断罪の時間 〜Dance!な日常〜

2012年08月29日(水) スマートフォンが戻ってきた日

購入して6日目に不具合が認められ、ド○モshopに身柄を引き渡して2週間。
修理からスマートフォンDebutが帰ってきました!

 デビューやりなおしですw

アンド■イドって不具合ありすぎじゃないのかな?
これはたまたまなんだろうか。 とにかく納得できない
気を取り直して電話帳をつくりなおし。
またこれか… 連絡のとれないひとを削除していく作業です。 さみしいね
でも、この逆もある。 さみしいだけじゃない!!

 なかなか連絡をとる機会がなかったひとになつかしく驚かれるとき

スマートフォンにしただけで用事はありませんからw
ただ声を聞くために電話しているんですw
しかし、何度電話してもまだまだ出ないひとだらけです!!

 こんなに?!

コミュニケーションって、電話って、こんなに難しかったっけ??
SNSとか発達していくらでも連絡がとれるようになってきている世の中じゃないの??
そうか。。 わかったぞ!

 それだけ人と真剣にコミュニケーションを取ることをしなくなったんじゃないか?

このとき、人と本当に“会話”することが希薄になってきている今を感じました
もちろん忙しいだなんてみんな一緒です。 なんの理由にもなりません
一言もないのが変だと申し上げているのです。
自分の言いたいことを伝えるのがどれだけ難しいか。
簡単に言えるひともいるし全然通じそうにないひとだっている。
素直に話せるときって、とてもタイミングが必要だとおもうのです。
「いいね!」なんていくらでも押せるよ。
ほんとうにそう思ってなくたって体裁だけのために押せる。
どれだけ本物の「いいね!」があるのかな。
こんなことを言っても答えは簡単。

 偽物だろうが本物だろうが、そんなのはどっちでもいい

これがテキトーなSNSの正体です。
もちろんうまく利用しているひともいるでしょう。
それでも誠実なお付き合いの場合は無尽蔵にお友だちにすることは考えられません。
“お友だち”を増やせば増やすほど難しくなるし、どうでもよくなる気がする。
それを好きでやれるひともいるでしょう。
より多くの人をお友だちにすることで可能性はひろがるでしょう。
でも、自分にはまったくあてはまりません。
表面上だけで話をすれば誰も傷つかずに済むよね。
わたしは楽しいだけの会話なんてまったく絵空事だと思っています。

 傷つかない人生なんてきれいごとだからです

それを乗り越えたときにこそ、人との関係が本物になるのです。
そりゃ言う方だってただじゃすみません。
自分が間違っているときだってある、自分を守るために言うこともあります。
その一言で関係が壊れるなんていくらでもある。

 大事にしたいのは、相手のことを考えていなくちゃ言わないこと

相手に伝えたいと本気で思うなら伝達手段は真剣に選ばなくてはなりません。
そんなわたし自身でさえ「いいね!」が多くなってきています。
それは他人とのコミュニケーションが簡単にできる世界になったから。
それだけコミュニケーションが安っぽくなったからです。
わたしは電話している間くらい相手のことを考えていたい
今この人は何をしているのかな、元気なのかな、困っていたりしてないかな
わたしたちのほとんどは今を生きることで精一杯のはずです。
だから、そうであればあるほど、そのときを大事にしたいのです

スマートフォンにしてから最大の違和感を感じるのは文字入力です。
これまではボタンを“押す”ことで撃ってきた文章。
ボタンのリアル連打で叩き出したその言葉には血が通っていました。
わたしはそこに感情を込めていた、そうおもっています。
スマートフォンは画面上をなぞって入力する方法です。
これに慣れてきたころ、ゾッとしました

 自分の気持ちが込められなくなったのに気付いたのです

文字入力が迅速にできるようになったことはいいことかもしれません。
でもそれが簡単になればなるほど違和感を感じるのです。
わたしはこれまで以上にメールが信じられなくなりました。
わたし自身にもその影響は及んでいます。
ふとメールにした文章を見たらおそろしく稚拙になっている!!
メールを撃つときにこれまで投入してきたその気概をまったく感じなくなった
どうでもよくなってきたのを感じるんです

押すボタンがないということがこんな気分にさせるなんて思いもしませんでした
それも危機感の類です
これが“あたりまえ”になってゆくのです  こんなに怖いことはない

機械を使うわたしたちのこころが機械に呑み込まれるのが怖い



2012年08月28日(火) 「動的平衡2」

いよいよ“あの”本の続筆“2”に手を出しましたw

 『動的平衡2』   福岡伸一
 生命は自由になれるのか

 美は、動的な平衡に宿る―
 生命とは何か。 生命をモノとしてみればミクロな部品の集合体にすぎない。
 しかし、生命を現象として捉えると、それは動的な平衡となる。
 絶え間なく動き、それでいてバランスを保つもの。
 動的とは、単に移動のことだけではない。
 合成と分解、そして内部と外部とのあいだの物質、エネルギー、情報のやりとり。
 動的な世界を表現する営みは今に至るまで連綿と続く。
 その一瞬を見事に捕らえることに成功した表現には常に動的な美が宿る。

人間は考える管である、わたしたちの消化器官は曲がっていても一直線。
わたしたちは“管”なんですよ。  考えれば考えるほど変な気分になっちゃうね
食べなくちゃ生きていけない生物ですから。
外部からエネルギーを取り込まなくちゃいけない生物ですから。
そう考えれば人の影響を受けながら生きるのはあたりまえのことです!
わたしは、生命のおこなうそのすべてがダンスなのだとかんがえています。
どんなことにも美しさがひそんでいるからです。
今回もあらたな発見ができることでしょう!

 遺伝子は音楽における楽譜
 地球を支配しているのはトウモロコシ
 運動、老化にはBCAAが効果的
 この世界に因果関係は存在しない
 なぜ「生理は伝染る」か
 ヒトにもあるフェロモン感知器官
 花粉症は薬では治らない
 生命現象から長持ちするシステムを学ぶ

歯軋りして唸ったのがこれです。

 生命の進化の過程で重要なのは、実は「負ける」ということである。
 一度、負けることによって、初めて新しい変化が選択される。

これはすべての人が経験することだとおもいます。
わたしは幸運にもダンスを続けています。
それは、こころの行きつく先が自分を信じているからに他なりません。
自分の向かう先にいた圧倒的に“踊れる”ひとたち。
どうやったらあんな踊りが踊れるのか打ちのめされてきたのです。
段階を上げながらも常に上には上の出会いがありました。
わたしは負け続けてきたのだと言えます。  終わりのない劣等感を抱えながらも
あたらしいからだになり、もっと困難になった今ではなおさらです。
しかしそれを叫んだところで何の解決もしません。
自分に必要なものを見つめ、あきらめずに立ち向かっていくしかない。

