。「書き出し」は、その後の文章に
 リズムを与えます。
 音楽で言うところの出だしの音ですね。
  文章は「起承転結」が大事と言いますが、
 わたしは「起承転結」を半分くらい意識して、
 あとは気にしない。
 それより大事なのは、文章を工夫する事。
 ここに書き手の人となりや、伝えたい気持ちが
 表れるのではないでしょうか。
 相手に自分の思いを伝える工夫は、
 文章の温度を上げてくれ、
 読み手の胸を温めてくれる温泉のよう。
  元来、自分の気持ちやイメージを伝えるのは、
 とても難しいことです。
 たとえば一枚の絵画。
 画家が描きたい色や線を表現できたとしても、
 絵画は環境や年月によって変化していきます。
 明るさや空間でも絵の見え方は変わるでしょう。
  文章は、絵画のようにその形が変わることは
 なくとも変化します。
 文章も絵画と同じく、見たり読んだりする受け手
 がいて、初めて作品として完成するからです。
 つまり作者自身(わたし)も自分の手から離れる
 まで、それがどんなふうに受け止められ、
 理解されるか、実のところはわからない。
 無責任なようですが、どうにもできない事実です
  人間は多様な生き物で、同じ文面でも読んだ人
 すべてに同じように理解されるとは限りません。
 時に誤解されて伝わる恐れもあります。
 それでも人間は書くことを続けてきました。
 先人たちが後の時代に生きる人々に、
 どうしても伝えたい事柄があったからでは
 ないでしょうか。
  冒頭に書きましたが、わたしが書くことを好き
 になったのは、読むのが好きだったからです。
 書くことは、多様な人間の中に在る、小さな声を
 発信できる手段です。
 自分の思いや孤独を、文章にして伝えられます。
 また、文章を読むと、書き手を直接は知らなくて
 も、自分と心を共にする存在がいると知ることも
 できます。
  新聞には全国から多くの人々の声が寄せられて
 います。 そこには自分と同じ思いもあれば、
 まったく逆の意見もあります。
 誰かが書いた文章を読むのは、
 とても刺激的で楽しいもの。
 凝り固まりそうな自分の内面を、心地よく
 ほぐしてくれ、新たな発見を促してくれます。
  読んだものから得たパワーは、
 書く気持ちを奮い立たせてくれるのです。



おどるということ
実は書くということと変換できてしまいます!
不思議な感覚ですが、わたしたちがしていることは
《相手があること》だからでしょう。
ダンスでも「ああ、もっとこの人の踊りが見たい」
そう思ってしまうのです!!
おどりをおどるのも
暗闇をひとりきりで歩くのに似ています。
道なき道を行き、どこへたどり着くのか、
進んでみなければ、、何もわからない。
わたしにとってダンスは、
《わからない》に挑みつづけることです
興味深いのは踊りつづけることで見えてくること
挑みつづけるから見えるのかもしれません
◎実は文章でも同じ◎
書いていると知らなかった自分に気づくのです
自分がかんがえていることが文章になって、
はじめてわかるのです
自分に出会えるというのはすごいことです
そういえばバガヴァッドギーターに記してあるのは
《結果を求めるな、行動をせよ》でしたッッ
もしかしたら。もしかしたらこういうことかもw
k野さんあざす 笑笑
相手に自分の思いを伝える工夫。
それが “ダンス” となる、そんな気がするのです

誰かに対するということは
決して自己中心ではいられません。
どんなこともやっていいことにはならないのです。
相手との距離感がとても大事。
だからといって自分のスタンスは変えられません。
自分というものをしっかりもっていないと
相手に正対することができないからです。
自分をひょいひょい変えていては何をかんがえてる
のかまったく疑われてしまいます!

最近、とつぜん距離感がわからなくなった人が
います。
表面上は普段とぜんぜん変わらないのですが、
話してみると明らかに壁が出現していました。
“どう言っても響かない感じ”
どうしてそうなったのかわかりません。
わからないからとてもさみしかった

思いを伝えるのはとてもすばらしいことです

だからこそ
受けとってもらえないというのが苦しい

その人に何があったかはわかりませんが、
わたしのスタンスは変えられません。
人に何かを投げかける仕事をしている者は
けっして臆病者にはなれないのです。
もちろん距離感はその空間とともに計りますが、
それでも通すところは押し通すくらいの覚悟が
なければとても人前ではおどれません

 相手がいなければ完結できない

こたえは相手がおしえてくれるのだとおもいます



2016年11月23日(水) 長崎リハーサル3

こうして長崎クリエーションを終えました。
わたしたちのダンスは本番当日を終えるまで、
不安と重圧を抱えます。
これは、良い意味です。
逆に不安やプレッシャーがなければ
良いダンスも踊れないと思うのです!
残すのは本番前日リハーサル。

あとはたのしむのみ☆

不安と重圧とすこしの期待と希望
いつでも感性はそれを行き来します
ダンスは決して決まったとおりにはいきません
決めた通りにいくほうがおかしい気さえします

本番どんなダンスになるか
もうほんとうにわたしたち次第
こんなたのしいことは他に思いつきません(爆)
ですが、これは決して出たとこ勝負じゃありません
《成るべくして成った》
そんなダンスになります
わたしはここにプライドをもっている者です

 ◎12/3の本番はチェロ生演奏◎

長崎滞在の間に奏者とのメッセージのやりとりで
本番使用曲を決めていただきました☆

神田さんとわたしは曲名を聞いて身震いしたw

最後に決まったその曲は―

 「Playing Love」

映画『海の上のピアニスト』のあの曲!!!
この映画わたしは何度見たか知れません(超実話
だからこそ、ゾッとしましたw
知ってる人は知らないはずがない
そんな曲ですッッ
わたしたちはお客さんに対する前にこの曲に、
生演奏に立ち向かわなければなりません!