 わたしが選択しているものは勝つことじゃありません、つづけることです

四肢が動くかぎりその幸せを輝きとして放ちたいのです
変化、わたしにとってそれは選択でした
こんな自分でも踊れることがある
口では弱音を吐いても、最後に残っているのは決意です



2012年08月27日(月) 魅力のありか

この日偶然見た番組でたいへん印象に残った台詞を紹介します。
『イ・サン』よりw
この回はついに王様の夢が叶う回でした!
王イ・サンと画員ソン・ソンヨンは盲目的大恋愛の末に一線を超えてしまいます。
告白は美しいシーンでしたが、人工で落ちてくる桜の花びらが明らかに散りすぎです!!
花びらが怒涛のように舞ったのです!  ちょっと待ったって感じでしたねw
人工的すぎてせっかくのシーンが台無しです!!
しかし、ソンヨンの告白はピュアそのもので呼吸するのを忘れてしまいました

 わたしにはこころしかありません
 取り柄のないわたしが差し上げられるのはこのまごころだけです
 それでもよいと言ってくださるなら王さまのおそばにいたい
 こんなわたしでゆるされるのなら
 命ある限り、王さまのおそばでお仕えしとうございます

こんな台詞が本当に好きな人から聞けたなら確実にキュン死してしまうでしょう。
わたしにあるのは夢だけですからソンヨンの台詞が言える準備は既にできています。
それじゃ逆だろ!って言うひともいるかもしれませんねw
わたしだってできることなら持たざる者として生まれたくはなかった。
ですがそれを嘆いても仕方のないことです。
持っている人は持っているし、持っていない人は持っていないんですから。
ソンヨンは“取り柄がないわたし”と言いましたが、取り柄は誰にだってある。
取り柄こそがその人の最高の財産なんです。
取り柄のない人間にだれが想いをよせましょうか。  ましてや王さまからだぞ??

この時代劇は王がすべてを兼ね備えていなければならない話です。
イ・サンは国を統べる王としてあらゆる知識を統治に生かさなければなりません。
しかし、宮中には常にイ・サンを追い詰めようと殺そうとする臣下が満載。
頭よくなきゃ殺されるか、操られるか、時間の問題です。
見分け方は簡単。  憎らしい顔の登場人物はすべて“敵”。  顔を見ればわかるw
このドラマの撮りかたは宮中の勢力争いがそのほとんど。
対外的には“平和”なのです。
国のため国民のために、そんなこころざしがあるのはイ・サンだけ!!
大勢の臣下がまったくの役立たずですw
王という地位についたところでまったく心休まる日はない、そんな話です。
むしろ最高に忙しい頂点にいるのが王という立場だと言えましょう。
王は受け身じゃないんです。 王が国を守り、動かすのです!
国のために頭が切れる臣下を養成するのも王、我が身を守らせる護衛官を鍛えるのも王。
そう、すべてをやっています。  すごいぞほんと  Amaging!

 王という職業にはプライベートがない

寝所にいくにも侍女や文官がわさわさついてきますし、しきたりがあります。
今を基準にしちゃったら、王宮殿のあたりまえってほんとうにひどい。
好きだとか嫌いだとか愛してるとか愛してないとか王室には一切関係がない。
世継ぎを育てて王室の安泰を守ることが国を守ることに直結しているのです。
無理矢理王宮入りしたソンヨンには即刻世継ぎを産む義務が課せられます。
正妻・側室、多妻制! 王様が会いに行くだけで宮中は大騒ぎ。
そして王様の実の母が王室の威厳と尊厳を守ろうと目を光らせておいでなのだ。
こんなところに身を置いたら生きて帰れないとおもいますw
ですがこれがこの時代のあたりまえだったのでしょう。

 これは平和だから起こる不幸だとも言える

わたしたち人間の世界はやはりどこかに危機感がなければならないのでしょう。
危機が迫れば否が応でも結束します。
たとえば力を合わせなければその事態を乗り切れない、命を落とすような危機。
そんな危機を前にすれば、地位やしきたり、個人的なプライド、自己中心的な感情などその一切が何の役にも立ちません。
平和だからこそ内部でつまらない権力争いが起こるのです。
困難な問題があればおのずと優秀な人材が必要になりますからね。
どうすればその危機を乗り切れるかいつも考えていなければなりません。

 どうでもいいようなことを考えている時間はないのです

国や政治まで及ばずともわたしたち自身にじゅうぶんあてはまること
自分自身がなりたいものにどうやったらなれるのか

暇を持て余している人と、何かに夢中になっている人
そのどちらに魅力があるのか考えるまでもないでしょう



2012年08月26日(日) なにより必要なもの

この日偶然見た番組でたいへん印象に残った台詞を紹介します。
『聖闘士星矢Ω』よりw
この回は守りたいものを守れず自暴自棄になった主人公を問いただす回でした!
ペガサス光牙とキグナスなあの人の問答です。
たいへんキザな台詞の応酬ですが、わたしの小宇宙が間違って燃えてしまいました!!

 お前の場合は会えないのではない、会いに行かないだけだ
 簡単に言うな! 何も知らないくせに!!
 知っているさ お前が大切な人をあきらめようとしていることをな…
 闘うことよりあきらめるほうが簡単だと思っている
 …ち、違う!
 そういうみっともないヤツなんだよ
 あきらめることで自分の苦しみから逃れようとしているのさ
 ほう、これがお前の小宇宙か  なんてちっぽけなんだ
 その程度の小宇宙では誰も守ることなどできまい
 俺の小宇宙はこんなものじゃないさ! うおおおおお
 失望したよ、こんなお前の小宇宙では自分さえも守れんな!
 見るがいい俺の小宇宙を!!
 うわあああああ なんだこの小宇宙は?!
 なんて大きさなんだ… 俺とは比べものにならない
 誰かを守るつもりならこの程度の小宇宙を燃やしてみせろ
 あんたは一体… あんたにも大切な人がいるって言ってたよな、その人は今どこに?
 俺の大切な人は手の届かない過去にいる
 まさかあんたの大切な人は…
 そうだ、永遠に会えない場所に静かに眠っている  だがお前の大切な人は違う
 会いにゆけば会える場所にいる  しかし今のお前は行こうともしない
 俺は…  俺だって、俺だってアリアを助けに行きたいんだ!!
 ならば真の力を見せてみろ
 今こそ真の小宇宙を燃やしてみろ
 あんた、聖闘士なのか?!
 自分の力を信じるんだ  自分の小宇宙を
 お前の心の希望の光で俺の小宇宙に耐えきれなければそこに待つのは死あるのみだ!
 ダイヤモンドダストおおおおお
 うわあああああ!!!
 自分の力を信じるんだ、自分の小宇宙を
 自分の力…
 俺は、クッ! うおおおおお
 俺はもう迷わない
 俺があきらめないかぎり、アリアはきっと助け出せる

うわーこれ文章にすると凄いねw
恥ずかしいことではありますが、大切な人を“ダンス”に変換することができます。
すると最後はこうなります。

 俺があきらめないかぎり、ダンスはきっと踊れる

問題なのは“心の希望の光で耐えきれなければそこに待つのは死あるのみ”
それは自分を常にギリギリの闘いに身を置くスタンス。
自分自身を引き上げるにはこれが何よりも必要なのだとおもいます。
楽をしようと思えばただちに楽ができるのが人間です。
遊びでやるのと死ぬ気でやる違いは誰が見ても明らかです。
わたしが師事する先生は常に死ぬ気を要求します。
わたしは毎日が苦しくてたまりません。  できることなら逃げ出したい
あたらしい自分のカラダのこともありますが、何度やってもダメなときはまったくダメ。
これ以上できない気概で挑んでいるのに自分ではちっとも進歩が見えない。
調子がいいときにうまくいくのはあたりまえです。
必要なのは、調子がわるいときでもうまくいかせるセカンドベストの追求のほうだ。

 出来ない=努力がたりない  悔しいけれどこれが現実なのです

いくら頑張りが見えてもこの世では意味をなしません、その結果を出さなくては。
しかしわたしはその努力こそがこの世でもっとも崇高なものだと知っています
だけど、世界はそうできていないのです
人の判断が、目に見えるものでしかないからです
これが人の優劣を決定するし、見えないものの大切さを忘れさせてしまいます

 だからこそわたしは抵抗したい

そのためには、ほんとうは要らない“力”が必要なのです
困難な人間であればあるほど自分に打ち克つ力が必要なのだとおもいます



2012年08月25日(土) 夢に出るということ

この一週間、他人の夢にわたしが続々登場していることが判明。
まとめて数人からいっぺんに報告を受けたのです。 ゾクゾクしましたね
もしかしたらわたしの死期が近いのかもしれない。

 夢はふくらむばかりです

中でも思い出せる記憶の範疇から物語を特定できたものがコチラ。

 ◎ジョーさんの夢メールより(原文)◎
 夢にタイスケ出てきた。。
 タイスケは最近買ったというダイ八ツのコペンに乗っていた。(色はシルバー)
 俺はなぜか原付バイクに乗っていた。
 大量の荷物を運んでた女の子に「手伝ってあげるから、車に乗せな!」って言って、
 後ろの狭いトランクに無理矢理荷物を積んで女の子助手席に発進。
 直後、チョロQに10円玉挟んだようにウィリーした!!
  爆笑した
 その後、俺は何事もなかったように走り抜けると
 「ジョーさん、笑うとかマジ信じられん!」ってマジ切れしてたw
 ごめんよタイスケ。。

わたしは本番一週間前です、死に物狂いです、そんなわたしがなんですか?この夢―
まさかチョロQのようなダンスをわたしが踊るとでも??
あれっ!? 待てよ? 今(10/1)から考えたら、これは危険を予測しすぎてる!!
このとき、回転時上半身が後ろに反るのがわたしの弱点だったのだ―
ちなみにジョーさんはこのときの本番を“忘れてた”の一言で見に来ない人ですw
きっとわたしの踊りを見に来ていたら命が確実に縮んでいるでしょう。
さて、わたしの友人の暴露話もここに出廷させておきます。

 わたしさ〜タイスケさんからもらったマグカップ割れちゃったんだけど、
 本番前だったから言わんかったんよ〜

これは本番終わってから聞いた話ですが、ほんとうに前に聞かなくてよかった…
その言わないという選択にたいへんな思いやりを感じますね!
この人物がわたしをおとしめようとしなくてほんとうによかったw
さて、もう一つ聞き出した人様の夢の話を最後に今日を終わらせたいと思います!

 ◎タイに詳しいすずねちゃん◎
 まずこの人物から届いた暑中見舞いに直筆で書かれた達筆メッセージ。
 「タイスケさんの夢見ました…。」
 どんな夢なのか、教えないこの文章。
 会わなくちゃ教えませんよ的なこの文章。  すずねめ
 そういうわけで問いただしてきましたよ。
 この夢の中でわたしはすずねちゃんと体育館のような場所にいたらしい。
 そこにはたくさんの人がおり、ヨガをしていた。
 ヨガが終わって着替えようとしたときとんでもないものをすずねは目撃!!
  上着を脱いだわたしがブラしてたのだ。(色は白)
 聞いたわたしはこの世の終わりのように思えました。  そんな趣味はない
 面白かったのはすずね思考です。
 「まぁ人間は外見じゃないからいっか」
 他人の夢とはいえ、わたしにとってまったくよくないその内容。
 そのまま二人で帰る道すがら子どもと遭遇、わたしは遊んであげたらしい。
 その遊んでいる最中、更にとんでもないものをすずねは目撃!!
  遊んでいたわたしの髪がいっぺんに落ちた
 俺はヅラだったのかよ―
 他人の夢とはいえ、その奥底に眠るわたしのイメージが具現化したもののはず。
  すずねゆるすまじ  ああゆるすまじ
 しかしここでも面白かったのはすずね思考です。
 「まぁ人間は外見じゃないからいっか」
 わたしの身の上におこる惨事をことごとく「まぁいっか」で済ませるなよ!
 すずねはよくても、わたしがよくない。 まったくよくない。。
 ここで思い返したのは最初の達筆メッセージです。
 まさかわたしがブラつけてたりヅラだったんですねなんて書かれてたら―
 絶対友だちやめてるねw

ただでさえ自らのダンスに悩み苦しんでいるのに、
なんでこんな他人の夢に出てまで苦しまなきゃならないんだ?
みんな、みんな大嫌いだ!!