 ◎真剣勝負はぜんぜん終わらない◎

ですが、確実に終わりはきますw
「せーんろはつづくぅーーよーーー
 どーこまーデモ〜」
これは…ウソです 笑笑
※長崎で打ち止めだからね。線路。

 リアル先がないのだ

そんな長崎では犬用カステラ売ってますw
勢いでk野さんのおみやげにするところでした!
これが長崎の真実☆ 笑笑

先があるうちをたのしいと心得よう!



2016年11月22日(火) 長崎リハーサル2

『しどのウール&しみずのウール2人展』12/3
ファッションショー&ダンス本番に向けて、
長崎でクリエーション&リハーサルです☆

◎ダンスは誰かにさせられるものじゃない◎

自分自身を知ることなしに相手とは向きあえない。
自分がどういう人物なのかそれを提示しなければ、
ぶつかり合いなんて到底できない。
ぶつかり合うまえに《こんなもんだろう》なんて、
ダンスのダの字にも至ってない。

◎傷つくのが嫌なんてのはただの臆病者です◎

こんなのは早いところで脱却しなくては!
だいたいわたしたちの世界で “わかりあえる” とか
ミジンコくらいの小ささですよねw

 だからこそ、それを大切にしたい

体のいいところで踊っても、
大切なものは、、けっして見えてきやしません。
文章にできても言葉にできても
わたしたちがダンサーなら
それを《ダンス》で示さなくては!!
わたしたちの踊りが趣味ではないのなら、
全力を賭してここに当たらなくてはウソです。
痛みや苦しみを抱えながらここに当たるのです。
その結果相手と不和がうまれるかもしれません。
ほとんどの場合、笑顔でここには当たれません。
もしも、たのしく向き合えたなら―
きっと《奇跡》と呼べる、そんな気がするのです

スタジオを借りている時間も使い切りました。
神田さんの踊りには迷いがまだ見えます。
この迷いを振り払わなければダンスは見えない!
最終的にわたしたちは神社へ向かいました。

【鎮西大社 諏訪神社】

そこは長崎最古の公園でした。
神田さんは言った。

「ここならいくらでも練習できる」

わたしたちはなりふりかまわず練習した
噴水がある奥で砂を巻き上げておどりました
帰宅途中の高校生とかサラリーマンとかいたけど
(※超実話です)
このとき、わたしは
砂をかぶっても一切かまわない気持ちでした
そんな自分自身に驚いたくらいです

おかまいなしに踊りたい

こんな気分になったのは術後初めてのことです
数年たって初めて踊りだけになれた気がする
そんなときでしたッッ
神田さんにダンスがもどってきたのは!!
それは一目瞭然でした

いつのまにか凄いダンスを踊っていたんです



2016年11月21日(月) 長崎リハーサル

『しどのウール&しみずのウール2人展』
ファッションショー&ダンス12/3本番に向けて、
長崎でクリエーションすることになりました!!
やっぱりファッションモデルもたのまれました!!
以前の撮影会でクライアントのまゆみさんに
正式にデュオダンスの依頼を受けました!!

◎一緒に踊る神田さんは長崎在住◎

神田さんは長崎でダンスをされていて、
健康方面の知識がおそろしく深い方です。
長身で手足も長く、
立っているだけでArtに繋がりかねません☆
神田さんは言った。
「それはタイスケくんのことでしょうが!!」
コンテンポラリーダンスについても公演を見に
行った話を聞いたりしていたし、わたしの以前の
復帰公演も見に来てくださっているので当日直前の
リハーサルで一気に本番に向かうつもりでいました
が、神田さんは盛大に不安を感じたらしく…
長崎に呼んでくださったのです!

この間に本番でのダンス骨子を
まとめ上げなければなりません。
長崎初日は本番で踊る神田さん振付を体得。
かなりスムーズです☆
しかしその後の展開こそが勝負でした。
今日まで漠然としたイメージしかありません。
神田さんは、
《タイスケくんがいればなんとかなる!》
みたいな感じだったのでw
まずはそれを粉々に砕きました(爆)
デュオは、、そんなもんです 笑笑
どちらがじゃなく “どっちも” 踊らなきゃ!!
そういうわけで2日目、、

 神田さんは固まりました

わたしにとってはあたりまえのことですが
神田さんにとってはかんたんではなかった

カラダに自分自身の感性のすべてを乗せる。
洋舞では振付が完璧にできるようになってから
のことですが、なにもないところから
すべて乗せるのです。
その日そのとき感じたものを全力で発揮する。
その感性をカラダに通して透明にする、
そんな踊りです。
これを《なんちゃってダンス》にしないためには
どうしたって自分自身を知ることが先決。
自分がなぜ踊っているのか?踊りたいのか?
踊ってどうしたいか?何をつたえたいのか?
これをできるだけありのまま知れるかぎり知る。
これがそのままダンスに現出するのです。
その人自身になるための最速の近道。
神田さんにとってそれはすごくすごく
たいへんだったとおもいます。
あらためて自分を見つめると、、
自分のことを知らないのに気づきます。
いつも。いつでも。
自分のことわかっているはずなのに。
いそがしい毎日の中に埋没している自分自身。
わたしだってはじめはそうでした。
何が《ダンス》なのか甚だわからなかったのです

つづく


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Taisuke [HOMEPAGE]