そうだ  万が一、そんな夢を演出したわたしが命を落としていたら
そう思うとおそろしくて夜もねむれません
きっとその人たちはわたしの亡骸を前に大爆笑するはずだからです
そしてダイイングメッセージにもなりかねないその夢の内容
その夢からはなんのメッセージも受け取れないでしょう
これでは明らかに無駄死にです   まだ死ねない
生きよう、生きましょうよ



2012年08月24日(金) 「しろくまカフェ」

癒し系マンガを課してもらえましたw

 『しろくまカフェ』   ヒガ アロハ
 シロクマくんが経営するオシャレなカフェは大繁盛。
 そんな彼のひそかな楽しみは。常連客のパンダくんとダジャレ漫才をすること。
 まったりした日々を満喫しているシロクマくん。
 トボけた味わいが魅力の動物流スロー&ギャグ・ライフ。

シロクマくんが主人公ですが基本“寡黙”なため、おおよそパンダくんが主役ですw
パンダくんは常にボケを連発し怠惰な人生をまっとうしています。
そんなパンダくんが“おもしろそう”という理由だけでバイトを決意。

 その勤務先は、動物園

ええええっ!? いいの?それっていいのか?!
電話するパンダくん「もしもしパンダと申しますが」
面接に行くことになったパンダくん。

 「週二日程度の勤務希望ですか」
 「ハイ」
 「そうですねぇ… では、パンダの仕事はどうでしょう?」
 「えっ!?」
 「気が進みませんか? ほかにゴリラと月の輪グマも募集してますけど?」
  (パンダくんはゴリラと月の輪グマの着ぐるみを想像)
 「…パンダで いいです」

最後の返答の選択はたいへんデリケートな問題だとおもいました
なんだかその気持ちがわかるような気がしたのです

 実のところ択べる選択肢がない、これが人生です



パンダくんの一言にシロクマくんが浴びせるダジャレの応酬について。
 「無糖派になったんだ」
 「それは無党派」 「それは未踏破」 「それは武闘派」 「それはカメハメハ」
この問答を常時わたし一人でやっているようなものです…
俺の頭脳がシロクマとパンダ二人?を足したレヴェルだったなんて素敵すぎる!!

 マンガを読めば読むほど複雑な気持ちになりました

そう思いながらもダジャレを押収している自分w   血は争えんな
カフェマンガですのでコーヒーや紅茶の淹れ方もかわいく指南してくれます。
ところでこのマンガは動物についての知識をも教えてくれます。
“パンダのドテッとした座り方は骨盤が完全に寝ているから”
なるほど、座っている姿勢なのに寝ているのか!!
 この世は知らないことだらけです
それからペンギンの姿勢。 “ペンギンは歩いているとき以外は座っている”
直立したままのように見えるペンギンですが実は骨格からいうと座っていたのだ!!
 おお…この世は知らないことだらけなんですよ
なお、キングペンギンとコウテイペンギンの確執なども紹介されています。
確執なんて本人たちにはないとおもうけどw

 シロクマの地味な獲物捕食方法を知るためにも是非一読してみてはどうでしょう

そういうわけで読むときにはアイス“しろくま”が必須ですw
カフェオレ飲みながらアイスしろくまを食べつつしろくまカフェを読む。
なんと贅沢なすごしかたでしょうか―
現在、白熊は絶滅危惧種。  笑い事ではなく地球温暖化で種族が絶滅する危機です。
そのタイムリミットは時間の問題だと言われています。

 こんなタイトルのマンガを笑って読めるのは今しかないのかもしれません

贅沢にすごしている場合じゃない
マンガ読んで大笑いしている場合じゃないのではないでしょうか



2012年08月23日(木) 「るろうに剣心」

幕末。 人斬り抜刀斎と恐れられたその男は、のちに流浪人となりなぜか刀を捨てた。
〜目を醒ませ抜刀斎〜
ずいぶん早くから先行上映やってるもんだから見てきましたよ!
〜現実逃避できるのは明日まで〜
なによりも目を醒まさなきゃならないのは自分自身でした―
明後日からは怒涛のリハーサル一週間になります。。

 『るろうに剣心』
 かならず、帰る。

るろうに健診、それは映画診断w   〜本番で失敗したら帰れない〜
さて、抜刀斎若すぎ。 まぁ原作でもそうだけどさ!
どれだけの人を幼少期に斬り殺してきたんだか。。
とにかく母性本能をくすぐらないと商業映画が成り立ちませんから超重要事項です。
主人公が美しくなかったら、すなわち始まる前からThe Endです!!
今回、初めて武井咲が動いてるのを見ました。 ヒロインの薫ね。
雑誌の表紙とかで止まってるのしか見たことないからね。
動いた!武井咲が動いた!!…って感じでしたw   案外動いてもかわいかった
あのフィジカルじゃ道場は絶対に守れないとおもいます。

 「拙者は流浪人、あてのない旅の剣客でござるよ」
 「そんなの知らないわ! わたしが出会ったのは、剣心という流浪人よ?」

その台詞は、使える男を手込めにする都合のいい言葉だと思いました
だいたいおっそろしい人殺しですよ?  問答無用で人を斬ってきた伝説の男です
結局は剣心がいるおかげでまわりを巻き込んでいくんです。
剣心がいっくら正義をふりかざしても行き着く先は罪深い人殺し。
人斬りの壮絶な経験が技術となり、生きる術となった男とも言える。
使えるとわかったら利用する、女というおそろしい生き物w
その凄まじい後悔の念から贖罪したくなった剣心を優しく手込めにする話。
もともと世のため人のためと信じて人を殺めてきたんですからね。
マリー・アントワネットが庶民の暮らしを知らずに贅沢していたのと同じ。
気づいたときには時すでにおそし。  気がつくってほんとうに大事
台詞を自分の言葉にしてみました。

 「己に向いた刃は、やがてお前を苦しめることになるぞ」
 「己に向いた鍛錬は、お前を苦しめることになるぞ」

でもこれしかないんだから仕方がない。
苦しみを超えなくちゃ本物の踊りは踊れない   いくらやっても“たりない”

 「拙者は過去を捨てた身、もう人は斬らぬ」
 「拙者は過去を捨てた身、もう楽しめないものは踊らぬ」

過去を断ち切れば“自由”。
わたしは断ち切“られた”側ですが、そのおかげですべてのしがらみは解けました。
いつか必ずわたしたちは死ぬのです。  本当にしたいことをしなくちゃ
話を映画に戻します。
面白かったのは後半、香川照之演じる武田観柳の台詞。

 「脱げ」

フツーに帯に手をかける剣心に仰天しました!
どんなファンサービスだよ!!
きっと隣にいた人は生唾を飲んだことでしょうw
そんなわけで殺陣はたいへんよく映像化されていました! VFXは見所ですよ〜

 「遊びは終わりだ!!」

飛天御剣流の構えを繰り出す剣心…
って、ちょっと待て。 なに?その構え―

 いきなり猫背かよ?!
 体側短ッッッ!!
 肩甲骨まったく寄ってない!!
 あれじゃ尾骨たくしいれられない!!
 カッコわるッッッ
 キャット&カウっっっ

抜刀術はものすごい構えでしたw
あの構えはいくらイケメンでもカッコわるいや。
イケメンなら許せるひともいるだろうが、あれは人体の普遍的原則を破りすぎています!!

 「所詮人斬りは人斬り、お前がいつまで流浪人などとほざいていられるか…」

 「剣心…ダメ。。剣心やめて!!!」

 「来い、殺してやる」

薫ちゃんは術を破ってまで剣心に“不殺の誓い”を咳き込みながら長々と説きます。
でもさ、出会ってこんな短期間で薫ちゃんに哲学されても俺だったら刀振るね。
そうさ、もっと単刀直入じゃなくちゃ止まるもんか。

 「わたし…あなたが好きなの!!!」

これなら絶対に刀振らない、全然振らない
これはもう純心ピュアでキレイな女の子であればあるほど有効w
だってまだ薫のこと全然知り得てないはずだから情がわくなんて無理だよ。
何日間一緒に住んだとかのレベルじゃありえんわ。
はじめからわかったりなんかしてたらそれはもう“運命”だよ
そう、剣心は“使える”んだよね。 利用価値がありすぎるw

はじめから商業映画でした☆
売れたら続編が来るでしょう



2012年08月15日(水) スマートフォンが壊れた日

スマホ6日目どれくらい慣れたかって?
友だちからの電話がやっと取れるようになったくらいですw(超実話)
〜新型スマホ、購入して一週間たたずに全治二週間〜

 どういうこと?!

不具合です、不具合でした。。
そもそも画面右端と下端に1ドットのチラつきがあった。
これが気に入らなかった。 なんで新しいのに最初からこうなんだ…
電話というよりパソコンだから画面にストレスを感じたくない!
この時点で既に怪しい雰囲気でしたね。
フル充電が終わって一度くらいは完全に電池を使い切ってしまおう計画を実行。
これはわたしの電話に対する儀式のようなものですw
すると最新スマホは自分の残りエネルギーをいちいち表示してきました。

 “電池残量があと15%です 充電して下さい”

ガン無視。 〜そしてそのパーセンテージが10%を切ったときそれは起きた〜
画面を切り替える際、画面上に見事な赤い枠が毎回出現―
エマージェンシー表示でしょうか、これには驚きました!!
赤い枠がわたしに「もうダメだ」と突きつけるのです。

 ここまで自分のことを伝えようとする電話は見たことがない

しかしわたしは最後まで無視しました。  見て見ぬふりをした
電話は、電池が完全に切れて沈黙。 それを確認して充電を開始。
翌日、たいへんなことが起こりました。
フル充電を完了しているのに赤い枠が、赤い枠があああッッッ
あのとき「マジ無理だから」ってときに充電してやらなかったからでしょうか。。
 なんてこった
赤枠がバシバシ出る後遺症が残ってしまったのです。
これには罪悪感を感じてしまいました。。
毎回「お前が充電しなかったからだ」となじられている気分です―

 これじゃあわたしと同じじゃないか
 後遺症、後遺症です
 後遺症にどれだけ悩まされているか
 誰にも話せない、誰にもわかってもらえない

これは無理だ
ショップに向かいました。 「不具合ですね…」
が、購入した新機種は完売しており新しいものには取り替えてくれなかった。

 「申し訳ありません、修理には2週間ほどかかります」

こうして、手に取った日数よりも多い修理期間が下されたのです。
これからというときに。 まだ電話しかかけられないのに!!
わたしは元のガラケーに戻してもらいました。

 押せるボタンがあるっていいなぁ

これじゃあ和風宗本家です…



2012年08月14日(火) 度量が持ち物でわかるもんか

ふと本屋で目に止まった某ファッション誌のキャッチコピー。

 鞄でわかる、男の度量!
 「男前バッグの条件」

男の度量が鞄でわかってたまるか―
そう思いながら手に取りましたw
〜サイドを内側に折り込めばシャープなフォルムにも変身〜
肉厚でありながらしなやかで柔らかく、滑らかな手触りが特徴のトリヨンレザー製。
カーフスキンの中でも極上とされる素材で、内ポケットが付属する一枚仕立て。
って、あれっ?! …俺、このバッグもってるw
my bag 掲載されてるじゃん!!

 この本が出版される以前からわたしは男前バッグだった―

なんだかいい気分になりましたw  つい雑誌買っちゃったよ
これだから人間ってヤツは。。
その後、ヘアサロンでメンズノ●ノを眺めるとポール・スミス特集pageがありました。
って、あれっ?!  …俺、今度このシャツ買わされるよw
さっき取り置きしてきたシャツが掲載されてる!!

 って、わたしの担当店員が自主的に選んでくれたもので、
 自分で選んだわけじゃないんですけど―

なんだかいい気分になりましたw  ついstylistに説明しちゃったよ
これだから人間ってヤツは。。
さて、ここである事実に気づきました。

 最近、自分で選んでない

ブティックにいくとわたしの担当者、もしくは面識のある店員が現れます。
その時点でわたしが似合うようなものが既に用意されているのだ。
そもそもわたしが話しかける人物は“おもしろい”ことが最優先w
おもしろいことに、その“おもしろい”人物はセンス・感性も豊かな人がほとんど。
薦められるのは自分では選びそうにない服。 しかし、これがビッタリキマル…

 あたらしい自分発見☆

自分ひとりで決めると最後には守りに入ってしまい、あと一歩が出ないのです。。
押しの一声がないと特に個性的なものは買えない!
これは騙すか騙されるかのたたかいでもあります。
だからこそ、わたしにとって“おもしろい”人間じゃなきゃいけない。
その“おもしろい”を信じているからですw



2012年08月13日(月) 鳩 vs エカパダ君

この日のご機嫌エナジーでは鳩のポーズがピークポーズでした。
わたしは、鳩のポーズを基本技として繰り出せる身です。
自信をもってできるアドバンスポーズのひとつ。
クラスではその技の確認をしつつ閉幕。
帰り道、倒さねばならない相手・k野大先輩の持ち技と頭の中で比較してみました。

 わたしの持ち技“鳩のポーズ”
 k野さんの持ち技“エカパダクンディニアーサナ”

あれっ?
なんだろう、この違い。。
なんだろう、この絶望的な違和感は―
ふと思ったのです。

 この違和感が消えることは決してない

たとえば、得意技を友人に聞かれたとしましょう。
 タイスケ「鳩だね」
 k野先輩「エカパダクンディニアーサナかな」
これは、これは無理だ。。  〜なんだろうこの感じ〜
エカパダクンディニアーサナと鳩ですよ?  鳩。鳩。鳩… 鳩か―
鳩 そう、あの「クルックー」って声の鳥です。
知らない人に言ったら絶対に鳩は簡単なものに思えるはずです。

 だってみんな知ってる鳥だもん!!  煮たり焼いたり簡単にできそうじゃないか

逆にエカパダクンディニアーサナなんて誰も知らないだろ!!
…人は知らないものを恐れるものです。
文字数だって“鳩”一文字に比べればエカパダ〜は軽く13倍ですよ?!
俺だってできることならカタカナでしか言えないようなカッコいい技がイイ!!

 しかし、今、美しくできるのは“鳩”…

同じアドバンスポーズなのに!!  わたしは帰り道、泣きそうになりました
同じくらい苦しいポーズなのに!!  あ、すみませんあんまり苦しくないやw

 できることは苦しくない
 できるまでが苦しいのだ
 できないことが苦しいのだ

まさか平和の象徴のような鳩に、こんなにも苦しめられるだなんて―
わたしはなんと非力なんでしょうか
運命とはなんと非情なんでしょうか

 チクショー k野大先輩め。。w

こんな調子じゃk野先輩を後ろから釘バットで殴ってしまいそうです!!
なんとかしなくては。

簡単にできるものなんておもしろくありません
できないからやるのです

できないことに挑めることは生きているしあわせです



2012年08月12日(日) 「桐島、人間やめるってよ」

第22回 小説すばる新人賞 ベストセラー小説映画化。
全シーン、全カットを見逃すな! 全登場人物、全時間がラストに繋がる!

 『桐島、部活やめるってよ』
 全員、他人事じゃない。

 高校って、生徒がランク付けされる。 なぜか、それは全員一致する。
 わけわかんない事を連発するヤツでも、ランク付けだけは間違わない。

神木隆之介くんはほとほと素晴らしかった。
『とある引く牛〜』声優では女々しすぎてどうかと思ったが今作で切り捨てに成功w
この映画では“とある一言”を言うために神木くんはいたようです。
神木くんを軸に物語は展開しないし、リアル一般高校生にしか見えませんでしたからw
貧弱、筋力なんて皆無だし、ぜんっぜんかっこよくもなんともない役。
でも、そうだからこそ、あの一言が生きているのだとおもいました。

 まさか主人公があの人物だなんて思いもしなかった

 わたしはそのラストに清清しさを感じました


何を隠そう、わたしは【日●レ】ロゴが出るだけで顔が引きつる男です。
なぜならそのマークこそが商業映画を決定づける烙印のようなものだからです。
ところが…ところがです!!

 これは映画でした  まさしく青春映画だったんです―

あのロゴが出る上でこんな映画がつくられるだなんて思いもしませんでした。
内容がまったく商業映画じゃないのです。 〜どう見ても“売れる”つくりじゃない〜

 この映画は見る人の感受性と想像力が問われるつくりになっているからです

それも、ほとんどリアルフツーの何の変哲もない高校生生活だもんね。
それぞれの小世界がどのように展開されているかたいへんリアリティに富んでおり、
まったくもってたいしたことのない問題がとんでもないところへ連れて行ってくれます。
そのとんでもないところを感じられるかどうかが最大の争点です。
もしかしたらほとんどの人が「面白くない」とか「意味わからん」とかじゃないかな…

 この映画はフツーの人間のフツーの歓びがどこにあるかを描く作品だからです

その歓びは日常に劇的変化を呼ぶようなものでは決してありません
しかしそれこそが生きる意味を強烈に色づけるものです
わたしはこの映画を撮った監督はすごいとおもいました。
って『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』の監督でした! あれもすごかったね

 部長・神木くんが率いる『生徒会 オブ ザ デッド』も見たかったねw

“桐島”は彼女が言ったように「眼中になかったんじゃない?」ってことだと思う。
フツーじゃない、“できる”と評価される桐島はきっと俗物を切り捨てたのだ。
その周りに居る人間のすべてが“できない”人間だったから。
“できない人間”は、つるむんである。  毎日を楽しくするために。
そのためには悪者もつくるし、人間を量りたがる。
わたしは“桐島”に似た感覚を知っています。
バレエダンサーとしてプロを目指す子どもたちがまさしくそのような様相なのです。
もう高校生くらいには驚くほど大人のような発言ですからね。
そして、他の人間にかまっている暇はないというスタンス。
自分自身が進む方向が厳しいがゆえに他のことを考える余地などないのです。
自分の未来にとって、必要なものとどうでもいいもの。
たぶん“桐島”はこれに近いんじゃないかとおもった。

 目標、目標ではないでしょうか

しかしそれが人を分けるとしてもどちらがいいとかわるいとかじゃない。
問題なのは自分の生き方。  他の誰でもない、自分自身の生き方の指針です

歓びをもって生きることが、人を豊かにするのだとおもいます



2012年08月10日(金) 「期間限定の思想」

建物やイケメンに非常に詳しいお姉さんが面白い本を課してくれました!

 『期間限定の思想“おじさん”的思考2』   内田樹
 現代思想の研究家であり、武道家である著者が“女子大生”を仮想相手とし、
 成熟した生き方をするために必要な知恵を伝授。
 自立の意味とは? 人が仕事をする理由とは?
 …あらゆる社会問題を自らの身体感覚と知に基づき、一刀両断。
 大人になるための必読参考テキスト第2弾!

たいへん興味深い思想が目白押しでしたw
たとえばこれ。

 居酒屋に行ったときに、
 店員に「ビール、アサヒにしますか、キリンにしますか?」と聞かれて、
 「キリン!」というふうにきっぱり断定するやつが君の友人にいるだろう。
 その場合、何となく「あ、こいつには勝てない…」と気後れするってことないか?

 人間というのは“どういう基準で判断しているか分からないことがらについて、
 きっぱりと断定する人間”に対しては“必ず気後れがする”という
 心理的な構造に生まれついているからなのだ。

このようなロジックの謎解き。
たいへん興味深い!! マジで面白いよこれ―
これを応用すれば機先を制することもできよう。 つ、使える!
ちなみに上記お話のタイトルはこれです。

 【断定するひとを見たらバカと思え】

“ほんとうのこと”を過不足なく言えたらどんなにすばらしいでしょうか
これはダンスでも同じかもしれない。
いつも偽りないダンスが踊れたらどんなにすばらしいことか
すべての人に過不足なく何かが伝わる、感じてもらえるダンスが踊りたい

 「怒るな、恐れるな、悲しむな、憎むな、妬むな、
  悪口を言うな(言われても言うな)、取り越し苦労をするな」

もっとも心に残ったものはこの章でした。

 基本というものがたいていの場合そうであるように、これは同時に極意でもある。
 基本は極意。 これはどんな技芸の体系でも変わらない。
 基本が出来る、ということは、すべてが出来るということである。

これには唸ってしまいました。
ダンスでも同じだ。   それは“ただ立っていること”
立つことほど難しいものはない。
立つことを極めれば、おのずとダンスも踊れるということです。

 「怒らない」というのは、
 そもそも「怒るのを我慢する」必要さえない状態に達する、ということである。
 自分のうちに怒りの感情も怒りの必要も感じなくなる、ということである。

実はわたしはこれができたときがあります
それは初めてこの世界のすべてを受け容れられたときです
上に書かれているすべてが“できた”のです
 それは集中治療室で目覚めてから  自分が生きているとわかったとき
今まで生きてきて、あれほど生きていることに感謝したことはありません
 “感謝”の気持ちで満ち足りていたのです
あれからいろんなこと、ほんとうにいろんなことを乗り越えてきました
あのとき感じた素直な気持ちは今でもわすれることはできません
わたしはあのとき生まれ変わったのです

読みすすめると驚く文章に出くわしました。

 二十代の頃、わたしは攻撃的な人間だった。
 竹を割ったような性格で物事をはっきり言う、そういう奴だった。
 今でももちろんそうである。
 嫌な事は嫌と言うし、間違っていると思ったことは間違っていると言う。
 ただし、今はニコニコしながら「イヤなんだけどな〜」と言う。
 それはなるべく相手と対立しないためにだ。
 「ごめんね」とあやまりながら「イヤ」と言う。
 だけど昔はちがった。
 起こって「イヤだ」と主張した。 強く「イヤだ」と主張した。
 なにかこう怒りのパワーにまかせて「イヤだ」って言わないと、
 「イヤだ」って主張できなかったからだ。
 なぜだろう。 私は主張する時、いつも怒りのパワーが必要だった。
 自分を主張する時になぜか怒っていないと力が出なかった。

わたしは出来ることなら“怒り”のパワーで物事にあたりたくない。
怒りの力で決して自分を動かしたくない。
だって怒りの力は負の力だからです。
いい流れがそこから生まれるとはまったくおもえません。
以前、わたしがみんなの意見を取りまとめる役割だったときのこと。
あれは理不尽なことを言いつけられたときでした。
「失敗してもいい」そう告げると、ほとんどの人が納得する中で違う人がいた。
その人は怒りの力から「わたしはイヤだ」と言ったのです。
それを聞いて、わたしはその人に、
「やりたいならやってもいいけど手伝うことはできない」と言いました。
仮にうまくいったとしてもそれが怒りの力だというのはどうしても納得できない。
わたしたちの頑張りは、わたしたちのしあわせにつながっていなくちゃいけない。
わたしは、わたし“たち”をまもりたかった

怒りの力ほど強い力の源泉はありません。
わたしはありがたいことに先生に毎度鋭い注意を受けながら怒りが育っています。
その時の怒りの方向はたいへん浅はかなものです。
すぐに自分にかえってくるものですから。
しかし、その力は強烈にわたしの潜在能力を引き出すのです。
言葉にするのは困難ですが自分を叩き上げるには自らへの怒りが必要なのかもしれない
そう考えると“怒っていないと力が出ない”というのは深いとおもいます。
怒りの力はもしかしたら自分自身には、自分にだけは使えるのかもしれません!

 【背中が死んでいる人びと】
 私が街を歩いていて、“背中が死んでいる”という感じがする人々は、おそらく
 年齢性別にかかわりなく、“大人”になる仕方を学ばすに来た人々なのである。

さぁどうですか? あなたの背中はどう見られているとおもいますか?
気がつくことがすべてのはじまりです  気がつかなきゃなんにも変えられない
 生かそう、生かしましょうよ
いろいろ毒舌ではありましたが、たいへん興味深い本でしたw



2012年08月09日(木) スマートフォンにした日

あと3年くらいはこのガラケー(ホワイト)に頑張ってもらう予定でした…
しかし、画面に謎の黒線が出現して状況は一変。
その黒線は横一文字に、真一文字に気がつかないほどゆっくり伸びていきました。

 黒線はついにモニタの端から端まで到達

その日、起きてケータイを確認したとき背筋が凍てつきました。。
そしてその漆黒の闇は更なる成長を遂げます。
次の日、わたしは目を疑いました―

 謎の進化で黒線の部分部分が太線に!!!

1ドットの直線ならまだ耐えられました。 しかし幅が!幅があああっっっ!!
それも毎日のように様相が、形態が変化するのです!!
こんな身の毛もよだつケータイになってしまおうとは。。  なんとおぞましい

 もう無理

あと3年もすればこのパカパカによってわたしは人権を失うはずでした。
この世とはそういうものだからです。
古“すぎる”ものは蔑まれ、厄介物として分別されるようになるのです。
すなわち、その所持者もまた蔑み、厄介者として見られるようになるのだ。
わたしはそこに戦いを挑もうとしていました
人間の浅はかさを罵倒、あるいは物を大切にするこころに訴えたかった
今もなお「タイスケ早くスマホにしろよ〜使えねえよ」との声は増すばかり。
わたしは自らのWebsiteを運営している以上、必ずPCの前にいる時間があるのです。
だから、調べ物などはその時間に済ませ、日中は電話とメールしか使わないのだ。
移動中は本を読んでいますから、事実上ほとんど手に取ることもありません。
そんなわたしでしたが、ケータイの謎の進化は想像を超えていました。。

 明日どうなるか知れぬケータイをこれ以上野放しにはできない

まさに絶体絶命。 不本意ではありましたが買い換えなければ安心できません
連絡がとれなくなった友だちは二度と帰ってこないのです
わたしが大事にしたいのは“会話のできる友人”です
それは相手のことを推し量れる、すばらしいひとたちです
決して自己中心的なひとや利害関係で動くひとじゃあない
わたしはスマートフォン最新機種(ホワイト)を予約。
機種変更手続きにはおおよそ1時間かかると言われ軽く眩暈がしました。
しかし已むを得ません。  すべては終わっているのです

発売日、わたしは早速出向きました。
店員が叫びます。

 「予約されていて正解でしたね、この機種はしばらく手に入りませんよ」

どうやら完売の様相らしい。  こりゃたすかった
電話売りにしてはなかなかのおだて上手です。
新機種を見せられたわたしは思わぬ気持ちになりました。

 “これでバカにされずにすむ”

やっぱりわたしは日本人だ、そう思った   こんなことを安心するなんてさ
長々と説明を聞いたあと手続き料は充当ポイントでは払えないことを知りました。
その料金は電波を利用するということを国の機関へ申請するのにかかる金額だったのだ!
し、知らんかった。。
よく考えればわれわれの周りにどれだけの電波がアレ来る、荒れ狂ってるんだろう?
こわいよね…  いいや待て。
そんなことより自分がスマートフォンで電話かけられるかどうかのほうがこわい。
扱い方ぜんぜんわかんないもんねw  ああいやだ

 わたしは人画整理する人間です

あたらしい電話にしたときこそが最大のチャンス。
会話のできない人間を一挙に始末するなんてこんなときくらいしかない。
使いようのない番号をいくら登録していても己の未来にはなんの影響もありません。
そういうわけで一人一人に電話やメールをして話そうと必ず試みます。

 わたしは前のケータイからアドレス帳を移殖しません

その確認は地道な、地道な作業です(現在9/24も作業中)
なかなか電話をとってくれない人もいますし、メールも返ってこない人もいます。
これは年齢を重ねるほど難しくなります。 事実です
だからこそ、わたしはこの作業に一番の重きを置いています

さぁ、わたしを憶えているひとがどのくらいいるのでしょうか
簡単に会話はできるのでしょうか
すべては相手のあることです

ひとりでも多く、本物の友だちがいることを願っています



2012年08月08日(水) アディダスヨガ

この日、ある計画が実行に移されました。

 アディダスウェアをこよなく愛する者の会
 〜外見判断人間即日アディオス〜

この計画は、なんと前日の夜23時に閃いたもの。
神風のように実施される奇跡的な経緯を秘めています。
そもそもこの計画はk野大先輩がいなければ始まりもしなかったでしょう。
k野大先輩のヨガウェアはタンクトップとハーフパンツstyle。
そのすべてに燦然と輝く三本ライン!!
わたしはセレブリティからいただいたルルレモンでヨガクラスを受けていました。
だいたいルルレモンっていうのもそーとーあとから知ったものです。
先生格が着用しているものだと知らずに、気付かずに着ていたのだw  なんとおそろしい
しかしダンスとなれば圧倒的にアディダス派のわたしです。
なぜこんなにも三本ラインに美を感じるのか不思議でなりません。
そういうわけで、わたしは嫌がらせを講じました。
k野大先輩とほぼ同じ様相、同じ配色でクラスを受けることができたからですw
ここで大事なのはk野大先輩が妻ある勝ち組であること。
安易な行動ではただちに死を招く世界です。
思いつきだけで同じstyleにしたりしたら、すぐさまBL判断が下される範囲ですからね。
簡単にはいきません。 〜墓穴を掘ってはならない〜  「命を大事に」
単純に面白いことがしたいだけなのに問題がありすぎる!!

 見た目だけでそんな判断を下す連中を一挙に始末できる方法はないものか―

デスノート作戦。 そう、この計画はデスノートのようなものでした。
わたしは第二の人生が始まって今年で3歳になりますw
もう一度踊りを踊るまでに2年を要しました。
そんなわたしは特にごにょごにょした人物を嫌悪しています。
すっきりいかない人間関係ほどストレスがたまるものはないからです。
一挙に切り捨てる、つまりは“見分ける”作戦をおもいつきましたよ!
これなら、その目を見ればたちどころに選別が可能です。
 楽しもうとするか、嫌な目でみるか
わたしとk野大先輩がペアルックのようだったら。
しかしこれだけでは墓穴そのものです。
ここにアディダス高級ライン・ステラマッカートニーを着用する女子を足すのだ。
無理矢理にR絵ちゃんを会に参加させさえすればすべてが成立。
ひとり女子を加えるだけで圧倒的な命綱となるw  すばらしいね
深夜ながらもメッセージをR絵ちゃんに送信 「明日アディダスの会やります」
 嫌な目で見る人物は陰気なので切り捨て。
 楽しもうとする人物は陽気なので冗談は言っても害はありません。
上記の旨をk野先輩に進言、受諾されました。
こうしてキツい水曜ヨガを面白くする計画がまとまったのでした!
チャレンジを要求されるクラスを楽しく挑戦するための布石でもあるね。
一石何鳥? よくよく考えればかなり高度な計画ですw
さて、k野大先輩はその前のクラスからのダブル受け。
既にそのときからそわそわしていたらしいk野さんw

 ろくでもない計画ですからね

当日、すごい嫌そうなメッセージを返信してきたR絵ちゃんは放牧。
k野先輩とわたしは見た目が同じ様相でも、中身は歯軋りしながら勝ちにいく宿敵です。
わたしはまわりを観察してデスノートを完成に導きましたw
危なくR絵ちゃんを最初に記すところでしたけどね!
もうこれで会話ができる人を限定できたも同然です。  すばらしい
あとはk野先輩を全力で倒しに行くのみ。
こうしてこれまでにないほど面白い水曜日を送ることができたのでした!!

アディダスってほんとうにすばらしいね



2012年08月06日(月) この世には心身を葬るお疲れ様がある

本番まで一ヶ月を切りました。
いろいろ詰まってきているので予定がたてられずクラス予約ができません。
そんな中、時間ができたためスタジオまで行った上でエナジーキャンセル待ち。
とにかく出来ることをしたい。
この時間はピラティスの保険がついています。
こちらも人気クラスで基本満員なのですが当日キャンセルがでない日はないのが常。
まあどっちか空くだろう、そんな軽い気持ちでいました。

 空かなかった―

まったく空きませんでした   そ、そんなバカな?!
なんでみんなそんなやる気あるの??  しんじらんない
一人くらい怠惰な人間が出るはずでしょ!?
ん、待てよ…

 そうか、夏か  夏がそうさせるのか

女とは局地的に強くなるのかもしれない。 すべては海に向かっている気がした
わたしの考えはあまかった。  〜日本には四季が、季節があるのだ〜
小窓から覗くとk野大先輩とt崎さんが男の尊厳を懸けてエナジーやってました。
チクショー 俺だって尊厳を懸けたい!!  おそろしく負けた気分です
そんなわたしに更なる追い討ちが迫りました。
スタジオ去り際、受付嬢3人ならんでの挨拶はすべてを過去に帰すものだったのです

 「お疲れさまでした〜♪」

ぜんぜん、ぜんぜん疲れてない!!!
こんなときどうしてみんな笑顔なんだろう…

 きっと、楽しいんだろうな

わたしが稀少種族の男だということやその性格を加味しても条件がそろいすぎてる。。
誰よりもやる気があることを見抜かれた上での残念さがそうさせるのかもしれない

わたしのやる気はどこへいったのでしょうか
疲れていないときに聞く「おつかれさま」がこんなにつらいものだとは知らなかった
3人そろって笑顔であるほどに絶望がプラスされることも知らなかった

一本の矢は折れても三本の矢は折れないのです


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